多色ペンライト審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2021.10.06
事件番号 R2(行ケ)10103
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 多色ペンライト
キーワード 進歩性
事案の内容 本件は、特許無効審判における無効審決の取り消しを求める審決取消訴訟であり、無効審決が取り消された事案である。主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無を判断するために、技術分野の共通性や課題の共通性について詳しく述べられていることがポイント。

事案の内容

【手続の経緯】
平成26年 1月27日 出願(特願2014-12552号)
平成26年 9月 5日 設定登録(特許5608827号)
平成31年 3月19日 無効審判請求(無効2019-800025号)
令和 2年 3月23日 特許請求の範囲について訂正請求
令和 2年 7月28日 無効審決
令和 2年 8月 6日 無効審決の謄本送達
令和 2年 9月 4日 審決取消訴訟提起

【特許請求の範囲】
【請求項1】
 発光色を照らすカバーで覆われた発光部と,把持部とを有し,
 前記把持部は,
  赤色発光ダイオード,緑色発光ダイオード,青色発光ダイオード,黄色発光ダイオード及び白色発光ダイオードを備える光源部と,
  前記光源部の各発光ダイオードの発光を個別に制御する制御手段を有し,
  前記制御手段により前記各発光ダイオードを単独で又は複数発光させることで特定の発光色が得られるように構成し,
  前記特定の発光色は複数得られ,
  前記複数得られる特定の発光色には,少なくとも,前記白色発光ダイオードから単独で発せられる光により得られる発光色,前記白色発光ダイオードから発せられる光とそれ以外の1つ又は2つの発光ダイオードから発せられる光とを混合して得られる発光色,前記黄色発光ダイオードから単独で発せられる光により得られる発光色,及び,前記黄色発光ダイオードから発せられる光とそれ以外の1つ又は2つの発光ダイオードから発せられる光とを混合して得られる発光色,の全ての発光色が含まれ,
  前記白色発光ダイオードから得られる発光色は,前記白色発光ダイオードが単独で発光することにより得られる白色の発光色,及び,前記白色発光ダイオードとそれ以外の1つ又は2つの発光ダイオードから発せられる光が混合することにより得られる発光色であり,
  前記黄色発光ダイオードから得られる発光色は,前記黄色発光ダイオードが単独で発光することにより得られる黄色の発光色,及び,前記黄色発光ダイオードとそれ以外の1つ又は2つの発光ダイオードから発せられる光が混合することにより得られる発光色であり,
  前記各発光ダイオードから発せられる光を集光,混色し,これにより得られた発光色で前記カバーの側面及び上部の全体を照らすための発光色補助手段が前記光源部の近くに該光源部を覆うように設けられ,
乾電池又はボタン電池を電源とすることを特徴とする多色ペンライト。
 
【審決の概要】
 請求項1に係る発明(以下の説明では、本件発明1と呼ぶ)は、黄色発光ダイオードを備えているのに対して、甲1発明は、黄色発光ダイオードを備えていないことを本件発明1と甲1発明との相違点として認定し、本件発明1は、甲1発明、甲2に記載された技術事項、および、周知の課題に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとして、本件発明1の進歩性を否定した。
 
【裁判所の判断】
1 取消事由1(無効理由1に関する相違点1についての判断の誤り(無効理由1関係))について
⑵ 技術分野相互の関係と採用の動機付け
 甲1の1頁の上から2番目の写真は,筒全体が17色の各色で発光しているペンライトの写真であり,その写真の上下には,「カラフルプロ1本で,」,「全17色もの色を持ち歩くことができます。」という記載があり,5頁の上から5番目の写真の下には「カラプロのLEDはRGBの三原色に加えてWhite が搭載されています。計4LEDです。」と記載されており,甲1の7頁の一番上の写真の上には「※分解及び改造行為を行ったペンライトは安全性が保証できないためライブ会場に持ち込まないでください。」という記載があることから,甲1発明は,ライブ(コンサート)会場に持ち込むフルカラーペンライトに係るもので,光源として,赤,緑,青(RGB)の三原色に加えて白色の4LEDが搭載されたものであり,筒全体が様々な色で発光する技術に関するものであることが認められる。
 他方,甲2に記載された技術事項は,前記⑴のとおりであり,物に光を照射してその物が見えるようにするための照明にかかわるものであり,複数のLEDが実装されたカード型LED照明光源を用いるLED照明装置と,このLED照明装置に好適に用いられるカード型LED照明光源とに係るもので,白色光又は可変色光を提供する技術に関するものである。
 ところで,進歩性の判断においては,請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明又は周知の技術事項があり,かつ,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を適用する動機付けないし示唆の存在が必要であり,そのためには,まず主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項との間に技術分野の関連性があることを要するところ,主引用発明と副引用発明又は周知の技術事項の技術分野が完全に一致しておらず,近接しているにとどまる場合には,技術分野の関連性が薄いから,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することは直ちに容易であるとはいえず,それが容易であるというためには,主引用発明に副引用発明又は周知の技術事項を採用することについて,相応の動機付けが必要であるというべきである。この点,甲1発明と甲2に記載された技術事項は,いずれもLEDを光源として光を放つ器具に関するものである点で共通するものの,甲1発明は筒全体が様々な色で発光するペンライトに係るものであるのに対して,甲2に記載された技術事項は,白色光又は可変色光を提供する照明装置に係るものである点で相違するから,近接した技術であるとはいえるとしても,技術分野が完全に一致しているとまではいえない。そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して新たな発明を想到することが容易であるというためには,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用することについて,相応の動機付けが必要である。
⑶ 本件審決の認定判断
ア 甲1発明の課題の認定
(ア) 本件審決は,甲1発明の課題として,黄色の発色について,「イエロー」と「ライトイエロー」の各発色の色の違いを明確に識別することができないとの問題があり,これは,「『イエロー』とされる黄色の発色自体に問題が内在している,ということもできる。」(本件審決第6,2,2-1⑵(2-1)ア(ア)〔本件審決47頁〕)と認定し,これを,演色性の向上を企図して黄色の発光ダイオードを設ける前提としての課題と位置付けた(本件審決第6,2,2-1⑵(2-1)イ(ア)a〔本件審決49頁の17~23行目〕)。
(中略)
⑷ 本件審決の認定判断の誤りの有無
ア 甲1発明の課題の認定について
(ア) 黄色の発色
 甲1には,「イエロー系」,「イエローとライトイエローの違いが分かりづらいです。」(4頁の上から5枚目の写真の上下)と記載されているところ,この記載からは,甲1製品において,「イエロー」と「ライトイエロー」の色の相違が判別し難いという問題があることは認められる。しかし,上記の記載の前提として,「イエロー」は,色票等ではなくペンライトの「ライトイエロー」との比較がされているにとどまる上(上記写真),色の相対的な判別の問題と,一般的に各色の基準とされている色(色票の該当色)にどれだけ近い色を出しているかという発色の問題は異なるから,「イエロー」と「ライトイエロー」の色の相違が判別し難いという上記の問題は,「イエロー」が一般的に黄色の基準とされている色にどれだけ近い色を出しているかという発色の問題とは異なる。
   本件審決は,「それら『イエロー』及び『ライトイエロー』の各発色について検討するに,p.4-5 写真には,写真中央に位置する4本のペンライトの他に,その左側に2本(『亜美・真美』及び『小鳥』),右側に2本(『ルミスティック』及び『大電光改』)の計4本の他のペンライトが色比較のために配置されているところ,上記写真中央の4本(甲1発明)の『イエロー』の発色は,上記他の4本のペンライトの黄色の発色とは異なり,むしろp.4-6 写真((摘示(1q))示されるオレンジ系の色に近い発色となっている。」(本件審決第6,2,2-1⑵(2-1)ア(ア) 〔本件審決47頁〕)と述べ,甲1の写真を根拠として,甲1製品の「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題があるという認定をしている。本件審決が,甲1サイトのアドレスにアクセスの上,ディスプレイ上に表示された写真(画像)に基づいて上記認定をしたのか,又は用紙に印刷された写真に基づいて上記認定をしたのかは,本件審決の記載からは直ちには明らかでないが,仮に,前者であるとした場合,ディスプレイに表示される色の発色は,ディスプレイ自体の性能や調整に依存するものであるし,また,後者であるとした場合でも,紙に印刷される色の発色は,紙の品質やプリンタの性能や調整に依存するものであり,さらにいえば,写真を撮影したカメラの性能や調整によっても発色は相違するものであるから,いずれにしても,実際の甲1製品の発色とディスプレイ上の表示又は印刷されたものの発色は,必ずしも同じとは限らない。また,甲1製品と対比された他社のペンライトが,甲1製品よりも,一般的に黄色の基準とされている色に近いことを裏付ける客観的な証拠はない。そのため,甲1の写真に基づいて,「イエロー」が一般的に黄色の基準とされている色にどれだけ近い色を出しているかを判断することはできず,甲1の写真を根拠に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題があると認定することはできない。
 その他の甲1の記載によっても,甲1に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題が示されていると認めることはできない。
 そうすると,「イエロー」と「ライトイエロー」の各発色の色の違いを明確に識別することができないという問題は,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているということもできるとする本件審決の判断(前記⑶ア(ア))は誤りである。
(中略)
ウ 相違点1に係る本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」の容易想到性
 前記⑵のとおり,甲1発明と甲2に記載された技術事項は,技術分野が完全に一致しているとまではいえず,近接しているにとどまるから,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を想到することが容易であるというためには,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用するについて,相応の動機付けが必要であるというべきである。
 本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあり,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用して本件発明1を容易に想到することができたと判断する前提として,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があり(前記⑶ア(ア)),甲1発明に,演色性を向上させるという,甲2と共通の課題があると認定した(前記⑶ア(イ),(ウ))。しかし,前記ア(ア)のとおり,甲1発明に,「イエロー」とされる黄色の発色自体に問題が内在しているという課題があるとする本件審決の認定は誤りであるし,また,本件審決が甲1発明の課題に関して認定する「演色性」(本件審決が第6,2,2-1⑵(2-1)ア(ウ)〔本件審決48頁〕で,甲10に記載されているように周知の課題といえると認定する事項を含む。)は,甲2に記載された技術事項として認定された「演色性」,すなわち,照明された物体の色が自然光で見た場合に近いか否かという,一般的な意味での「演色性」とは異なる(前記ア(イ))。
 そうすると,本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機を基礎づける甲1発明の課題の認定を誤っているものであり,また,甲2に記載された技術事項の内容(前記⑴),甲1発明と甲2に記載された技術事項の技術分野相互の関係(前記⑵)を考慮すると,甲1発明には,甲2に記載された技術事項と共通する課題があるとは認められず,そのため,甲1発明に甲2に記載された技術事項を採用する動機付けがあるとは認められない。
 したがって,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題(甲10)を採用して,黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができたとは認められず,これを容易に想到することができたとする本件審決の判断(前記⑶ウ(ア))は誤りである。
 本件審決は,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題(甲10)を採用して,黄色発光ダイオードを設けることを容易に想到することができた(前記⑶ウ(ア))という判断を前提として,甲1発明に甲2に記載された技術事項及び周知の課題(甲10)を採用し,本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」を容易に想到することができた(本件審決第6,2,2-1⑵(2-1)イ(ア)〔本件審決48~50頁〕)と判断するところ,その前提とする判断が誤っているから,本件発明1の構成のうちの「黄色発光ダイオード」及びその「発光色」を容易に想到することができたという判断も誤りである。
 
【所感】
 本件では、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けの有無に関して、技術分野の関連性や課題の共通性について検討されて、動機付けがないと判断されている。本件に加えて、本件とは逆に動機付けがあると判断された「棒状ライト」事件(事件番号:H29(行ケ)10224)において技術分野の関連性や課題の共通性について検討された内容を参照すると、動機付けの有無の判断についての理解がさらに深まると考える。
 

(参考)「棒状ライト」事件
↓↓↓
http://www.meisei.gr.jp/report/%e6%a3%92%e7%8a%b6%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%88%e4%ba%8b%e4%bb%b6-2/