印刷された再帰反射シート審決取消事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2022.10.31
事件番号 R3(行ケ)10085
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 印刷された再帰反射シート
キーワード 進歩性、動機付け
事案の内容 本件は、無効審判における無効審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、無効審決が取り消された事案である。主引用発明に副引用発明を組み合わせる動機付けの有無について詳細に検討されていることが特徴。

事案の内容印刷された再帰反射シート事件

【手続の経緯】
平成12年 4月10日 原出願(特願2000-108636号)
平成19年10月31日 分割出願(特願2007-283059号)
平成22年 3月 5日 設定登録(特許第4466883号)
令和 2年 2月13日 特許無効審判請求(無効2020-800013号事件)
令和 3年 2月 5日 特許請求の範囲および明細書の記載を訂正する訂正請求(本件訂正)
令和 3年 6月24日 審決謄本送達
令和 3年 7月21日 審決取消訴訟提起
 
【特許請求の範囲】
 本件訂正後の請求項1に係る発明(以下、「本件発明1」または「本件発明」という)を示す。なお、請求項1における下線は訂正により変更された箇所を示している。
【請求項1】
 少なくとも多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる再帰反射シートにおいて、
 反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い
 表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い
 保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、
 該印刷層の印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、該独立印刷領域の面積が0.15mm2~30mm2であり、
 該印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有することを特徴とする印刷された再帰反射シート。
 
【審決の概要】
 本件発明1と甲1発明との間には、下記の一致点及び相違点1-1,1-4等が存在すると認定した上で、本件発明1は、甲1発明及び甲3記載技術並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、と判断された。
 相違点1-1に関しては、甲1発明は、交通危険標識や道路標識において、夜間の再帰反射性と日光の下での白色性の両立を図ることを希求するものである。そうすると、当業者であれば、甲1発明の「再帰反射」においても、甲3文献に記載された構成を採用するものと考えられる。すなわち、・・・機能の観点から両者を見比べた当業者ならば、甲1発明の第1の層12、第2の層14及び空隙からなる再帰反射のための構成を、同じく再帰反射のための構成である甲3記載技術の保持体層(2)、反射素子層(1)、空気層(3)及び結合材層(6)からなる構成に置き換えると考えられる。したがって、甲1発明において、相違点1-1に係る構成を採用することは、当業者の通常の創意工夫に止まるものである、と判断された。
 相違点1-4に関しては、甲1発明の「複数の点」を印刷するに際しては、夜間における再帰反射性と日光の下における白色性を両立させる必要があるから、当業者は、光の再帰反射が妨げられない程度の隙間を設け、かつ、「再帰反射材」が全体として白く見えるような大きさの「複数の点による均一なパターン」をデザインし、印刷することとなるから、相違点1-4に係る本件発明1の「該独立印刷領域の面積が0.15m㎡~30m㎡」の構成に想到するといえる、と判断された。
 
・(一致点):「少なくとも反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる再帰反射シートにおいて、印刷層が表面保護層に接して設置されており、該印刷層の印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、印刷された再帰反射シート。」
・(相違点1-1):「再帰反射シート」が、本件発明1は、「少なくとも多数の反射素子と保持体層からなる反射素子層、および、反射素子層の上層に設置された表面保護層からなる」とともに、「保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置され」たものであるのに対し、甲1発明は、上記下線を付した位置関係ないし部材の組み合わせを具備しない点。
・(相違点1-4):「再帰反射シート」が、本件発明1は、「該独立印刷領域の面積が0.15mm2~30mm2であり」と特定されたものであるのに対して、甲1発明は、「点」の面積が特定されていない点。
 
【裁判所の判断】
3.取消事由1-1-2(本件審決が認定した相違点を前提とした本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について
(1)前記1の開示事項からすると、本件発明は、三角錐型キューブコーナー再帰反射シートや蒸着型三角錐型キューブコーナー再帰反射シート等で色相を改善するために印刷層を設けた場合における耐候性や耐水性に劣るという従来技術の問題点を解決するために、①反射素子層にポリカーボネート樹脂を用い、表面保護層に(メタ)アクリル樹脂を用い、②保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置されており、③この印刷層と印刷領域が独立した領域をなして繰り返しのパターンで設置されており、連続層を形成せず、独立印刷領域の面積が0.15m㎡~30m㎡であり、④この印刷層は、白色の無機顔料として酸化チタンを含有する、再帰反射シートとすることに技術的意義があり、本件明細書で開示されている実施例と比較例の構成の相違とその試験結果(【0079】)も踏まえると、②と③は、課題解決のための不可欠の構成であるといえる
 そうすると、②と③に関する相違点1-1と1-4のそれぞれについて容易想到性を検討するのではなく、一体の構成として検討されるべきである(なお、仮に、個別に検討したとしても、本件結論は左右されない。以下同じ。)。
 
(2)被告は、前記第3の2(2)ア(ア)のとおり、当業者は、甲1発明の課題である「再帰反射効率の向上」と「再帰反射を増加させ、日中において十分な白い外観を備える」ことを目的として、甲1発明におけるカバー層18と裏材10の間に存在する、再帰反射機能を果たす「再帰反射コーティングの第1の層12、その上に適用された再帰反射コーティングの第2の層14、第2の層に取り付けられたガラス微小球16及び空気層からなる」層構成を、甲3文献に記載された表面保護層(4)と支持体層(7)との間に存在する「反射素子層と保持体層(2)とが一体成形されたポリカーボネート樹脂からなる三角錐型キューブコーナー再帰反射材、空気層(3)及び結合材層(6)」からなる層構成に、光の入射方向を考慮した上で置換する動機付けがある旨主張する。そこで、まず甲3文献の記載事項について検討する。
 
(3)ア.甲3文献には、別紙4のとおりの記載があり、同記載事項によれば、次のような開示があることが認められる。
(ア)「本発明」は、新規な構造の三角錐型キューブコーナー再帰反射シートに関するものであり、道路標識、工事標識等の標識類、自動車、オートバイ等の車両のナンバープレート等の反射板等において有用な三角錐型キューブコーナー再帰反射素子によって構成される三角錐型キューブコーナー再帰反射シートに関する(【0001】、【0002】)。
(イ)従来、入射した光を光源に向かって反射する再帰反射シートはよく知られており、中でも三角錐型反射素子等のキューブコーナー型再帰反射素子の再帰反射原理を利用した再帰反射シートは、従来のマイクロ硝子球を用いた再帰反射シートに比べ光の再帰反射効率が格段に優れており、その優れた再帰反射性能により年々用途が拡大しつつあるが、従来の公知の三角錐型再帰反射素子は、その反射原理から素子の持つ光学軸と入射光線とがなす角度が小さい角度の範囲では良好な再帰反射効率を示すが、入射角が大きくなるにつれて再帰反射効率は急激に低下するといった問題があった(【0006】、【0007】)。
(ウ)「本発明」の再帰反射シートは、一般に三角錐型キューブコーナー再帰反射シートに望まれる基本的な光学特性である、高輝度性、すなわち、該シート正面から入射した光の反射輝度に代表される反射輝度の高さ(大きさ)のみならず、観測角特性、入射角特性、回転角特性等の広角性の改善を可能とする(【0160】)。
イ.そして、甲3文献の【0137】の記載及び図13によると、甲3文献には、「光の入射方向(10)から順に、表面保護層(4)、観測者に情報を伝達したりシートの着色のための印刷層(5)、反射素子層の裏面に水分が侵入するのを防止するための密入密封構造を達成するための結合材層(6)、反射素子層(1)と結合材層(6)に囲まれて、反射素子の界面での再帰反射を保証するための空気層(3)、結合材層(6)を支持する支持体層(7)、該再帰反射シートを他の構造体に貼付するために用いる接着剤層(8)と剥離材層(9)を設けてなる、三角錐型キューブコーナー再帰反射シート」(本件審決が認定した「甲3記載技術」)が開示されているものと認められる。
 
(4)ア.以上を前提として検討するに、甲1発明の構成は、「プラスチック製の裏材10」と、「プラスチック裏材10の片面に再帰反射材料の第1の層12」、第1の層12の上に「再帰反射材料の第2の層14」、しっかりと固定された部分的に第2の層14に埋め込まれたガラス微小球16、カバー層18からなり、カバー層18の一部は白色に着色され、白色の着色は、カバー層18の片面又は両面に印刷されており、このカバー層18は、材料片の端部に隣接する部分を除いて組立体に取り付けられていない、すなわち、カバー層18とガラス微小球16の間に空隙が生じている。この印刷層とガラス微小球16の間の空隙は、空隙の空気とガラス微小球との界面で光を屈折させることにより再帰反射の光路を形成するもの(被告準備書面3頁。本件審決も同旨)である。こうした再帰反射シートにおいては、再帰反射材料である第1の層、第2の層とその上に取り付けられた微小球、白色に一部が印刷されたカバー層が1つの技術的思想として、甲1発明の目的である、夜間に自動車のヘッドライトからの入射光を反射し、日光の下では白く見える再帰反射材となるものと理解することができる(以下の図を参照。なお、赤い部分は、白色に着色された印刷部分)。 ※図はPDF参照
 
 このように、甲1発明は、カバー層18及びその片面又は両面に複数の点で均一なパターンで白色に着色された印刷層と、微小球16の間には空隙があり、カバー層18は材料片の端部に隣接する部分を除いて組立体に取り付けられていない構成であって、空隙部は再帰反射の光路を形成するために設けられたものであるから、甲1発明に接した当業者は、印刷部と第2の層14の間の空隙部に水等が侵入することで印刷層にふくれ等が生じ再帰反射性が低下することによる課題を認識することができず、こうした課題を前提として甲3記載技術を適用する動機付けはない
イ.また、再帰反射材において再帰反射効率を高めることは周知の課題であり、キューブコーナー型再帰反射素子がマイクロ硝子球を用いたものよりも再帰反射効率が高いことが知られていたとしても、甲1発明におけるカバー層18とカバー層18の片面又は両面に複数の均一なパターンで白色に着色された印刷層は、ガラス微小球を用いた構成を前提として、夜間の再帰反射性を一定限度以上に不明瞭にしたり減衰させることなく、日光の下では白色に見えるように十分な白色を存在するように構成されたもの(1頁115~123行)であるから、こうしたカバー層18と白色に着色された印刷層の構成をそのままとした上で、これと裏材10の間に存在する層構成のみを取り出し、甲3記載技術の三角錐型キューブコーナー再帰反射材、空気層及び結合材層からなる層構成に置き換える動機付けはない
ウ.仮に、甲1発明の構成のうち「空隙部、ガラス微小球、第2の層14、第1の層12」を、甲3記載技術の構成のうち「結合材層(6)、空気層(3)、三角錐型反射素子層(1)、保持体層(2)」の構成を適用する動機付けがあるとしても、カバー層18が保持体層に接して構成することが可能な部材であるかにつき、それが可能であることを認めるに足りる証拠はない。
エ.以上のとおり、甲1発明に甲3記載技術を適用する動機付けはなく、仮に動機付けがあるとしても、「保持体層と表面保護層の間に印刷層が保持体層と表面保護層に接して設置され」た構成(相違点1-1)には想到しない
そうすると、当業者が、保持体層と表面保護層の間に印刷層が設置されることで生じる印刷層のフクレ等の課題を認識して独立した印刷領域の面積割合について検討する動機付けはないから、相違点1-4の構成にも想到し得ない
(5)小括
 以上によれば、本件審決には、少なくとも相違点1-1、1-4の容易想到性の判断に誤りがあり、本件発明1は、甲1発明及び甲3記載技術等に基づいて当業者が容易に想到し得たとはいえないから、その他の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事由1-1-2は理由がある。 (中略)
15.結論
 以上によれば、原告主張の取消事由のうち、1-1-2、1-2-2、2A-1-2、2A-2-2、2B-1-2、2B-2-2及び3は理由があるから、本件審決は取り消されるべきである。
 よって、主文のとおり判決する。
 
【所感】
 本件は、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を検討する上で参考になる。本件の他にも、技術分野の関連性や課題の共通性の観点から動機付けの有無について争われた「多色ペンライト審決取消請求事件」(事件番号:R2(行ケ)10103)や、「棒状ライト事件」(事件番号:H29(行ケ)10224)等を参照すると、動機付けの有無の判断についての理解がさらに深まると考える。
 また、本件では、相違点の認定に関して、「②と③は、課題解決のための不可欠の構成であるといえる。そうすると、②と③に関する相違点1-1と1-4のそれぞれについて容易想到性を検討するのではなく、一体の構成として検討されるべきである」と判断されている。相違点の認定に関しては、「被覆ベルト用基材事件」(事件番号:H22(行ケ)10064)等を参照すると、さらに理解が深まると考える。
 
(参考1)「多色ペンライト審決取消請求事件
(参考2)「棒状ライト事件
(参考3)「被覆ベルト用基材事件