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2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物 審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2023.10.05
事件番号 R4(行ケ)10125
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物
キーワード 新規事項の追加、除くクレーム

事案の内容

【手続の経緯】
平成21年 5月 7日 原出願(特願2011-508656号)(優先日:平成20年5月7日・米国)
平成30年 5月28日 分割出願(特願2018-101571号)(本件出願)
令和 元年 9月13日 設定登録
令和 2年 9月18日 無効審判請求(無効2020-800082号)
令和 3年10月13日 審決予告
令和 4年 1月17日 特許請求の範囲を訂正する訂正請求(本件訂正)
令和 4年 8月16日 訂正を認めず無効審決(本件審決)
令和 4年 8月26日 審決謄本送達
令和 4年12月15日 審決取消訴訟提起
 
【特許請求の範囲】
 本件訂正後の請求項1の記載は、以下の通りである(下線は訂正箇所を示している)。なお、以下の説明では、本件訂正前の請求項1に係る発明のことを「本件発明1」と呼び、本件訂正後の請求項1に係る発明のことを「本件訂正発明1」と呼ぶ。
【請求項1】(本件訂正発明1)
 HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。
 
【審決の概要】
 「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、本件発明1において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、本件訂正発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要がある。しかしながら、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新規事項の追加に該当し、特許法134上の2第9項において準用する同法126条5項の規定に違反する。したがって、本件訂正は認められない。
 
【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線は重要箇所を示している)
第5 当裁判所の判断
3 本件訂正の適否
(1) 本件訂正は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」を「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」に訂正するというものであり、本件訂正により、請求項1の記載を引用する請求項2から7までについても訂正をするものである。
(2) 本件訂正は、本件特許に係る特許無効審判の被請求人である原告が、甲4発明による新規性・進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告(甲50。特許法164条の2第1項)を受けて請求したものである(甲52。同法134条の2第1項本文)。
(3) 特許請求の範囲等の訂正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項、126条5項)、これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、訂正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
(4) 本件についてみると、次のとおり、本件訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」されたものと認められる。
ア(ア) 本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」というものであって、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含むことは明らかであり、文言上、これらの化合物を含む限り、それ以外のいかなる物質を含む組成物も当該特許請求の範囲に含まれ得るものと解される。
(イ) 本件明細書等には、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」(【0003】)、「本発明によれば、HFO-1234yfと、HFO-1234ze、HFO-1243zf、HCFC-243db、HCFC-244db、HFC-245cb、HFC-245fa、HCFO-1233xf、HCFO-1233zd、HCFC-253fb、HCFC-234ab、HCFC-243fa、エチレン、HFC-23、CFC-13、HFC-143a、HFC-152a、HFO-1243zf、HFC-236fa、HCO-1130、HCO-1130a、HFO-1336、HCFC-133a、HCFC-254fb、HCFC-1131、HFC-1141、HCFO-1242zf、HCFO-1223xd、HCFC-233ab、HCFC-226baおよびHFC-227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成物は、少なくとも1つの追加の化合物の約1重量パーセント未満を含有する。」(【0004】)、「一実施形態において、HFO-1234yfを含む組成物中の追加の化合物の合計量は、ゼロ重量パーセントを超え、1重量パーセント未満までの範囲である。」(【0012】)との記載があり、これらの記載からすると、本件明細書等には、①HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること及び②HFO-1234yfを含む組成物中の追加の化合物の合計量がゼロ重量パーセントを超え、1重量パーセント未満までの範囲であることが記載されているといえる。
 また、本件明細書等の【0013】、【0016】、【0019】、【0022】、【0030】、【図1】の記載を総合すると、本件明細書等には、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているといえる。
イ 前記アの各記載を踏まえると、本件における当初技術的事項の内容は、HFO-1234yfを調製するに当たり、副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、HCFC-244bb)に含まれる不純物が追加の化合物として少量存在し得ること、及び、本件発明1については、追加の化合物として、少なくとも、HFC-254ebとHFC-245cbが含まれることであると認められる。
 他方、本件明細書等には、HFO-1234yfを調製する過程において、HFC-254eb及びHFC-245cb並びにその余の化合物が含まれる組成物についての記載はあるものの(【表6】表5、【表7】表6)、HCFC-225cbに係る記載はなく、また、本件明細書等の記載から、HFO-1234yfを調製する過程においてHCFC-225cbが副生成物として生じたり、HFO-1234yf又はその原料にHCFC-225cbが不純物として含まれたりするなどして、組成物にHCFC-225cbが含まれることが当業者にとって自明であると認めることはできないから、当業者は、本件明細書等のすべての記載を総合することによっても、本件発明1にHCFC-225cbが含まれるとの技術的事項を導くことはできない。
ウ そして、本件訂正発明1は「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」というものであって、本件訂正によって、本件発明1から、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が除外されたものであるが、前記イに照らせば、本件訂正により、本件明細書等に記載された本件発明1に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているとはいえないから、本件訂正は、本件明細書等に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものではない。
本件審決は、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、本件発明1において、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、本件訂正発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解した上本件では、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
 そこで検討するに、前記イの通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記ア(ア)のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cbを1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。
したがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。
(5) 被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。
 しかしながら、特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。
 また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、本件訂正は、前記(2)のとおり、甲4による新規性欠如及び進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けてされた訂正であるが、前記2のとおり、甲4には、甲4発明が記載されているのみならず、「HCFC-225cbを含むハロカーボン混合物から、・・ヒドロフルオロカーボンを直接的に調製する有利な方法に関する。・・この方法は相当量の該HCFC-225cbを他の化合物へ転化することなく行われる。」(【0012】)、「本発明による好ましい混合物とは、化合物HCFC-225cbを含む混合物である。他の好ましい態様において、混合物は本質的に約1~約99重量パーセントのHCFC-225cb・・とから成る」(【0015】)との記載があり、同各記載を踏まえると、本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。
(6) そして、本件審決は、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず、本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると、本件審決は同法134条の2第9項において準用する同法126条5項の訂正要件の解釈を誤ったものとして、取消しを免れない。
第6 結論
 以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。
 
【所感】
 特許・実用新案審査基準 第IV部 第2章「新規事項を追加する補正」には、除くクレームとする補正に関して、「(i)請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正」または「(ii)請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、第29条第1項柱書の要件を満たさない、又は第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」のみを除く補正」である場合には、新たな技術的事項を導入するものではないので許される、と記載されている。
 審査基準では、文言上クレームに含まれる事項であるものの明細書等に全く記載がない事項をクレームから除く訂正(補正)が許されるのか否かが明確ではないが、審判では、上記訂正は許されないと判断された。一方で、裁判所では、上記訂正は許されると判断された。上記訂正は新たな技術的事項を導入するものではなく、第三者に不測の不利益を与えることはないと考えられるので、裁判所の判断を支持したい。