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値上げ許容度

 先日、日銀総裁が、「国民の値上げ許容度は高まっている」と発言して、物議を醸し、発言を取り消して陳謝した。発言の根拠となった調査報告の趣旨とは異なる文脈で引用している点も気になるが、いずれにせよ生活関連用品が軒並み値上がりしているこの時期に不用意な発言だとは思う。思うけれど、もう少し値段が高くても良いのではないか、と思うものが私にはあるので、この際、日銀総裁の発言に便乗して書いておきたい。
 もう少し高くて良いのではないか、思うのは、農産物の値段だ。それこそ生活必需品なので、「とんでもない」と叱られそうだが、実際に農家の方と付き合い、野菜などを小さな菜園で育ててみると、野菜の値段は安すぎると思うことが多い。
 今から15年前、岐阜の小さな町に縁ができ、遊びに行って、トウモロコシの収穫の折に、その場で茹でて頂くということがあった。採れたのトウモロコシの美味しかったこと! そしてトウモロコシ畑から何本か好きに持って行って良いよ、と言われて、大喜びで見渡す限りのトウモロコシ畑に分け入って、熟したトウモロコシをむしった。
 「今日は、この畑から3000本のトウモロコシを収穫して市場で売ってくる」と言われて、3000本! 凄いなぁと思ったが、計算してみると、1本の売価は50円だというので、合計15万円でしかないことに気づいた。数か月間、畑で小さな苗から育て、肥料を撒き、害虫を駆除し、ようやく収穫のときを迎えて、3000本で15万円。もちろん、出荷は一度だけではないが、畑が広くなればそれだけの手間がかかる。何年か後のことだが、猿の集団にトウモロコシの多くがかじられたということもあった。苗が鹿の食害に合うこともある。天候の影響も受けるから、冷害などで収量が落ちることもある。そうした不確実さを考えると、農産物を生産する手間と値段とは本当に見合っているのか、と考えるようになった。
 手間を省くためには、例えば除草剤などの農薬の使用や機械化などが考えられるが、直接口に入れるものだけに、農薬の使用は十分慎重であって欲しい。日本は、農薬については、欧州や米国で禁止されているものが規制されていないなど、かなり野放しなのだ。他方、機械化のメリットは大きいが、金銭的な負担は重い。田植機とかコンバインとか、値段を聞くと高級外車並みでビックリする。機械化のメリットを引き出すには、農場を大規模化する他はないが、山間の小さな町に、大規模化可能な農地は少ない。棚田とまでは言わないが、高低差のある斜面に作られた畑は、機械による作業に適していないし、それ以上の大規模化は難しい。
 もともと、私達は、誰かが作った農産物や魚介類、肉類を食べて生きている。日本中の農業従事者や漁業従事者が、「こんな安いなら馬鹿馬鹿しいから、自分たちが食べる分以上に作る(獲る)のは止めよう」と言い出したら、どうなるのか。いくら弁理士として、品質の高い仕事をしていると胸を張っても、明細書は食べられない。農家の方達の仕事を見ていると、この人達が、他人の分まで作り、それをこんな安い値段で市場に出しているから、私たちは食べていける、と思うことがある。家族や身近な人にそんな話をすると、農家の働きを見ている人は、「本当にそうだね」と言うのだが、同じ人が、「タマネギが1個100円! こんなのとても買えない」とも言う。良いものが安く手に入ることが望ましいことは確かだが、生きていくために必要なものの数十円の値上げに敏感に反応する人たちが、携帯の通話料に何千円、何万円と使っていたり、ブランド物に大金を払っていたりすることを考えると釈然としない。日本の家庭の農産物に対する値上げ許容度は高まっている、と言える日は来るのだろうか。[ T.S ]

 

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投稿日:2022年06月14日