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弁理士と読書

 弁理士の仕事は言葉を使ってする。特許の対象は技術だが、言葉によって技術を説明し、発明を言葉で権利化する。従って、言葉を使う技術が必要になる、ということは以前に書いた。実際、弁理士の一日のうち、文章を作り、図面を作ることに費やされる時間の割合は高い。考える時間と図面を作り込む時間以外の過半は、文章を書くために費やされる。
 弁理士の書く「文章」は、いわゆる達意の文章でなければならない。いわんとすることが明瞭で、読む人、つまり発明者、知財担当者、審査官、裁判官に明確に理解される文章であることが求められる。そういう文章は、誰にでも書ける訳ではない。それなりの訓練が必要になる。
 ところが、言語というものは、対象が膨大すぎて、簡単な訓練方法というものがない。生まれてから大学卒業まで、つまり20年以上言葉を使っていれば、そこそこの文章を書くのは、それほど難しくない。難しいのは、その先、読んで躓かず、意味明瞭で、しかもリズムがあって読むのに疲れないという文章が書けるようになることだ。そのための、誰にでもできる訓練方法というものはほとんど知られていない。では、どうすれば、達意の文章が書けるようになるのか。
 「訓練」とは言えないかも知れないが、1つの方法は、大量の文章を読むことだ。入力がなければ出力はない。大量の、良く考え抜かれた文章を読むことで、自分の中に、言語の原型のようなものが作られる。自分の書いたものが、この原型に照らしておかしければ、自分の中で何かが「違う」という。そうなれば、あまりヘンな文章は書かないで済む。
 と言うわけで、弁理士に読書は欠かせない、と私は思っている。以前、指導していたTさんは、そこそこの文章は書くのだが、何年かたっても、なかなかその先に行けない状態が続いた。聞くと、読書は好きではない、本はほとんど読まない、という。読書していない割には文章は悪くなかったが、もうひとつ先に行って欲しいと願った私は、本を見繕っては彼に勧めた。中岡哲郎の技術史の本などを薦めたことを覚えている。しかし、全くダメだった(らしい)。そこで、最後に藤沢周平の「長門守の陰謀」というとても薄い、しかも短編集を渡し、これは業務だと思って読むように伝えた。薄かったこともあってか、彼はこの本を読み通し、これがきっかけで読書の面白さにはまり、その後、かなり本を読むようになった(と聞いている)。
 時代劇の本が弁理士の仕事に直接役立つ訳ではない。しかし、どんな内容であれ、読書すれば、言葉を知り、知識は増え、対象を理解するためのバックグランドは、豊かになる。そして、藤沢周平の彫琢された文章のように、明晰で、リズムがある文章を大量に読めば、必ず優れた原型が作られる。弁理士としての水準以上の仕事は、そこから始まる。[ T.S ]

 

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投稿日:2017年01月10日