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AIが「発明者」として保護される日はいつか?来るのか?
「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」
上記を「発明者」とする特許出願が却下され、その処分を不服とする取消訴訟(令和5年(行ウ)第5001号)の判決が、先日(令和6年5月16日)、東京地方裁判所において言い渡されました。
人工知能(AI)が為した発明(以下、「AI発明」と呼びます)が特許法上の「発明」に該当するか、に関する判断が示された点で話題性が高く、一般紙、またテレビ報道もされたこともあり、多くの方がご存じかと思います。「特許業界においても激震が走り」と言いたい所ですが、実務上まだそこまでのインパクトには至っていません。しかし、考えさせられる事案です。
本訴訟を提起した原告の意図、および判決文から読み取れる地裁の意図を私なりに勝手に汲み取って、本記事を記載することとしました。
<事案の概要>
欧州特許出願を基礎とするPCT出願の国内移行出願(特願2020-543051号)において、【発明者】欄に、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載された国内書面が提出されました。これに対して、特許庁長官が手続補正を命じたところ、出願人(原告)は、補正せずに上申書を提出して反論しました。そして、特許庁長官は、出願却下の処分を行い、原告が本取消訴訟を提起しました。
<原告の主張概要>
・特許法上、また、TRIPS協定上も、AI発明を除外した規定は無い。
・自然人による発明に限定解釈すると、AI発明が公知・公用発明に該当しなくなり、自然人による同一の後発発明に特許権を与えるおそれがある。
・「発明者」欄への氏名の記載は、発明者名誉権の帰属(権利関係)を明確にするためであるが、そもそもAI発明には、発明者人格権は発生しない。
・あくまでも自然人の氏名を記載するとなると、真実発明をしていない者が発明者となり冒認出願の助長・奨励に繋がる。AIは冒認出願を根拠とする無効審判を提起できない。
<被告の主張概要>
・特許法2条1項の「発明」の定義が踏襲したコーラーの定義では、「人間の精神的創作」と明記されている。
・知的財産基本法第2条第1項の「知的財産」は、「人間の創作活動により生み出されるもの」と明記されている。
・AI発明に「特許を受ける権利」が発生すると解釈することは極めて困難。
・特許法第29条第1項の「発明をした者」は、権利義務の主体となり得ることを要し、また、何らかの創作活動ないし精神的活動を行うことを要する。
・発明者名誉権を取得する主体であることが前提となっている。
・国内書面に自然人の氏名を記載しないと形式要件違反となる。
・複数の国において発明者適格は自然人にのみ認めている。唯一AI発明に権利を与えている南アフリカでは方式審査のみで実態審査を行っていないし、そもそも「発明者」の定義が法律上無い。
・現行法は、自然人による発明のみを特許権の対象として念頭に置いて制定しているので、(AIを適用しようとする)原告の反論は、解釈論を超えた立法論である。
<裁判所の判断概要>
・知的財産基本法第2条第1項の規定において、発明は人間の創作活動により生み出されるものの提示として定義されている。
・出願人についての願書の記載を規定する特許法第36条第6項1号では、「氏名又は名称」としているのに対して、発明者についての願書の記載を規定する同項2号では「氏名」としていることからも発明者は自然人である。
・特許法第29条第1項は、発明をした者は、その発明について特許を受けることができる旨規定しているのだから、「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体になり得ないAIではなく、自然人であると解釈するのが妥当。
・「発明者」にAIが含まれると、AI自体、AI発明のソースコードその他のソフトウェアに関する権利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかについての法的根拠に欠くこととなる。
・グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制度及び具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう「発明者」に直ちにAIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によれば、明らかである。これらの事情を総合考慮すれば、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られるものと解するのが相当である。
<私見>
現在の特許法は、いわゆる「昭和34年法」であり、昭和34年に制定されたものです。そう、カラーテレビ本放送の開始(昭和35年)よりも前です。もちろん現在まで改正は継続的になされてはいますが、「発明」についての基本的な建付けはその当時のそのままです。当時、人以外が発明を為すことなど想定できるはずもなかったと思われます。したがって、そのような法律にAI発明をあてはめようとすることはそもそも無理があり、私見ではありますが、地裁の判断は妥当と思われます。
その一方で、原告も「そもそも、特許法の制定当時に、AI発明という概念やそれに伴う法律問題は存在しておらず、特許法が自然人による発明のみを前提にして制定されたことは明らかである。」(原文まま)と述べており、ある程度状況を理解した上で、問題提起の意図を持って、【発明者】欄を記載し、本訴訟を提起したのではないだろうか。
それを受けてかは分かりませんが、裁判所は、判決文の最後を、以下のように締めくくっています。「被告は、当裁判所の審理計画の定めにかかわらず、原告主張に係るAI発明をめぐる実務上の懸念に対し、具体的な反論反証をあえて行っていないものの、特許法にいう「発明者」が自然人に限られる旨の前記判断は、上記実務上の懸念までをも直ちに否定するものではなく、原告の主張内容及び弁論の全趣旨に鑑みると、まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、最後に改めて付言する。」
原告・裁判所は、この訴訟を通じて、AI発明についての国民的議論および立法の必要性を訴える意図があるのではないか、と私は感じました。そして、本判決はニュース報道の形で広く知れ渡りましたので、ひとつの役割は果たしたのではないかと私は考えます。(私が勝手に感じた)上記原告・裁判所の意図に賛同し、本記事として挙げることとしました。
法改正のうねりが起こり、今回のAI発明に関する問題について道筋が付いたとしても、昭和34年と同様に将来は分かりません。2045年にシンギュラリティ(技術的特異点)を迎え、AIが権利義務の主体になり得ると共に、AI発明が、AIによって自然人を介さずにインターネット出願されることが起きているかもしれません。ん、そうすると、我々弁理士の業務はどうなる?AIから業務委託が来るような弁理士、特許事務所でありたいと思います。
※上記「私見」は、あくまでも私個人の考えであり、事務所としての意見ではございません。
[ S.K ]
投稿日:2024年05月28日