骨断片固定手段装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2017.12.05
事件番号 H29(ネ)10066
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 骨折における骨の断片の固定のための固定手段装置
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 本件は、特許権侵害訴訟に係る事案であり、特許権者である控訴人Aが提起した原審において、控訴人の請求が棄却されたため、控訴人らが、原判決を不服として控訴したが、本件控訴は棄却された事案である。本件発明の作用効果の点から構成要件の文言が解釈された点がポイント。

事案の内容

【争点】
文言侵害の成否(争点1-1)
(ア)構成要件Fの充足性(争点1-1①)
 
【骨折における骨の断片の固定のための固定手段装置】
A 骨折における骨の断片を固定するための固定手段としての装置であって、
B 固定手段(1)は大腿骨頚部の骨折(4)における骨断片(2,3)を固定するための大腿骨頚部用の大釘であり,
C 前記固定手段(1)は作動可能位置(B)にピン(7)を挿入するために後部が開口したスリーブ(5)を備え,
D 前記スリーブ(5)は2つの対向する壁面(8,9),すなわち側面開口部(10)を有する第1縦方向壁面(8)と案内面(12)が斜め前方向に前記側面開口部(10)の先端部(13)まで延在する第2縦方向壁面(9)とにより細長い空間(6)が画定され,
E 前記案内面(12)は,前記ピン(7)が,前記スリーブ(5)に対して前進方向に移動される際に,前記ピン(7)の湾曲前端部(7f)を案内して,前記ピン(7)の前記湾曲前端部(7f)が前記側面開口部(10)を介して出口に押出されるように形成された装置において,
F 前記湾曲前端部(7f)に一番近接する前記ピン(7)は前方部(7a)を含み,前記ピン(7)が前記スリーブ(5)の作動可能位置(B)に存在する際に前記前方部(7a)は,前記前方部(7a)の縦方向に直線状であり,また前記ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて前記湾曲前端部(7f)に至り,前記案内面(12)に近接する前記第2壁面(9)の前方部(9a)まで延在する
G ことを特徴とする装置。
【(原告が認定した)被告製品について】
被告製品は円筒形状のスリーブ(アウターピン)と,スリーブ内に挿入されている棒状のピン(インナーピン)とからなる
スリーブ内は中空であり,細長い空間が存在する。スリーブの後部は開いてお
り(後部開口部),被告製品の製造過程において,スリーブの後部開口部からピ
ンをスリーブ内に挿入する。被告製品は,ピンがスリーブ内に挿入された状態で出荷・販売される。
出荷状態の被告製品
スリーブ先端付近の側面には,開口部(側面開口部)が存在する。
スリーブの内部では,側面開口部がある壁面(第1壁面)に対向する壁面(第2壁面)のスリーブ先端側の端から,第1壁面の側面開口部のスリーブ先端側の縁まで,傾斜面が形成されている。
⑵ …ピン前方部は直線形状を有しており,ピン湾曲前端部は,第1壁面の側に湾曲している。
ピンとスリーブとの間には遊びが存在し,ピンは前後左右に若干動くものの, ピン湾曲前端部がスリーブの側面開口部に引っかかるため,ピンはスリーブ内 でわずかしか回転させることができず,また,ピンを変形させることなくスリ ーブの後部開口部から引き抜くこともできない。
4 大腿骨頚部骨折の治療のために被告製品を使用する際には,出荷状態の被告製品を,スリーブ先端が骨折部位を通過して大腿骨頭内に位置するようにスリーブを大腿骨に埋め込んだ上で,被告製品の後部に専用の機器(作動器械)を取り付け,当該機器を用いてピンを後方からスリーブ先端方向に押す。すると,スリーブ内部の傾斜面がピン湾曲前端部を側面開口部の方向に案内し,その結果,ピン湾曲前端部が側面開口部を通ってスリーブの外に押し出される。
 
【裁判所の判断】
2 争点1-1①(構成要件Fの充足性)について
⑴ 構成要件Fの意義
イ 本件明細書の記載
(イ) また,本件明細書【0002】,【0003】及び【0006】には,本 件各発明は,特許文献1(甲20)及び特許文献2(乙9の1)に記載された従来の固定手段では,ピンが作動可能位置から移動してしまうことで側面開口部を通る出口を見つけられずにスリーブ内部で変形する危険性や,周囲の骨物質に移動するピンの前端部の部分が有利に曲がった状態へ変形しない危険性があったことから,特許請求の範囲請求項1記載の構成を採用することで,
ピンが作動可能位置を離れ意図しない動作をすることを防ぎ(第1の作用効果),及び/又は,
ピンの端部において骨の断片の安定した固定が得られ,かつ,骨の断片を貫通するピンが減るような有利な湾曲状態を得られるようにした(第2の作用効果)ものであることが記載されている。
そして,特許請求の範囲請求項1記載の構成のうち,構成要件Fを除く構成は,従来技術である乙9発明に開示されていると認められるから(乙9の1・2),本件発明は,構成要件Fに規定された構成を採用することにより,第1の作用効果及び第2の作用効果(本件各作用効果)を奏すると解される。
このように,本件発明1は,従来の固定手段の問題を解決するために構成要件Fの構成を採用したものであるところ,甲20及び乙9の1には,別紙引用例等図面目録記載の各図面が記載されている。これらの図面は,いずれも作動可能位置の状態を示していると解されるところ ,ピンの前方部は,ピンの後方部から第2壁面に対してほぼ平行に伸びており,ピンの前方部と第2壁面の前方部との間の遊び(隙間)は,ピンの後方部と第2壁面との遊びと同程度になっている。そのため,「ピンが意図せず動いた」(本件明細書【0003】)場合,この遊びの分だけピンの前方部が作動可能位置から移動してしまうおそれがある。そして,作動可能位置からピンがずれると,ピンの湾曲前端部をスリーブの側面開口部から押し出す際に,ピンの湾曲前端部が案内面に沿って滑らなくなるので「有利に曲がった状態へ変形しない」(【0003】)ことになる。
 
一方,本件発明1において,第1の作用効果を奏するのは,ピン7がスリーブ5の作動可能位置Bに存在する際に,ピン7の前方部7aが,ピンの後方部7eから第2壁面9に向かって斜め前方向に延びて湾曲前端部7fに至り,案内面12に近接する第2壁面9の前方部9aに至ることで(本件明細書【0012】,【図1】),ピン7の前方部7aと第2壁面9との間の遊びがなくなり,ピン7の第2壁面に向かう方向の移動が抑制されることによるものと認められる。また,第2の作用効果を得られるのは,第1の作用効果によって,ピンが作動開始位置からずれにくい結果,ピンの湾曲前端部7fが案内面12に沿って押し出されて,意図した湾曲が得られることによるものと認められる。
したがって,本件明細書に記載された本件発明1の作用効果の点からも,構成要件Fの「前記ピンの後方部(7e)から斜め前方向に方向づけられて前記湾曲前端部(7f)に至り,前記案内面(12)に近接する前記第2壁面(9)の前方部(9a)まで延在する」とは,「ピン(7)がスリーブ(5)の作動可能位置(B)に存在する際に,ピンの前方部(7a)が,ピンの後方部(7e)から第2壁面(9)に向かって斜め方向に延びて湾曲前端部(7f)に至り,案内面(12)に近接する第2壁面(9)の前方部(9a)に至ること」を意味するということができる。
 
ウ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は,「第2壁面(9)の前方部(9a)まで延在する」とは,ピン の前方部(7a)が第2壁面の前方部(9a)に接触する必要はなく,前方部7aのピン先端側の端(湾曲する手前の箇所)が前方部9a付近に位置していれば足りると解すべきである旨主張する。そして,その根拠として,①…、②…、③本件各作用効果の点からも,ピン7の前方部7aが第2壁面9の前方部9aに接触する必要はなく,本件明細書の【図1】でも,本件各作用効果を奏する構成として,ピン7の前方部7aが斜め方向に第2壁面の前方部9aに向かって延在するにとどまる構成が開示されており,ピン7の前方部7aが第2壁面の前方部9aの付近に位置していれば,本件各作用効果を得ることができることなどを挙げる。
 
(エ) 前記(ア)③について
前記イ(イ)のとおり,ピン7の前方部7aが第2壁面9の前方部9aの付近に位置しているだけでは,本件各作用効果を奏するものとは認められない。また,本件明細書の【図1】においては,ピン7の前方部7aが第2壁面9の前方部9aに接触しているものであり,控訴人の主張は,【図1】の記載に反するものである。
 
(オ) 以上のとおり,控訴人の前記(ア)の主張は,いずれも採用できない。
 
⑵ 被告製品の構成要件Fの充足性について
被控訴人は,被告製品のピン前方部は作動可能位置において第2壁面の前方部に接触していないと主張し,控訴人は,上記主張を争うことを明らかにしていない。
また,証拠(甲17,18)によれば,①平成28年1月5日に,埼玉県産業技術総合センターにおいて,原告検体1及び2の断面形状測定試験を行うに当たり,スリーブ内に挿入されているピンが前後左右に若干動く状態にあることが確認されたこと,②上記試験の際に,スリーブ内にピンが挿入されている状態を撮影した原告検体2の断面形状写真には,ピン前方部が作動可能位置において第2壁面の前方部に接触していない状態が写っていることが認められる。
以上のことから,被告製品のピン前方部は,作動可能位置において第2壁面の前方部に接触していないものと認められる。
したがって,被告製品は,「(前方部(7a)は,)ピンの後方部(7e)から
斜め前方向に方向づけられて前記湾曲前端部(7f)に至り,前記案内面(12)に近接する前記第2壁面(9)の前方部(9a)まで延在する」ものではなく,構成要件Fを充足しない。
 
【所感】
 本判決はやや不当であると考える。争点の主旨である「ピン7の前方部7aの位置」について、本件明細書の【図1】では、ピン7の前方部7aが第2壁面9の前方部9aに接触しているが、これが接触していなくとも、前方部9a付近に位置していれば、第1の作用効果(ピンが作動開始位置からずれにくい)を奏する場合もあると考えるからである。「やや不当」とした理由は、そもそも本願請求項1の構成について記載が曖昧なもの(例えば、作動可能位置、ピン7の前方部7a、第2壁面9の前方部9aの定義が曖昧である。)を許容することを前提とした上での意見であるからである。