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均等論第5要件(意識的除外)

 特許法における均等論とは、文言上は特許権を侵害していないものの、特許発明と実質的に同一とみなせるような被疑侵害品(侵害行為)は、特許権の均等の範囲に属するものとして権利行使を可能とする考え方です。均等が成立するための5つの要件のうち、いわゆる第5要件は、「対象製品等が特許発明の出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに該当するなどの特段の事情を有しない」という要件であり、均等成立の1つの条件として求められています。そして、この第5要件は、「当該製品が意識的に除外されたものである」ことを、権利行使を受けた側(被疑侵害者)が主張・立証責任を負うものと解されています。
 
 さて、この第5要件に関してしばらく前に最高裁において判決が出されたことは、ご存じの方も多いかと思います。いわゆる「マキサカルシトール製剤事件」であり、弊所でもランチョンミーティングにおいてその知財高裁判決(平成27年(ネ)10014)と、最高裁判決(最高裁平成29年3月24日第二小法廷判決)とについて、それぞれ取り上げられて議論致しました。この最高裁判決の結論は、ざっくりといえば、「意識的除外は存在しない。だから均等物であり権利侵害を構成しているため差し止めを認めるとの原審(高裁判決)を是認する。」でした。この「意識的除外は存在しない」の理由付けについて少しお話します。
 該当特許発明は、角化症治療薬としての化合物の製造方法の発明であり、その製造の出発物質として、「シス体のビタミンD構造」が用いられています。これに対して、被疑侵害者(上告人)の化合物の出発物質は「トランス体のビタミンD構造」であり、この点において特許発明と相違し、この相違が均等の範囲か否かということで争われた訳です。上告人の主張は、要するに、「トランス体のビタミンD構造を出発物質とすることは容易に想到し得ることである。それにもかかわらず、トランス体のビタミン構造を出発物質とする点を本願の特許請求の範囲に記載していないのは、意識的に除外していることに他ならない。」というものでした。
 最高裁は、「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等にかかる構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは、…第三者に対し、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものであることの信頼を生じさせるものとはいえず、当該出願人において、対象製品等が特許請求の範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものとはいい難い。」といった理由付けの下、「意識的除外あり」との主張を退けました。
 この判決文の中では、本件にはあてはまらないものの、「では、どんな場合なら意識的除外が認められるか」についても付言されています。以下、原文のままコピペします。
 「出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。」
 上記の「客観的、外形的に見て、…あえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき」の例として、判決文では、「特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど」と例示しています。
 
 長くなりましたが、ここから本題です。上記最高裁判決では、付言的に「意識的除外が認められる場合」に言及しているにすぎず、実際にそのロジックに沿って意識的除外が認められた裁判例の蓄積はありませんでした。しかし、先日、地裁ではありますが、当該ロジックに沿って意識的除外が認められた判決例(平成30年(ワ)第38504号、第38508号)がありましたので、ご紹介します。
 この2つの事件では、本特許発明の「止痒剤」のうち、「一般式(I)で表されるオピオイドk受容体作動性化合物」が、被告製品では、その酸付加塩である「ナルフラフィン塩酸塩」を用いている点において相違し、その相違が均等の範囲であるか否かが争われました。
 本件特許明細書には、有効成分となるオピオイドk受容体作動薬として、「一般式(I)で表されるオピオイドk受容体作動性化合物」のほかに、その薬理学的に許容される酸付加塩が挙げられることが、「オピオイドk受容体作動薬またはその薬理学的に許容される酸付加塩」と明示されているほか、具体的態様(塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等)も明示されていました。このような事実に基づき、地裁では、「出願人たる原告は、本件特許出願時に、本件化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかったものであるといえ、しかも、客観的、外形的にみて、上記構成が本件発明に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるものというべきである。」と認定し、「特段の事情がある」ものとして、均等であるとの原告の主張を退けました。
 
 さて、このように最高裁判決における付言に沿った判決例が出てくると、我々も特許インタビューや明細書の記載の際に、より注意深さが求められることになります。例えば、同業者の皆様におかれましては、特許インタビューの際に発明者様より「発明のここの部分なんだけど、実際にはAを用いる予定だけど、もしかしたらBを使うかもしれないので、とりあえず明細書には、AとBの両方書いておいて。でもクレームについては、現実使うAで書いておいてもらえればいいです。」なんて言われる場面ありませんか?
 将来的にBが補正によりクレームに含まれる、或いは、分割出願されるのであればいいですが、補正や分割されることなく権利化されてしまい、その後、他社がBを使っていた場合には、均等を主張できなくなるおそれがあります。なので、上記場面ではこのようなリスクを発明者様にお伝えすることが必要になると思われます。または、審査請求の際や拒絶応答の際や特許査定の際において、Bについての補正・分割の要否を発明者様や知財部ご担当者様に確認するといったことが必要になると思います。
 
 本件については、その後知財高裁に控訴されていますので、そちらでの判断が待たれるところですが、少なくとも均等に関しては最高裁判決に沿った判断がなされているようですので、覆ることは厳しいのではないかと思われます。[ S.K ]

 

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投稿日:2021年10月12日