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鍋底磨きとWarranty

 いつのことかは忘れたが、あるとき、鍋の底を磨くのが好きになった。いつものように、食後、食器を洗っていて、ふと、使った鍋の外側の底の汚れに気付いたのだ。それは、「汚れ」という、洗って落ちるというようなものではなく、「こびりついた」と表現するのがぴったりの、多分油が繰り返し火に炙られて付いた「焦げ」というようなものだと思う。スポンジに洗剤くらいで落ちる筈もなく、亀の子たわし、金属たわし、磨き粉、などを駆使し、力を込めて「磨いて」、初めてきれいになる、という態の汚れだった。
 結構大変だったのだが、磨いているうちに、あれこれ考えていた諸々は消え、鍋底と自分、という不思議な世界に入り込み、磨き終わったときの気持ちよさは半端なかった。以来、鍋底磨きは、私の趣味(?)の一つになった。特に、何かしら心配事があるとき、心配だが具体的な対処方法がないとき、などにはお勧めだ。鍋の底を磨いても、特に何か解決するわけではないが、きれいになった鍋底を見ると、気持ちの良い清涼感に満たされる。
 鍋底磨きに関しては、お気に入りの鍋がある。それは銅張りのステンレス鍋だ。これは45年程前に、アメリカで働いていたときに買った鍋だ。ステンレスの鍋本体の底の部分の外側に銅板が張られている。銅は熱伝導がよいので、鍋として、ステンレスの堅牢性と高効率の熱伝導性とを両立させた鍋という触込みに惹かれて買ったのだ。なぜお気に入りか、というと銅は磨くと美しいのだ。磨き込んだ銅の輝きは別格で、「よくやったね」と褒めてもらっている気がする。磨く前と後の写真を掲載するが、銅の輝きはなかなかきれいな写真には撮れない。私の目には、磨かれた銅張り鍋の底はもっと耀いている。
 
【磨く前】
20240723-磨く前
 
【磨いた後】
20240723-磨いた後
 
 考えてみれば、食器としては、銀器や金器はあり得るが、銀張り、金張りの鍋は、お目にかからない。融点は、銅も銀も金も1000℃前後で大きな違いはない。熱伝導率は、銀の方が銅より高い。だから、機能としては、例えば銀張りの鍋はあり得るのだが、銀にせよ金にせよ、地金の値段が3桁から5桁ほど違うから、銀張り鍋は現実的ではないだろう。そうすると、実用性のある鍋の中で、最も美しい鍋は銅張りの鍋、といって差し支えない。
 我が家には、小さいミルクパン、少し深い片手鍋、直径30センチの両手鍋の3種類の銅張り鍋がある(写真は片手鍋)。さすがに30センチの両手鍋は、磨くのにかなり苦労する。面積が大きければ、当然磨く手間も増えるからだ。その点、片手鍋やミルクパンは小さくて手頃だ。ついついこれらを磨くことが多い。
 先に書いたように、これらの鍋は45年前に買い、今でも日常的に使っている。ミルクパンはその名の通り、片手鍋は味噌汁を作るときに、両手鍋はパスタを茹でたり蒟蒻を作ったりする際に活躍している。それで思い出したのだが、アメリカでこれらの鍋を買うとき、お店の人に、「この鍋のwarrantyは無期限ですから」と言われたのだ。品質保証期限は無期限だというのだ。空焚きとか、ぶつけるとか、そういった乱暴な使い方をした場合は除かれるが、通常の煮炊きに使う限り、永久保証。ちょっと驚いたのだが、確かにステンレスの鍋など、壊れる余地はほとんどない。我が家の3つの鍋も未だに現役だ。鍋を作った会社の方は、存続が無期限に保証されている訳ではないし、運賃を考えれば、日本からアメリカに送って直して貰うわけにも行かないだろうけれど。
 品質保証が無期限、というのは、なんとなくうれしい。最近の電化製品は、半年保証なんてのも少なくない。対する鍋は永久保証、なんと頼もしい響きだろう。少なくともまだこの先、相当の期間、銅張り鍋の底を磨いて、ピカピカの仕上がりを満足そうに眺める、という時間が保証されているのだから。皆さんも、機会があったら、鍋の底を磨いて、あの気持ちの良い時間を味わってみてはいかがでしょう。[ T.S ]

 

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投稿日:2024年07月23日