マッサージ機事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.04.26
事件番号 H22(行ケ)10312
発明の名称 マッサージ機
キーワード 進歩性
事案の内容 無効審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟。原告主張の取消事由が認められ、特許庁の審決が取り消された。
同一の文献に記載された実施例に開示されている構成を組み合わせることにつき、文献中に両構成をともに採用したときに支障が生じることを窺わせる記載がなく、当業者の技術常識に照らし支障がない場合、組み合わせの動機付けに欠けるところはないと認定された点がポイント。

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【請求項1】(以降、「本件発明1」)

座部に着座した被施療者の身体を施療する椅子型マッサージ機であって,

前記座部に着座した被施療者の胴体及び腕部を後方から支持すると共に,被施療者の胴体を背部から側部に亘って覆う胴体クッション部を有する(特定1)背凭れ部と,前記被施療者の上腕及び肩の外側部を覆うべく前記背凭れ部の左右の側部から前方へ延設された外側支持部とを備え,

前記背凭れ部は,前記被施療者の胴体に後方から機械的刺激を与える機械式マッサージ器と,前記胴体クッション部に設けられて給気によって空気袋が膨張して前記被施療者の胴体を後方から押圧して胴体側部に圧迫刺激を与える第1空気式マッサージ器とを有し,

左右の前記外側支持部は,互いに対向する部分に配置されて給気により空気袋が膨張して前記被施療者の上腕及び肩を左右の外方から押圧する第2空気式マッサージ器を有し,該第2空気式マッサージ器は,被施療者の上腕の外側部に対応する位置から,前記背凭れ部に沿って前記第1空気式マッサージ器より上方へ,被施療者の肩の外側部に対応する位置付近まで延設され,且つ,前記被施療者の上腕及び肩の前方まで延設されている(特定2)

ことを特徴とする椅子型マッサージ機。

 

【審決の判断】

甲第1号証(特開2000-325416号公報)記載の発明(以降、「甲1発明」)と本件発明1とは、次の相違点がある。相違点1:甲1発明には、背凭れ部に関する(特定1)がない。相違点2:甲1発明は、「第1空気式マッサージ器」を有しない。相違点3:甲1発明には、第2空気式マッサージ器に関する(特定2)がない。

判断の概要:甲1発明では、図7、8に記載されたマッサージ具と、図11に記載されたマッサージ具とは別な実施形態として記載されているが,それらを共に設けるに至る動機がない。このため、本件発明1は進歩性がある。

 

【裁判所の判断】

(1)結論  本件発明1は進歩性を欠く。

 

(2)甲1発明について

甲1発明は椅子型のマッサージ機に関する発明であるところ,甲第1号証の図1,7及び8には,後記のとおり,人体Mの背中の左右両側付近に空気で動作するマッサージ具41,42を設けて,人体Mの後方から背中の左右両側を押圧する構成が記載されており,段落【0021】,【0022】にも同趣旨の記載がある。

 

ここで,上記図8の構成の方が図7の構成の方よりも背凭れ及びマッサージ具41,42が背中に密着しており,被施療者の人体をより包み込むような態様になっているものである。段落【0022】には,マッサージ具41の機能につき,「図8に示すように,左右一対のマッサージ具41の離間隔を比較的広く設定しておくことにより,人体Mの背中の両側部を左右に挟むように押圧することができ,この場合,左右一対のマッサージ具41によって人体が左右に動かないように固定することができ,・・・」との記載があるから,甲1発明のマッサージ具41の機能がマッサージを行うだけでなく,被施療者の人体のずれを防止することにもあるということができる。

そして,後記の図11には椅子型マッサージ機の背凭れ部の左右に縦長の突起体91を設け,この突起体91の内側(人体側)にマッサージ具41,42を設けて,上記突起体91が被施療者の人体を側方(左右)から保持(固定)するとともに,上記マッサージ具41,42が人体の側方からマッサージを行う構成が記載されており,段落【0026】,【0027】にも同趣旨の記載がされている。

 

ここで,甲第1号証の図8のマッサージ具41,42が被施療者の人体をより包み込むようにしているのも,図11の突起体91が被施療者の人体(胴体ないし両腕を含む上半身)を左右から挟み込むようにしているのも,人体を固定し,マッサージ具の振動等によっても人体がぶれないようにして,マッサージ機との必要な接触が解除されないようにし,マッサージ具によるマッサージ効果を高めるためであって(段落【0022】,【0027】),その目的において共通することは明らかである。

そして,甲第1号証の図1,7,8のマッサージ具41,42の構成に図11の突起体91,マッサージ具41,42の構成を追加して,両構成を兼ね備えた構成にしても,各構成機器の配置,設計に支障が生じ得るものではないし,被施療者の人体の固定,必要な部位のマッサージ,マッサージ効果の向上といった上記の機能が害されないから,当業者であれば両構成を合わせた構成を採用することが容易であることは明らかである。

(3)相違点2について

審決は,甲第1号証の図1,7,8のマッサージ具41,42の構成に図11の突起体91,マッサージ具41,42の構成を追加して,両構成を兼ね備えた構成にする動機付けがない旨説示するが,上記の両構成は同一の文献に記載された実施例にすぎないのであり,両構成をともに採用したときに支障が生じることを窺わせる記載は甲第1号証中にもないし,当業者の技術常識に照らしても,そのような支障があるものとは認められないから,両構成を兼ね備えた構成にする動機付けに欠けるところはなく,審決の上記判断には誤りがある。そして,上記の両構成を兼ね備えた構成を採用することによって生じる作用効果は,背中の側部と上腕の側方を同時にマッサージできるといった程度のものにすぎず,当業者が予測し得ない格別のものではないということができる。したがって,相違点2に係る本件発明1の構成の容易想到性についての審決の判断には誤りがある。

 

(4)相違点3について

前記のように椅子型マッサージ器の背凭れの左右両脇に突起体91を設けて被施療者の身体を左右両脇から固定する構成とする場合,この突起体91をさらに前方に伸ばし,かつ中央に向けてやや曲げること(本件発明1にいう「延設」)で,両肩ないし両腕を左右から包み込むような態様とすることは,当業者であれば容易に想到し得る事柄というべきである。すなわち,本件各発明や甲1発明のような椅子型のマッサージ機において,被施療者の身体を包み込むように各部材を構成することは,甲第17号証(特開2000-296160号公報)に記載されているように(段落【0033】)周知技術であるし,椅子型マッサージ機において,被施療者の肩や腕の前方に部材を配して両肩ないし両上腕を背凭れとの間で保持(固定)してマッサージ効果を向上させることも,甲第5号証(特開平7-148209号公報,図10,段落【0055】~【0058】)等に記載されているように周知技術であるところ,これらの周知技術を採用する目的は甲1発明の突起体91が設けられた目的と同一であって,またこれらの周知技術を採用して突起体91をさらに前方に「延設」しても,被施療者の身体の固定の機能やマッサージ具によるマッサージ機能に支障が生じるものとは考えられないからである。

そして,前記のとおりに椅子式マッサージ機のマッサージ具等の構成を改めたことによる効果は,被施療者の身体のより確実な固定やマッサージ効果の向上といった程度の事柄であって,当業者の予想を超える格別なものではないことも明らかである。したがって,相違点3に係る本件発明1の構成の容易想到性についての審決の判断には誤りがある。

 

【所感】

甲1発明の図7と図11を組み合わせることはできるが、図8と図11を組み合わせることはできないのではないか。図7と図11の組み合わせでは、本件発明1の構成は得られず、裁判所の判断は妥当ではないのではないか。

本件発明の特徴が、単一の引用文献の異なる実施例に開示されている技術の組み合わせでカバーできてしまいそうなときは、進歩性が否定されやすい。