pHを調製した低エキス分のビールテイスト飲料事件

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判決日 2015.10.29
事件番号 H27(ワ)1025
担当部 東京地裁 民事46部
発明の名称 pHを調製した低エキス分のビールテイスト飲料
キーワード 特許法104条の3第1項
事案の内容 本件は、被告製品(ドライゼロ)の製造等の差止め及び廃棄を求めた事案であり、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとして、原告の請求が棄却された事案。

事案の内容

【原告】サントリーホールディングス株式会社
【被告】アサヒビール株式会社
【原告の特許権】
特許番号 第5382754号
優先日 平成23年11月22日
原出願日 平成24年11月19日
出願日 平成25年5月27日(特願2013-110731)
登録日 平成25年10月11日

【請求項1】(確定した審決による訂正後のもの)
A-① エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアルコールのビールテイスト飲料であって,
A-② pHが3.0以上4.5以下であり,
A-③ 糖質の含量が0.5g/100ml以下である,
B   前記飲料。

【争点】
被告は,被告製品が本件発明の技術的範囲に属することを争っていない。本件の争点は,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものとして原告が本件特許権を行使することができないか否かであり(特許法104条の3第1項),被告は本件特許には以下の無効理由があると主張している。
(1)サポート要件(特許法36条6項1号)違反
(2)実施可能要件(同条4項1号)違反
(3)補正要件(同法17条の2第3項)違反
(4)オールフリーに係る発明(以下「公然実施発明1」という。)に基づく進歩性欠如
(5)ダブルゼロに係る発明(以下「公然実施発明2」という。)に基づく進歩性欠如 ←こちらを紹介する
(6)米国特許第3717471号公報(以下「乙13公報」という。)に記載された発明(以下「乙13発明」という。)に基づく進歩性欠如
(7)特開2013-21944号公報(以下「乙17公報」という。)に記載された発明(以下「乙17発明」という。)に基づくいわゆる拡大先願要件(同法29条の2)違反
(8)優先権の主張が認められないことを前提とする進歩性欠如

*(4)、(5)のみ裁判所で判断されている。

【裁判所の判断】
2 争点(5)(公然実施発明(ダブルゼロ)に基づく進歩性欠如)について
事案に鑑み、争点(5)についても判断する。
前記前提事実(5)のとおり、ダブルゼロは本件特許の優先日前に被告が販売を開始したものであり,その成分等を分析することが格別困難であるとはうかがわれないから,ダブルゼロに係る発明(公然実施発明2)は日本国内において公然実施をされた発明に当たる。被告は,これに基づく本件発明の進歩性欠如を主張するものである。
(1)本件発明と公然実施発明2の対比
ア 本件発明は、前記前提事実(2)イの特許請求の範囲の請求項1記載のとおりのものである。
一方,公然実施発明2は,証拠(乙1,9,41の3)及び弁論の全趣旨によれば,別紙2-1~5に示された各分析項目の成分量ないし特性を備えたノンアルコールのビールテイスト飲料であり,エキス分の総量は1.07重量%,pHの値は3.05,糖質は0.9g/100mlであると認められる。
そうすると,本件発明と公然実施発明2は,糖質の含量につき,本件発明が0.5g/100ml以下であるのに対し,公然実施発明2が0.9g/100mlである点で相違し,その余の点で一致する。
イ これに対し,原告は,ダブルゼロの多数の分析項目の中からエキス分の総量,pH及び糖質の含量のみを抜き出して公然実施発明2を特定し,相違点を認定することは許されない旨主張するが、争点(4)につき判示したのと同様の理由により,これを採用することはできない。
(2) 相違点の容易想到性
ア 証拠(乙10~12)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日当時,健康志向の高まりを受けて,ノンアルコールのビールテイスト飲料の分野では「糖質ゼロ」との表示のある商品が消費者から支持されていたこと,栄養表示基準(平成15年4月24日厚生労働省告示第176号)においては,糖質を100ml当たり0.5g未満とすれば糖質を含まない旨の表示をすることができることが認められる。
イ 上記事実関係によれば,公然実施発明2に接した当業者においては,糖質の含量を100ml当たり0.5g未満に減少させることに強い動機付けがあったことが明らかであり,また,糖質の含量を減少させることは容易であるということができる。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項であると解すべきである。
なお,飲料中の糖質の含量を減少させた場合にはエキス分の総量が減り,pHが変化すると考えられるが,エキス分には糖質由来のものとそれ以外のものがあり(本件明細書の段落【0020】,【0033】参照),そのpHにも多様のものがあると解されることに照らすと,公然実施発明2の糖質の含量を減少させてこれを0.5g/100ml以下としつつ,糖質に由来しないエキス分であって,酸性又は中性のものを増加させるなどして,エキス分の総量及びpHを公然実施発明2と同程度のもの(本件発明の特許請求の範囲記載の各数値範囲を超えないもの)とすることに困難性はないと解される。
ウ これに対し,原告は,①公然実施発明2は主成分を糖質とする麦芽エキスを使用することを特徴としているから,糖質の含量を低下させることに阻害要因があること,②本件発明には公然実施発明2から予測のできない顕著な効果があることを理由に,本件発明に進歩性がある旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
①について,前記アのとおり「糖質ゼロ」のノンアルコールのビールテイスト飲料が消費者の支持を受けていたことに照らせば,当業者(被告に限らない。)において麦芽エキスの使用量を減少させてでも糖質の含量を低下させようとする動機があったものと解される。
②について,公然実施発明2のエキス分の総量,pH及び糖質の含量は本件明細書中の発明品4とほぼ同じであるところ(【表1】),発明品4と本件発明の実施例である発明品3(同)を比べると,飲み応えの平均値をみても(発明品3は3.3,発明品4は4.0),pHの調整による飲み応えの変化をみても(発明品3は対照品3に対し1.0の改善,発明品4は対照品4に対し1.0の改善),発明品3の効果が顕著に優れているとは認められない。
表1

表2

(3) 小括
以上によれば,本件発明は公然実施発明2に基づいて容易に想到することができたから,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。
3 結論
以上の次第で,原告は被告に対して本件特許権を行使することができないから(特許法104条の3第1項),その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。よって,原告の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

【所感】
判決は妥当であると感じた。
なお、中間段階の補正により、本件発明の実施例となるのは、表1及び表2に記載された発明品1から10のうちの、発明品3のみであり(発明品1,2,6~10は、エキス分の総量が範囲外であり、発明品4,5は糖質量が範囲外)、明細書に記載された実施例が少ない。
また、この発明品3は、公然実施品(ダブルゼロ)とエキス分の総量、pH及び糖質の含量がほぼ同じである発明品4に対して、発明の効果である飲み応えの平均値が劣る。
このため、今後、この判断が覆されるのは厳しいのではないかと感じた。
なお、食料品に用いる原料は、原則として、人間に無害なものでなければならないので、選択の幅が狭く、また、含有量の範囲の幅も広くない。このため、食料品に関する特許権を取得する際のハードルは、他の分野に比べてどうしても高くなるのはしょうがないとも感じる。

以上