風力発電施設運転方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.08.09 
事件番号 H23(行ケ)10374
発明の名称 風力発電施設運転方法
キーワード 進歩性、手続要件違反、周知技術
事案の内容 拒絶査定不服審判に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された。
本判決のポイントは、不感帯における制御に関する審理,判断が一切されていない,審判手続の審理経緯に照らすならば,本訴訟に至って,上記証拠(乙2,乙3)を考慮に入れた上で,相違点2に係る構成の容易想到性の有無の判断をすることは,相当とはいえないとされた点である。親出願(特願2002-583813)は、拒絶審決が確定し、孫出願は特許査定が確定している(特許第5054083号)。本願は子出願である。

事案の内容

出願の経緯

基礎出願:平成13年4月24日ドイツ連邦共和国

PCT出願(パリ優先権):平成14年4月22日

原出願審判請求日:平成18年11月27日(平成21年5月20日審決確定)

分割出願:平成18年12月27日

平成21年5月19日,拒絶査定

平成21年9月28日、孫出願(特願2009-222217)→特許査定(平成24年7月3日)

平成21年9月28日,拒絶査定不服審判(不服2009-18154号事件)  平成23年7月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決

平成23年7月19日、審決謄本送達(今回の判決で取消されたため、検索出来ません。)

 

【請求項1】(補正後)

風力タービンを運転することにより電気ネットワークおよび前記電気ネットワークに接続される負荷へ電力を供給する方法であって、
前記風力タービンは、ロータ(4)により駆動され交流電力を発生する発電機と、
前記交流電力を整流して整流直流電力を出力する整流器(16)と、
前記整流直流電力が供給され、前記整流直流電力を交流電力へ変換し、該変換された交流電力を前記電気ネットワークに供給するインバータ(18)と、
前記インバータ(18)を制御するマイクロコントローラ(20)と、を有し、
前記電気ネットワークにおける少なくとも一点において、電圧を測定し、電圧測値を求めるステップと、
前記マイクロコントローラ(20)が前記電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて、前記電気ネットワークへ供給される電力の電流と電圧との角度を表わす位相角φとして設定されるべき値(以下「目標位相角」という)を導出し、前記インバータ(18)を制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップと、
前記マイクロコントローラ(20)が前記インバータ(18)を制御するステップと、
を有し、前記インバータ(18)を制御するステップは、さらに、
前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は、前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータ(18)を制御するサブステップと、
前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には、前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように、又は、前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には、前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように、前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう、前記インバータ(18)を制御するサブステップと、を含むこと を特徴とする方法。

 

 

【争点】

(取消事由1)引用発明,周知技術,常套手段1及び2の認定における誤り

(取消事由2)容易想到性の判断の誤り

ア 引用発明,周知技術並びに常套手段1及び2における誤った認定に基づいてした容易想到性判断の誤り

イ 相違点2に係る構成の容易想到性の判断の誤り

<相違点2>

「マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,インバータを制御するステップと,を有し,前記電圧測値の変動を制御するよう,インバータを制御する,方法において,本願発明では,マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,「電気ネットワークへ供給される電力の電流と電圧との角度を表わす位相角φとして設定されるべき値(以下「目標位相角」という)を導出し,インバータを制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップ」と,前記マイクロコントローラが前記インバータを制御するステップと,を有し,

 前記インバータを制御するステップは,さらに,「前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータを制御するサブステップと,前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含む」のに対して,引用発明では,そのような特定がされていない点。」

 

【裁判所の判断】

当裁判所は,本願発明の相違点2に係る構成は,引用発明に,甲2文献記載の発明,常套手段1及び2を適用することによって,容易に想到すると認めることはできないと判断する。

 

取消事由1及び取消事由2のアについては、審決どおりの判断であるため、省略。以下番号は、判決に合わせた。

2 容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について

(2) 相違点2に係る構成の容易想到性の判断の誤りについて

ア 本願発明

(ア) 本願明細書の記載

本願発明に係る特許請求の範囲の記載は第2の2記載のとおりであり,本願明細書には,以下の記載がある(甲5,6)。また,本願明細書の図3は,別紙本願明細書図面に記載のとおりである(甲5)。本願段落0001~0004、0006、0007、0010、0011、0022を引用

(イ) 本願発明の解決課題及び解決手段について

上記記載によれば,本願発明は,風力タービンでは,風速によって発電機により生成される有効電力が変化するが,電力が電気ネットワークに供給されるときは,供給される有効電力の変化により電気ネットワークの電圧に変動が生じるところ,電気ネットワークに接続されている負荷が信頼性を損なわずに動作することができるように,ネットワークの所定点における電圧の変動を減少させるか,又は,少なくとも微増にとどめるようにすることを,その解決課題とするものである。本願発明では,その解決手段として,風力タービンにより供給される電力出力の位相角φを,ネットワークにおいて測定された少なくとも1つの電圧に従って変更させるとの構成を採用している。本願発明は,同構成を採用することによって,風力タービンによって供給される電力,及び/又は,負荷によってネットワークから引き出される電力の変化により生じる,電圧のあらゆる変動を抑制するものである。

イ 相違点2に係る構成についての容易想到性の有無に関する判断

(ア) 引用発明は,第4,1,(1),イで判断したとおりであり,また甲2文献記載の発明(「周知技術」)は,第4,1,(2),イで判断とおりであり,甲4文献記載の発明(「常套手段2」)は,第4,1,(4),イで判断したとおりである(いずれも審決の認定に誤りはない。)。

(イ) 引用発明と甲2文献記載の発明の技術分野,技術内容を対比,検討すると,両発明は,いずれも,風力発電で発生した電力が配電網(電力系統1)に供給される場合に,マイクロコンピュータ(制御装置7)が,周波数変換器(インバータ)を制御することにより,配電網(電力系統1)の電圧の変動を制御しようとするものである。また,電圧調整用のパラメータとして,引用発明ではマイクロコンピュータに力率が入力され,甲2文献記載の発明では制御装置7に無効電力値が入力されており,無効電力が制御の対象とされている。したがって,引用発明と甲2文献記載の発明とは,解決課題において共通する。

(ウ) 他方,審決が認定した常套手段2は,「電力系統の電圧制御や無効電力の制御を行う技術分野において不感帯を設ける」というものであり,その具体的な制御方法等は,何ら開示がない。また,甲4文献に記載されている不感帯域は,系統母線電圧と無効電力について,目標値V0 ・Q0 の周囲に予め決められた不感帯域を設定し,負荷時タップ切換変圧器LR,電力用コンデンサCs,あるいは分路リアクトルSRの制御を行うことにより,系統母線電圧と無効電力を上記不感帯域に収めるものである(段落【0007】【0009】)。したがって,甲4文献記載の事項がいかに技術常識であったとしても,当業者が,甲4文献記載の事項を適用することにより,本願発明における引用発明との相違点2に係る構成,すなわち「(マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,インバータを制御するステップと,を有し,前記電圧測値の変動を制御するよう,インバータを制御する,方法において,本願発明では,マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,「目標位相角を導出し,インバータを制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップ」と,前記マイクロコントローラが前記インバータを制御するステップと,を有し,前記インバータを制御するステップは,)前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータを制御するサブステップと,前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,

又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含む」との構成に,容易に想到すると解することはできない。

この点につき,被告は,本訴において新たに,特開平3-122705号公報(乙2)及び特開平10-191570号公報(乙3)を提出する。そして,乙2には,電圧調整器を線路上に設けた系統に設置する静止形無効電力補償装置において,制御目標電圧と交流系統電圧の偏差信号に不感帯を設けることが,乙3には,発電設備と系統電源とを連系し,電圧変動基準により無効電力の制御を行う系統連系システムにおいて,検出した電圧変動量から電圧変動基準を演算して出力する関数回路において,電圧変動が一定値以内では感知しない不感帯を設けることが,それぞれ記載されており,乙2及び乙3には,「ある値(X)が下方参照値と上方参照値との間に含まれる場合は対応する信号(Y)の大きさが一定に保たれるように制御するサブステップと,前記ある値(X)が前記上方参照値を上回る場合には,前記ある値(X)のさらなる増大に応じて前記対応する信号(Y)が大きくなるように,又は前記ある値(X)が前記下方参照値を下回る場合には,前記ある値(X)の減少に応じて前記対応する信号(Y)が小さくなるように制御するサブステップを有する」不感帯を設ける制御が記載されている。

しかし,上記の不感帯における制御に関する審理,判断が一切されていない,審判手続の審理経緯に照らすならば,本訴訟に至って,上記証拠(乙2,乙3)を考慮に入れた上で,相違点2に係る構成の容易想到性の有無の判断をすることは,相当とはいえない。

【所感】

裁判所は、甲4文献には、不感帯を設けることが記載されてはいるが、不感帯の具体的な制御方法等は,何ら開示されていない、と判断したが、甲4文献の段落0007には『具体的な制御方法等は,何ら開示がない。また,甲4文献に記載されている不感帯域は,系統母線電圧と無効電力について,目標値V0 ・Q0 の周囲に予め決められた不感帯域を設定し,負荷時タップ切換変圧器LR,電力用コンデンサCs,あるいは分路リアクトルSRの制御を行う』と記載されている。しかし、甲4文献には、電圧測値が上方参照電圧Umaxを上回る場合には,電圧測値のさらなる増大に応じて位相角φが大きくなるように、又は、電圧測値が下方参照電圧Uminを下回る場合には、電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなること(相違点2の構成)は記載されていない。甲4文献には不感帯の具体的な制御方法が開示されていない、ではなく、甲4文献には、電圧測値のさらなる増大に応じて位相角φが大きくなる、あるいは、電圧測値の減少に応じて位相角φが小さくなる制御が開示されていないので、引用発明,周知技術に甲4文献(常套手段2)の制御を適用しても、本願発明(特に相違点2である本願の具体的構成)を容易に想到すると解することはできない、と判断すべきだったのでは、と思われる。ただし、結論に変わりない。

また、裁判所は、乙2、乙3については審判で審理・判断されていないので、乙2,乙3を考慮に入れた上で,相違点2に係る構成の容易想到性の有無の判断をすることは,相当とはいえないとし、裁判所は、証拠が訴訟の段階で追加された証拠を考慮して進歩性を判断することはできないことが明確となった。