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地球灼熱化と粗放農業

 今年の夏は暑い。尋常ではない。地球灼熱化と言われる暑さだ。農家の方に伺うと、暑すぎて、稲は茎が伸び過ぎており、実りは少ないのではないか、と心配しておられた。もともと東南アジアを原産地とする作物である稲の日本での歴史は、少しでも北の地で、つまり寒冷地で育つ稲を作り出す事だった。北海道での稲作が始まったのは、寒さに強い「赤毛」という品種が生まれた1873年以降だ。
 ところが今や暑すぎて稲の収量が落ちる、という事態になっている。これからは、熱帯のような暑さでも豊かに実る品種への改良が行なわれるのだろう。
 暑さに喘ぎながら、そんなことを考えていたら、今度は台風が襲来。それも夏台風によく見られる速度の遅い、時に迷走する台風で、大きな被害が出ている。稲作にもかなり影響が出ているのではないか。
 農作物への直接的な被害ではないが、台風被害と言えば、気になることがある。今回の台風7号の被害の中に、太陽光発電パネルの崩壊飛散事故というのがあった。設置された太陽光発電パネルが、風で飛ばされて飛散、一部他人の家屋などに損傷を与えた、という。こうした事故や被害は今回に始まったことではなく、過去の風水害を検索すると多数見つかる
 問題は、耕作放棄地に設置される太陽光発電パネルが増えている事だ。岐阜の県道などを走っていると、耕作放棄地が広がっていて、数年すると、そこに太陽光発電パネルが設置されている、という景観の変化に気づくことがある。耕作放棄地は、減反政策のためということもあるが、多くの耕作放棄の背景には、地元に残っている両親が田畑を耕し、稲や野菜を作っていたが、高齢化に伴い耕作を辞めてしまう、しかし子どもたちは都会にいて、耕作を引き継ぐことができない、といった事情がある。私が週末に過ごすことが多い地域でも、あのご夫婦が施設などに移ったら、田畑はどうなるのだろう、と思う家は少なくない。耕作放棄をするなら、都会に本社がある農業法人などに、土地を売ったり貸したりすればよいのではないか、とも思えるが、見知らぬよそ者に土地を手渡すことは心理的な壁が高い(らしい)。
 そこで思うのだが、粗放農業ではダメだろうか。「粗放農業」とは、ウィキペディアによれば、「単位面積あたりの労力や資本の投下量が少なく自然の力に任せる農業。集約農業に対する。集約農業の場合、作物の状況に応じて追肥や、殺虫剤・殺菌剤等の散布を行い、また不要な枝葉や果実を摘除することで収量を増やそうとする。しかし粗放栽培では、そのような手間を省くことでその分の資材を節約」とある。粗放農業に取り組んでいるところもあるようだ。
 日本の農業はこれまで完全な「集約農業」だった。手間を掛けて収量を増やす、収穫物を、より美味しく、より甘く、よりきれいな見た目にする、といったことを繰り返してきた。実際、通年で稲作を見ていると、田植えの前の代掻き(しろかき)や荒起こし、田植えの後の水管理、施肥、雑草の抜き取りなど、驚くほど細かい作業をしている。営農組合を作って機械を共同で購入するといった対応ができたところはなんとかなっているが、個人でやっているところは、高齢化と共に力尽きて行く。
 そこで、「粗放農業」。収量は落ち、甘みなども高くならないだろうが、手間をかけないのであれば、見合うのではないか。農業試験所などは、これまで「熱帯で上手く実る稲」とか「ほっておいてもそこそこ採れる野菜」などは開発した事があまりないかも知れないが、これからの時代、暑さに耐え、粗放農業に向いた作物が求められるのではないだろうか。粗放農業の負の側面、例えば周辺の田畑への雑草や害虫が広がる可能性など、負の影響を評価する必要もあることは確かだが、このまま耕作放棄地が増えていく、という弊害の方が大きいような気がする。太陽光発電パネルで、持続可能な電力が作られ、自宅の電子レンジや冷蔵庫か動いても、そこで保存し調理する農産物がなくなったのでは意味がない。生きていくためには、食べなければならない、その食の未来をどうするのか、智恵を集めなければ手遅れになるのではないか。豊かに作物が実った土地が放棄され、そこに、太陽光発電パネルだけが延々と広がる未来など、できれば見たくないものだ。[ T.S ]

 

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投稿日:2023年08月15日