音響波方式タッチパネル事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.04.26
事件番号 H22(行ケ)10252
発明の名称 音響波方式タッチパネル
キーワード 数値限定発明、サポート要件
事案の内容 (1)拒絶査定不服審判の審決取消しが認められず、原告の請求が棄却(知財高裁2部)。
課題を解決できるに足る実験データが開示されているか(サポート要件)が争点となった。

(2)出訴時の請求項1(請求項2~11は省略)

事案の内容詳細はこちら

【請求項1】

音響波の伝搬媒体としてのガラス基板を備え,接触位置に関する座標データを検知するためのタッチパネルであって,前記ガラス基板が,主成分としてのSiOと追加の成分とで構成され,追加の成分が,

BaOの含有量が1.5重量%以下であり,

ZrO およびSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含む

ことを特徴とする,前記タッチパネル。

 

【裁判所の判断】

(1)結論

サポート要件違反について取消しを認めなかった。

 

(2)サポート要件の判断基準

(知財高裁大合議部判決平成17年11月11日〔平成17年(行ケ)10042号〕偏光フィルム事件より)

特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,

(a)発明の詳細な説明に記載された発明で,

(b)発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か

を検討して判断すべきものである。

 

(3)課題の認定

本願明細書によれば,本願発明は,ガラス基板の音響波減衰を抑制し,伝送信号の強度を高めることができる音響波式タッチパネル及びそのためのガラス基板を提供すること(段落【0013】)。

 

(4)請求項1と発明の詳細な説明との対比

本願明細書にはBaO,ZrO2 及びSrOの各含有量と減衰係数の具体的な相関関係は記載されていないし,本願明細書記載の所望の効果を奏するガラス基板(少なくとも,0.25dB/cm以下の低音響波損ガラス〔段落【0025】〕の条件を満足するもの)が,BaOの含有量を1.5重量%以下とすること,及び,ZrO2 およびSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことを臨界値として画されるということが,出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はない。

本願明細書の発明の詳細な説明には,請求項1に記載された構成を採用することにより,本願発明の音響波式タッチパネルは,ガラス基板の音響波減衰を低減でき,信号の強度を高くすることができる旨が記載されているが(段落【0072】),その構成を採用することの有効性を示すための具体例は,前記のとおり,実施例が1つと比較例及び参考例が合わせて4つ記載されている。

 

参考例1及び2は請求項1の要件を充たしていないにもかかわらず,減衰係数は0.25dB/cm以下であって,本願明細書にいう「低音響波損ガラス」の要件を満たしていることに照らすと,BaOの含有量及びZrO2 及びSrOのうち少なくとも一方の含有量のみによって,所望の効果(性能)が得られるか否かが区別され得ることが当業者に理解できる程度に記載されているということはできないし,請求項1の数値をもって本願発明の課題・目的である「低音響波損ガラス」の臨界値として画されることが当業者に理解できるものであったということもできない。

そうすると,発明の詳細な説明に記載された事項及び出願時の技術常識から,ガラス基板の音響波減衰を抑制し,所望の効果を有する音響波式タッチパネルを得るためのガラス基板として,ガラス基板の追加の成分が2つの含有量の臨界値で画定することが可能であることを当業者において認識することはできない。よって,上記発明の詳細な説明に,追加の成分が上記2つの含有量の臨界値で示される範囲にあるガラス基板及びそれを用いたタッチパネルの発明が記載されているということはできない。

 

【所感】

裁判所の判断は、結論を導く過程で論理が破綻しており、不当である。判断の問題点は次の2つである。

・問題点1…前提として示した判断基準(課題について)が、結論を導くために用いられていない。

・問題点2…課題に基づいて結論を導いているにも関わらず、認定した課題を途中ですり替えている(「音響波減衰を抑制」→「低音響波損ガラス(減衰係数0.25dB/cm以下)の提供」)。

 

上記のような事態を避けるために、出願書類は、将来において課題が権利者にとって有利に取り扱われるように作成するのが望ましい。