非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2018.05.15
事件番号 H29(行ケ)10096
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット
キーワード 進歩性、数値限定
事案の内容 特許無効審判の請求不成立審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
甲1発明(酸化物の含有量が「3重量%」(3.2 mol%))において、磁気特性やノイズ特性に優れたスパッタリングターゲットの作製を目的として,甲1発明に基づいて,その酸化物の含有量を6mol%以上に増加させる動機付けがあったと認めるのが相当であると判示された点がポイント。

事案の内容

【経緯】
平成18年12月26日 特許出願(特願2007-55387号)
(優先権主張:平成18年1月13日)
平成24年 4月20日 設定登録(特許第5374419号;本件特許)
平成26年 9月12日 無効審判請求(無効2014-800157号)
平成28年 9月26日 訂正請求(本件訂正)
平成29年 3月29日 訂正請求を認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない」旨の審決
平成29年 5月 1日 審決取消訴訟提起(本件訴訟)
 
【特許請求の範囲の記載】
【請求項1】(分節は審判時のもの)本件訂正の訂正部分には下線を付している。
1A:Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,
1F:前記非磁性材は6mol%以上含有され,
1B:前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,
非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円よりも小さいか,又は
該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり,
1C:研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40㎛以
下であり,
1D:直径10㎛以上40㎛以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/mm2以下である
1E:ことを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。
 
【審決の理由】
審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。その概要は,
① 本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的としていると認められ,新規事項を追加するものにも,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものにも該当しない,
② 本件訂正発明は,特願平8-268023号の願書に最初に添付した明細書及び図面(甲1)によって公知となった発明(以下「甲1発明」という。)又は特開平10-88333号公報(甲1による特許出願に係る公開特許公報。甲2)に記載された発明と同一とはいえない,
③ 本件訂正発明は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない,
④ 本件訂正発明は,特開2006-176810号公報(甲6)に記載された発明と同一とはいえない,
⑤ 本件特許の特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合する,というものである。
 
<本件訂正発明1と甲1発明との相違点>
 本件訂正発明1においては,非磁性材の含有量が「6mol%以上」であるのに対し,甲1発明においては,SiO2粒子(非磁性材)の含有量が「3重量%」である点。
 
【争点】
1.取消事由3の2(進歩性に関する判断の誤り)
 甲1、2に記載された発明+技術常識
 
【裁判所の判断】
 当裁判所は,原告が主張する取消事由3の2は理由があるから,審決には取り消されるべき違法があると判断する。その理由は,以下のとおりである。
 
(ウ) 以上の検討を踏まえ,本件訂正発明1に係る組織のうち「形状1」を選択した発明と甲1発明とを対比すると,両発明は「形状1」を有する点において一致し,非磁性材の含有量が,前者の発明は「6mol%以上」であるのに対し,甲1発明は「3重量%」(3.2mol%)である点において相違することになる。
以下,これを前提として,本件訂正発明1の進歩性について検討することとする 。
(2) 相違点の容易想到性について
ア 本件訂正発明1と甲1発明との相違点である,甲1発明におけるSiO2粒子(非磁性材)の含有量を「3重量%」(3.2mol%)から「6mol%以上」とすることについて,当業者が容易に想到できるといえるか否かを検討する。
 
イ 動機付けの有無について
(ア) 上記3(1)において認定したとおり,本件特許の優先日当時,垂直磁気記録媒体において,非磁性材であるSiO2を11mol%あるいは15~40vol%含有する磁性膜は,粒子の孤立化が促進され,磁気特性やノイズ特性に優れていることが知られており,非磁性材を6mol%以上含有するスパッタリングターゲットは技術常識であった。
 そして,本件特許の優先日前に公開されていた甲4(特開2004-339586号公報)において,従来技術として甲2が引用され,甲2に開示されている従来のターゲットは「十分にシリカ相がCo基焼結合金相中に十分に分散されないために,低透磁率にならず,そのために異常放電したり,スパッタ初期に安定した放電が得られない,という問題点があった」(段落【0004】)と記載されていることからも,優れたスパッタリングターゲットを得るために,材料やその含有割合,混合条件,焼結条件等に関し,日々検討が加えられている状況にあったと認められる。
 そうすると,甲1発明に係るスパッタリングターゲットにおいても,酸化物の含有量を増加させる動機付けがあったというべきである(磁気記録方式の違いが判断に影響を及ぼさないことについては,後記オ(ア)に説示するとおりである。)。
(イ) 次に,具体的な含有量の点についてみると,被告も,非磁性材の含有量を「6mol%以上」と特定することで何らかの作用効果を狙ったものではないと主張している上,証拠に照らしても,6mol%という境界値に技術的意義があることは何らうかがわれない。
 さらに,本件明細書の段落【0016】及び【0017】に記載されているスパッタリングターゲットの作製方法は,本件特許の優先日当時,一般的に使用・利用可能であった通常の強磁性材及び非磁性材を用い,様々な原料粉の形状,粉砕・混合方法,混合時間,焼結方法,焼結温度を選択することにより,本件訂正発明に係る形状及び寸法を備えるようにできるというものであるから,甲1発明に基づいて非磁性材である酸化物の含有量が6mol%以上であるターゲットを製造することに技術的困難性が伴うものであったともいえない。
 そうすると,磁気特性やノイズ特性に優れたスパッタリングターゲットの作製を目的として,甲1発明に基づいて,その酸化物の含有量を6mol%以上に増加させる動機付けがあったと認めるのが相当である。
 
ウ 阻害要因の有無について
(ア) 審決は,ターゲットの組成を変化させるとターゲット中のセラミック相の分散状態も変化することが推測され,例えば,当該セラミック相を増加させようとすれば,均一に分散させることが相対的に困難になり,ターゲット中のセラミック相粒子の大きさは大きくなる等,分散の均一性は低下する方向に変化すると考えるのが自然であって,実施例1の「3重量%」(3.2mol%)から本件訂正発明1の「6mol%以上」という2倍近い値まで増加させた場合に,ターゲットの断面組織写真が甲1の図1と同様のものになるとはいえず,本件訂正発明1における非磁性材の粒子の分散の形態を変わらず満たすものとなるか不明であると判断した。
 被告も,甲1発明において酸化物含有量を「3重量%」(3.2mol%)から「6mol%以上」に増加させた場合に,組織が維持されると当業者は認識しない,すなわち,組織が維持されるかどうか不明であることは,甲1発明において酸化物含有量を増やすことの阻害要因になると主張する。
(イ) この点について,上記2(2)オにおいて認定したとおり,甲1には,実施例4(酸化物の含有量は1.46mol%)について,「このターゲットの組織は,図1に示した酸化物(SiO2)が分散した微細混合相とほぼ同様であった。」(段落【0022】),実施例5(同1.85mol%)及び同6(同3.19mol%)についても「このターゲットの組織は,図1に示した組織とほぼ同様であった。」(段落【0024】及び【0026】)との各記載があるように,非磁性材である酸化物の含有量が1.46mol%(実施例4)から3.19mol%(実施例6)まで2倍以上変化しても,ターゲットの断面組織写真が甲1の図1と同様のものになることが示されている。
 さらに,上記3(2)において認定したとおり,メカニカルアロイングにおける混合条件の調整,例えば,十分な混合時間の確保等によってナノスケールの微細な分散状態が得られることも,本件特許の優先日当時の技術常識であった。
   そうすると,甲1に接した当業者は,甲1発明において酸化物の含有量を増加させた場合,凝集等によって図1に示されている以上に粒子の肥大化等が生じる傾向が強まるとしても,金属材料(強磁性材)及び酸化物(非磁性材)の粒径,性状,含有量などに応じてメカニカルアロイングにおける混合条件等を調整することによって,甲1発明と同程度の微細な分散状態を得られることが理解できるというべきである。
 また,上記イのとおり,甲1発明に基づいて非磁性材である酸化物の含有量が6mol%以上であるターゲットを製造することが,何かしらの技術的困難性を伴うものであると認めることはできない。
 したがって,甲1発明において酸化物の含有量を「3重量%」(3.2 mol%)から「6mol%以上」に増加した場合に,分散状態が変化する可能性があるとか,上記本件組織が維持されるかどうかが不明であることが,直ちに非磁性材の含有量を増やすことの阻害要因になるとはいえない。
 
有利な効果について
 本件明細書には,本件訂正発明に係るターゲットを使用することにより,「品質の優れた材料を得ることができ,特に磁性材料を低コストで安定して製造できる」,その「密度向上は,非磁性材と強磁性材との密着性を高めることにより,非磁性材の脱粒を抑制することができ,また,空孔を減少させ結晶粒を微細化し,ターゲットのスパッタ面を均一かつ平滑にすることができるので,スパッタリング時のパーティクルやノジュールを低減させ,さらにターゲットライフも長くすることができる」という効果を有する旨記載されている(段落【0014】)。
 しかし,上記効果は,ターゲット中の非磁性材が3mol%(本件明細書記載の実施例2。上記1(2)カ(イ)参照。)という甲1発明と同様のものにおいても認められるというのであって,他の証拠に照らしても,非磁性材の含有量を6mol%以上とすることによって格別の効果を奏するものと認めることはできない。
 
3 結論
 以上によれば,取消事由3の2には理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。
 よって,主文のとおり判決する。
 
【所感】
 裁判所の判断は妥当であると考える。
 数値範囲のおいてのみ、本発明と主引例の開示内容とが相違する場合、数値範囲の境界値に技術的意義(臨界的意義)が無いと進歩性が認められる可能性は低い。
 特許権者(被告)においても、6mol%以上と特定することで何らかの作用効果を狙ったものではないと主張しており、また、本明細書中にも6mol%以上とする技術的意義がない。本明細書の実施例1は6mol%のSiO2を含有する例であり、実施例2が3mol%のTa2O3を含有する例であるため、両実施例で異なる効果を記載していれば、6mol%以上の技術的意義を主張することができたと感じる。
 後の権利化過程に備え、数値限定を伴う実験例を記載する場合は、各実験例の数値の意義について、なるべく記載することが大切である。
 
 なお、構成要件1F単独ではなく、構成要件1F,1B~1Dは密接に関連した構成要件であるため、これらの構成要件を一体として見るべきとの意見あり。