非水系塗料用の粉末状揺変性付与剤、及びそれを配合した非水系塗料組成物 特許取消決定取消事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2023.08.10
事件番号 R4(行ケ)10115
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 非水系塗料用の粉末状揺変性付与剤、及びそれを配合した非水系塗料組成物
キーワード 誤記の訂正
事案の内容 本件は、特許異議申立の特許取消決定の取り消しを求める特許取消決定取消請求訴訟であり、原告の誤記の訂正は認められず、特許取消決定は維持された。

事案の内容

【手続の経緯】
令和元年10月17日 出願 PCT/JP2019/040973号(特願2020-512751号)(優先権主張・平成30年11月20日(日本国))
令和 2年12月 8日 設定登録(特許第6806401号)
令和 3年 7月 5日 特許異議申し立て
令和 4年 4月 4日 訂正の請求(「本件訂正」)
令和 4年10月 5日 異議の決定(本件訂正を認めず、特許取消を決定)(本件決定)
令和 4年11月10日 本件訴訟を提起
 
 本件訂正前(設定登録時をいう。以下同じ。)の特許請求の範囲(請求項1ないし9)のうち、請求項1は次の通りである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
 炭素数2~8のプライマリージアミンと、水素添加ひまし油脂肪酸及び/又は炭素数4~18の脂肪族モノカルボン酸とが縮合したアミド化合物(A)と、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、及びポリスルホン酸から選ばれるもので極性官能基を有するポリマー(C)とを、含み、増粘性及び/又は液だれ防止性と、揺変性とを付与するためのものであり、
前記アミド化合物(A)と、前記非アミドワックス成分(B)と、前記極性官能基を有するポリマー(C)との合計質量を基準として、前記アミド化合物(A)を1~95質量%、前記非アミドワックス成分(B)を1~95質量%、及び前記極性官能基を有するポリマー(C)を0.1~10質量%とすることを特徴とする非水系塗料用の粉末状揺変性付与剤。
 
(1) 訂正事項1(本件訂正前の請求項1並びにこれを引用する本件訂正前の請求項2ないし7及び9に係るもの)
本件訂正前の請求項1中の「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」との記載を「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」に訂正し、本件訂正前の請求項1中の「酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、及びポリスルホン酸から選ばれるもので極性官能基を有するポリマー(C)と」との記載を「酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、及びポリスルホン酸から選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし極性官能基を有するポリマー(C)と」に訂正する。
 
【当裁判所の判断】
2 原告の主張2(本件訂正のうち非アミドワックス成分(B)に係る部分の目的)について
(1) 本件訂正前の記載から本件記載を削除する本件訂正が特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものに該当するか否かについて
ア 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するか否かについての判断基準
 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するといえるためには、同項本文に基づく訂正の前の記載が誤りで当該訂正の後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないと解するのが相当である。
イ 本件訂正前の記載について
(ア) 本件訂正前の記載
 前記第2の3のとおり、本件訂正前の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。
(イ) ポリオレフィンワックスについて
 ポリオレフィンワックスの中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすものと満たさないものが存在することが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に上記の条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解すると認められる。
(ウ) マイクロクリスタリンワックス等について
 マイクロクリスタリンワックス等の分子量ないし重量平均分子量(ポリスチレン換算によるもの)がいずれも1000未満であることが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、当業者は、当該周知の技術的事項に基づき、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解すると認められるから、そのように理解する当業者は、本件訂正前の記載に接したときは、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得ると認めるのが相当である。
 
(エ) 本件訂正前の記載が誤りであることが当業者にとって明らかといえるか否かについて
 本件訂正前の構成は、非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質について、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」と規定するのであるから、その文言に照らし、当該物質は、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの全部又は一部であると解される。そして、前記(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれ、他方で、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、そのように理解し得る当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質がマイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの一部のみ(ポリオレフィンワックスのみ)であると理解し得ると認められるところ、当該理解は、本件訂正前の構成についての上記解釈(非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質に係るもの)と整合している。このように、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質(ポリオレフィンワックス)が現に存在すると理解するとともに、当該物質の種類が本件訂正前の構成中に掲げられた「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックス」の全てではないとしても、そのことは本件訂正前の構成の「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」に係る解釈と整合すると理解するものと認められるから、結局、本件記載を含む本件訂正前の記載については、当該当業者にとって、これが誤りであることが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである
 
【所感】
 上記では省略しているが、原告は、「請求項1中、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000」であるという構成は、極性官能基を有するポリマー(C)について限定するべきものであったにも関わらず、令和2年10月27日付け手続補正書で補正する際に、誤って、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」のように限定してしまった。」と主張している。
 公開公報の段落(0038)に上記の原告の主張を裏付ける記載がある。したがって、明細書の記載に照らせば、審査において行った請求項の補正が誤記であったと考えられる。しかし、「誤記の訂正」とは、「特許請求の範囲の記載に関する限り、誤記の訂正は、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと当業者その他一般第三者が理解する場合に限って許され、発明の詳細な説明の項の記載は、この点の判断の資料となる限度においてのみ斟酌されねばならない(審判便覧、最判昭47.12.14)」の判断に則っても、裁判所の判断は妥当であると考えられる。
 審査における請求項についての補正は慎重であるとともに、補正に間違いがないか判断できる程度の専門知識を身に着けることが必要であると再認識した。