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将棋とAIと私たちと

 将棋の藤井新4段が、デビュー以来の連勝を、歴代単独1位の29まで延ばした。昨日(6月26日)はそのニュースでもちきりだった。将棋は、情報が完全に公開されているタイプのゲームだ。麻雀のような、次に何をつもってくるかは半ば運任せ、という要素が将棋にはない。相手の手の内も、持ち駒も全部公開されている。このため、将棋は、運で勝つことが難しいゲームであり、定跡と言われるものが発達してきた。強くなるには、定跡をマスターすることが必須だ。
 とはいえ、昨今はこの定跡が揺らいでいる。その理由はAI(人工知能)にあり、コンピュータの演算能力の向上や学習方法の刷新に伴い、最近ではプロ棋士がAIが指す将棋や囲碁に勝てなくなっている。最近では、現名人が、「ポナンザ」という将棋ソフトに2連敗している(ちなみに、一字違いのBONANZAには、藤井4段がインタビューで口にした「僥倖」という意味がある)。このため、もはや将棋や囲碁のプロ棋士は意味がない、という人もいる。
 しかし考えてみれば、人が機械に劣るというなら、もともと走ったり泳いだり跳んだりする能力では、とっくに機械に負けている。しかしそれでも陸上・水上の競技は続いているし、人はアスリートの姿に感動する。車に負けるからマラソンをやめてしまえ、と言う人はいない。人の能力のうち、脳力だけを特別扱いしようとするのは、なぜだろうか。
 それはおそらく、人は地球上にあって、学習と演算能力に優れた脳と汎用性の高い作動機構としての手足という組合せを、生存戦略として選択した生き物だからだ。学習機能に優れた脳を活かすには、汎用性が高く、学習によって複雑な動きをさせやすい作動機構が望ましい。人には、特別な能力を発揮できる手や脚はないけれど、何にでも使える指や手や脚がある。実際、体操選手や雑伎団の技を見ていると、人の関節の自由度や多種多様な動きは、多くの生き物の中で、群を抜いているように感じる。
 その、汎用性の高い作動機構を学習によって使いこなす脳の力という部分が、今、AIの挑戦を受けている。数年前から、これまで人が得意としてきた分野でAIがめざましい成果を上げている。これは、分野を問わず起きているのだが、将棋や囲碁は、一番分りやすい例なのだろう。藤井フィーバーは、人としての存在価値が揺るがされている、と感じやすい将棋の世界で、若者が、めざましい成果を上げていることに、多くの人が反応した結果だろう。
 短距離走者の躍動感溢れる姿や、長距離ランナーのもがきながら前に出る力、あるいは、棋士の時間との闘いの中で最善手を絞り出そうとする姿勢など、限界まで自らの能力を拡張しようとする姿に、私たちは、同じ生き物としての人の誇りを感じる。彼らほどの能力はなくとも、自らの役割を悟り、自分の持てる力を注ぎ、そのことで、人として納得できる時間を生きることができれば、と思う。[ T.S ]

 

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投稿日:2017年06月27日