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利益と不利益

 私は、一年ほど前から、N-nose(登録商標)という線虫を用いた癌検診を利用している。最近、この線虫を用いた癌検診の信頼性に対して、同様の検査を従来から行なってきたPET検診のグループから疑義(※1)が提出され、これに対して、線虫を用いた癌検診を行なっている事業者の反論(※2)が示される、という出来事があった。両者の見解に対する第三者のコメント(※3)なども見たが、今回の出来事は、私には、PET検診関係者からの科学的・医学的にまっとうな疑義というより、自分たちの権益を守ろうとする業界的な意図を感じた。まぁしかし、私は、一次的なエビデンスを用いて検証するという立場にはないので、どちらの主張が正しいかは、判定できない。ただ、線虫による癌検出の可能性に気付いた医師が、この検査方法の実用化に向けて傾けてきた尽力は、この数年間、幾つかのニュースやレポートで触れてきた。そこには、信じるに足るものがある、と私は感じた。だから、N-noseを受けている。この技術には優れた点がある。社会のインフラとして育って欲しいと願っている。
 このN-noseに関するやり取りを見ていて、 N-noseの特徴が癌の検出精度という点でしか議論されていないのが気になった。N-noseには、非侵襲性というもう一つの大きな特徴がある。検査に伴うデメリット(以下、「不利益」という)がほぼないのだ。これは、技術を利用するか否か、という判断の手がかりになる視点だと私は思う。そのことを、福島第1原発の処理水の問題と併せて、考えてみたい。それは、技術が持っている利益と不利益を比較して、物事を考え、行動するということだ。
 N-noseは、癌検診に数ccの尿を用いる。だから、非侵襲性の、つまり人体に対して、メスを入れるとか、放射線を照射するといった影響を与えない検査だ。これは凄いことだと私は思う。つまり、N-noseという癌検診を受ける場合、その不利益を考慮する必要がない。私たちは、健康診断などでX線を用いた肺の直接撮影を受けることがあるが、X線の被曝には、僅かながら癌発症などのリスク(※4)がある。しかし、私たちは、病気の早期発見という利益が検査に伴うリスを上回る(と信じる)から、検査を受けている。胃がんなどであれば、内視鏡による検査の精度は、N-noseより高いだろう。しかし内視鏡を体に入れることによって受けるダメージもある。少なくとも私には、口からの内視鏡の受入は耐えがたかった(鼻からの内視鏡に変更してもらった)。
 なので、例え精度が少し低くても、N-nose による検査を頻繁に受ける方が、不利益が存在する他の検査を受けるより私には望ましい、という考え方は成り立つと思う。
 さて、福島第1原発の処理水の放出だが、この場合の不利益は、少なくともトリチウムという水素の放射性同位体を含んだ水(以下、トリチウム水)が、大量に海洋に放出され、魚介類がこれを取り込み、人体に影響を与えるほどかどうかは別として、その魚介類を食べた私たちを含む他の生物に影響を与える可能性がある、という事だろう。目に見える被害はないかも知れない。ただ、林立する処理水貯留タンクの写真(※5)をみていると、これだけ大量のトリチウムを放出して、本当に何もないのか、という気持ちにはなる。他の国でも、トリチウムは原発の稼働に伴い放出しているではないか、日本でも、原発が稼働すれば、放出している、それでこれまで問題はなかった、という意見もある。
 しかし、稼働している原発の場合は、そこで作られた電力という利益を私たちは享受している。電気なしでは、現在の私たちの生活の多くの部分は成り立たない。私は、太陽光パネルで発電した電気で携帯電話を充電しているが、そんなことをしたところで、スマートフォンによる通話や情報の提供には、通信施設を初めとして大量の電力が使われている。それらの電力による利益と原発の稼働に伴って放出されるトリチウム水による不利益とを比較考量して、私たちは不利益を受け入れている、筈だ。では、福島で今起きているあの処理水の海洋放出の利益とは何だろうか。私にもたらされる利益ないのではないか。事故が起きるまで享受してきた電力が利益なのかも知れない。しかし、それは、あの事故の後に生まれた世代や、日本の原発で発電した電力を受け取ることのなかった他の国には関係がない話しだ。
 車社会を維持することの利益と交通事故で失われる命を対比して考えることも、無農薬の野菜を食べる安心とその値段の高いこととを対比することも、飛行機に乗って海外に行く利便性と墜落事故の可能性を対比することも、多分同じ事だろう。私たちは、そうした多くの利益と不利益との比較考量をしながら、生きている、生きざるを得ないのだと思う。様々な技術の利用がなされている社会だが、ほとんどの技術には利益と共に不利益が伴う、それを見極めて、自分たちがその技術を使うか・使わないかを考えて行きたい。[ T.S ]

 
※1:N-noseの検査精度に対する疑義を伝えるニュース⇒リンク先へ
※2:株式会社 HIROTSU バイオサイエンスによる反論⇒リンク先へ
※3:線虫による癌検診への疑義の背景に言及するコメント⇒リンク先へ
※4:厚労省「胸部レントゲンを含む検診の利益、不利益」⇒リンク先へ
※5:処理水を貯留するタンク群⇒リンク先へ
 

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投稿日:2023年11月07日