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科学的は武器になるか

今月、2冊の本を読んだ。一つは、「科学的は武器になる 世界を生き抜くための思考法」(新潮社)2021/2/25)、もう一冊は、「福島第一原発事故の『真実』」(講談社)2021/3/1。どちらも興味深く読んだ。
前者は、面白かったのだが、題名に最後まで引っかかった。著者の経歴、スズキメソッドによってバイオリンを学び、アメリカに演奏旅行までした著者の経歴を考えれば、この本のタイトルは「音楽的は武器になる」でもよかったのではないか。
「科学的は武器になる」という題名に違和感を持ったのはなぜだろうか。考えて気づいたのは、科学的は武器になる、という命題はあまりに当たり前で、わざわざ言うまでもないことだと感じるからだ。「科学(サイエンス)」とは、ガリレオ以来の、仮説・実験・検証を繰り返して、自然界の法則を見いだしていこうとする態度だ。この科学と言う武器を、人間は、この数百年、自分たちの環境をより良くしていくことのために使ってきたのではないか。もちろん、その「科学的」の中には、私たちの生活に大きな厄災もたらしたものもあるのだが、少なくとも科学的な態度と言うものは、様々な問題の解決に役立ってきた筈だ。したがって、「科学的は武器になる」と言われると、今更どうして? と思ってしまう。まさか科学的な知見が蔑ろにされているコロナ禍の状況を見て、政治も含めて、科学的な知見を大事にする社会にしなければならない、と言いたかったのか。
「科学的は武器になる」という言葉の、科学の力を、今月読んだもう一冊の本、「福島第一原発事故の『真実』」に感じた。ここには、仮説を立て実験や取材を重ね、最初に立てた仮説が正しかったかどうかを検証し、推論を重ねながら一歩一歩真実に辿りつこうとする、まさに科学的な態度がある。こうした本が、科学者によってではなくNHKの取材班によって発行されたと言うことの意味を深く受け止めなければならないと思った。もちろん科学の世界で福島第一原発の事故や、その後の生態系への影響などは、様々に調査研究されている。しかしそれだけではなく、一般の読者向けに科学的な態度で作られたこうした本が、広く読まれると言うことには大きな意味がある。
「福島第一原発事故の『真実』」は、原発事故がなぜ起きたか、なぜその連鎖的な災害の広がりを食い止めることができなかったのか、それでもなお最悪のシナリオに進まなかったのはなぜか、という点を追求し、日本の社会における事故対応力の不足を明らかにしようとする。事故が起きたときにどうするか、を考えて準備することが、原発は安全であるという主張を否定することになるとして、事故対応の実地訓練などは、十分には行なわれてこなかった。原発を運転する人は、ほぼ全員理科系の、つまり科学的な考え方の訓練を受けてきた人の筈なのに、なぜ?
科学的であることは武器になる、それは確かだ。しかし、「科学」は時に中立を装って、武器としての役割を放棄してしまうことがある。福島第一原発事故であれだけ大きな厄災がもたらされ、多くの人々がまだ自分たちの故郷に帰れないでいる状況に対して、私たちはどう判断し、どう行動すべきだろうか。私たちも考えなければならないが、なにより、科学に関わる科学者が、「科学的は武器になる」ことを社会に示す時ではないだろうか。[ T.S ]

 

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投稿日:2021年06月22日