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<<<令和4年度全国発明表彰「文部科学大臣賞」受賞/技術解説つき>>>
令和4年度全国発明表彰におきまして、弊所、明成国際特許事務所が特許出願の代理をしたセイコーエプソン株式会社様の「インクジェット双方向印刷における印刷ムラ低減法の発明」(特許第4635762号)が「文部科学大臣賞」を受賞しました。
(公益社団法人 発明協会様ホームページ、令和4年度全国発明表彰 受賞発明・意匠概要へ)
なお、これまでに明成国際特許事務所が特許出願の代理をし、全国発明表彰を受賞した特許発明には、平成15年度全国発明表彰「経済産業大臣発明賞」を受賞したセイコーエプソン株式会社様の「写真画質印刷に関するハーフトーン処理技術」(特許第3208777号)、平成16年度全国発明表彰「経済産業大臣発明賞」を受賞したトヨタ自動車株式会社様の「車両用ハイブリッドシステムの発明」(特許第3050141号)があります。
(公益社団法人 発明協会様ホームページ、全国発明表彰 平成15年度受章者一覧へ)
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※全国発明表彰における「技術の名称」と、特許における「発明の名称」とは、異なっている場合があります。
【特許第4635762号について】
この特許発明は、画像を形成する際に用いられるハーフトーン処理に関わります。ハーフトーン処理とはどのような処理でしょうか。フルカラーの画像を形成する場合を考えてみましょう。ある色を、印刷媒体(通常は用紙)の上に再現しようとする場合、その色は、シアンC、マゼンタM、イエローY、という三原色のインクの組み合わせで表現されます。画像には様々な色が含まれますが、その一つ一つを、絵の具の混色のように、CMYを混ぜて表現することは、プリンタでは通常できません。インクジェットプリンタでは、ある濃さのシアンインク、ある濃さのマゼンタインク、ある濃さのイエローインクを使い、それらのインクのインク滴を用紙に吐出して、ドットを形成するか、それをしないか、のいずれかしかできないからです。各色のインク滴によって用紙上にドットを配置することで、淡い色から濃い色まで、表現しなければならないのです。
つまり、濃淡のある多階調の画像を形成する場合、淡い色はドットをまばらに形成し、濃い色はドットを密に形成することで、様々な色の様々な階調を表現しているのです。このような、ドットの形成の有無で多階調の画像を表現する処理を「ハーフトーン処理」と呼びます。ハーフトーン処理により、多階調の画像を、ドットの形成の有無、つまりドットの分布に変えることで再現する訳ですが、そのとき、元の画像の再現性を高め、見た目の違和感がない画像、つまり高画質の画像にすることが求められます。
従来、こうした高画質の画像が得られるハーフトーン処理としては、
[1]誤差拡散法
[2]組織的ディザ法
の二つが知られていました。これらの手法について説明していると、日が暮れてしますので、簡単に特徴だけ説明すると、
[1]の方法は、一つの画素で目標濃度と記録される濃度との間に生じた濃度誤差を、他の画素に拡散するという手法で、ドットの分布の最適化を図っています。この方法によれば、高画質だが誤差を拡散する処理に時間がかかり、処理するハードウェアとして、メモリ容量も含めて高性能なものが必要になる、という特徴があります。
[2]の方法は、ドットを形成する/しない、を決定するための閾値からなるディザマトリクスを予め用意し、各画素の階調値をこの閾値と比較して、ドットの配置を決定します。画質的には誤差拡散法には及ばないが、ハーフトーン処理を高速化でき、またメモリも小規模で済むなど、ハードウェア構成も簡略化できる、という特徴があります。
今回文部科学大臣賞を受賞した特許発明は、この[2]組織的ディザ法によるハーフトーン処理による画像の高画質化を実現し、条件によっては誤差拡散法によって得られる画像より高画質化を図ることができる、という画期的なものでした。では、どのようにして、ハーフトーン処理の高速化と高画質化を図ったのでしょうか。
ここで、インクジェットプリンタにおける画像形成の仕組みについて少し説明します。インクジェットプリンタでは、インクを吐出してドットを形成するための印刷ヘッドが、用紙の幅方向(主走査方向)に往復動して画像を形成します。このとき、主走査方向の往動時と復動時の両方でドットを形成する双方向印刷では、往動だけにドットを形成して印刷する片方向印刷と比べて、印刷に要する時間を半減できすが、画質の劣化を招く場合があります。これは、往動時のドット形成位置と復動時のドット形成位置とに、設計上の位置からのずれが生じやすい、という理由によります。こうしたズレが生じると、できあがった画像の画質は低下します。これは、[1]の誤差拡散法でも、[2]の組織的ディザ法でも同じです。
[1][2]のいずれの手法でも、往動時と復動時でのドット形成位置が設計上の位置からずれてない場合に、画質が最も高くなるように設計されているので、往動時と復動時のドット形成位置にずれがあると、いずれの方法でも画質は低下してしまうのです。
発明者は、双方向印刷で形成されるドットの分布は最適化されているのに、現実の印刷物の画質が低下するのは、往動時に形成されるドットの分布や復動時に形成されるドットの分布のそれぞれが、最適化されていないからではないか、と考えました。従来は、画像は双方向印刷されるのだから、双方向印刷で形成されるドットの分布が最適化されていれば、往動時に形成されるドットの分布や復動に時に形成されるドットの分布の特性が画質に大きな影響を与えることはない、と思われていたのです。換言すれば、往動時と復動時のドット形成位置のずれが画質低下の理由なら、往動時に形成されるドットの分布や、復動時に形成されるドットの分布を、個別に最適化したところで、両者を合わせたものは、ドット形成位置のずれの影響を同じように受けるから、画質改善にならない、と考えられていたのです。
しかし、往動時に形成されるドットの分布と復動時に形成されるドットの分布とを、個別に最適化してみると、双方向印刷におけるドット形成位置のずれによる画質の低下という問題は大幅改善されました。画質の低下が驚くほど抑制され、ズレがない場合の画質に近づけることができたのです。しかも組織的ディザ法なので、発明は、ディザ法に用いるディザマトリクスを作ることで完了しており、印刷の際のハーフトーン処理に要する時間には影響を与えません。つまり高速化という組織的ディザ法の特徴はそのままです。
最終的に得られるドットの分布を最適化する前に、往動時に形成されるドットの分布を最適化する、復動時に形成されるドットの分布を最適化する、という作業を入れてディザマトリクスを作っておくと、往動時のドット形成位置と復動時のドット形成位置とに生じるずれに対して、形成される画像の画質の劣化の程度は抑制される、つまりずれに対する画質のロバスト性が高まることが分かったのです。
こうしたディザマトリクスを作るのは、確かに大変です。しかし一度作っておけば、印刷の際は簡単な比較処理だけで、最適なドットの配置が得られます。ドット形成位置にずれがあっても画質の低下が抑制されるので、この考え方で作られたディザマトリクスを用いた組織的ディザ法によるハーフトーン処理によって形成された画像は、誤差拡散法によるハーフトーン処理によって形成された画像より高画質になる場合も多いのです。
なお、以上の説明は、双方向印刷を例にとって説明しましたが、印刷ヘッドを複数回主走査方向に移動させて一つのラスターを形成する印刷方法であれば、上記の考え方はそのまま当て嵌まります。このため、この特許発明では、双方向印刷だけでなく、複数回の主走査で印刷を行なう場合に対応した請求項が独立項として用意されており、双方向印刷共々、一出願で権利化されています。
投稿日:2022年06月23日