電話番号リストのクリーニング方法事件

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判決日 2014.1.16
事件番号 H23(ネ)1005(原審・東京地裁H21(ワ)第35411号)
発明の名称 電話番号リストのクリーニング方法
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 特許権者が、被告サービスの実施の差止めと被告サービスのために用いるコンピュータ等の廃棄を求めた事案。本件控訴は棄却された。
被告サービスは、特許請求の範囲に記載された「すべて」という文言を充足しないとして、本件発明の技術的範囲に属さないと判示された点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3462196号(登録日:2003年8月15日)

(2)出願番号:特願2001-215037(出願日:1996年12月13日)

(3)特許請求の範囲(下線部は,平成22年8月26日の訂正審決確定により追加された部分。また,A~Dの項目は原判決が付したもの。)

 

【請求項1】

A ISDNに接続した番号調査用コンピュータにより,使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる調査対象電話番号について回線交換呼の制御手順を発信端末として実行し,網から得られる情報に基づいて有効な電話番号をリストアップして有効番号リストを作成する網発呼プロセスと,

B 前記網発呼プロセスにより作成された前記有効番号リストを複数のクリーニング用コンピュータに配布して読み取り可能にするリスト配布プロセスと,

C 前記各クリーニング用コンピュータにおいて,クリーニング処理しようとする顧客などの電話番号リストを読み取り可能に準備し,このクリーニング対象電話番号リストと前記有効番号リストとを対照することで,前記クリーニング対象電話番号リスト中の有効な電話番号を区別するクリーニング処理プロセスと,

D を含んだことを特徴とする電話番号リストのクリーニング方法。

 

【原審の判断】

【争点】

(1) 被告サービスは,本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(2) 被告サービスは,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか(争点2)

(3) 本件特許は,特許無効審判において無効とされるべきものか(争点3)※本レジュメでは省略

 

【争点に対する判断】

1 争点1(被告サービスは,本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1) 構成要件Aの充足性について

ア 被告サービスにおいて調査対象とされる電話番号

証拠(乙18~20)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,同認定を左右するに足りる証拠はない。

(ア) 日本の電話番号は,市外局番と市内局番と加入者番号との組合せから成っている。

市外局番及び市内局番は,総務省が管理しており,市外局番は,地域ごとに総務省告示で規定され,市内局番は,総務大臣が電気通信事業者ごとに指定を行うものとされている。

(イ) 総務省は,日本全国の電話番号の局番を,

《1》「未使用」(電話通信事業者からの使用申入れ及び使用の事実がない局番),

《2》「使用予定」(電話通信事業者からの使用申入れに対して割当て済みであるが,使用開始時期が到来していない局番),

《3》「未使用復帰」(過去に,電話通信事業者に割り当てられ,使用されていたが,当該電話通信事業者が総務省に返却した局番),

《4》「使用不可」(例えば,天気予報用等の特殊な利用のために割り当てられたものであり,一般には使用されていない局番),

《5》「使用中」(電話通信事業者に割り当てがされ,使用されている局番),

の5つの区分を用いて管理している。

(ウ) 被告は,被告サービスにおいて,上記《1》ないし《4》の局番(「未使用」,「使用予定」,「未使用復帰」,「使用不可」)の電話番号については,使用状況の調査を行っていない。

また,被告は,被告サービスにおいて,上記《5》の局番(「使用中」)の電話番号について使用状況の調査を行っているものの,「使用中」の局番であっても,下記の電話通信事業者に割り当てられ使用されている合計566個の局番の電話番号については,使用状況の調査を行っていない。これは,これらの局番の電話番号は,専ら基地局での交換のために使用されていたり,転送に用いられたり,新しいサービスの実験等の用途で使用されたりしているものと推定され,使用状況を調査してほしいとの顧客からのニーズがないからである。

 

イ 「使用されているすべての市外局番および市内局番」(構成要件A)の意味について

(ア) この点について,原告は,構成要件Aの「使用されているすべての市外局番および市内局番」とは,事業者が一定の調査対象を設定することを前提に,「その調査対象に含まれる電話番号に使用されている市外局番と市内局番のすべて」を意味するものと解すべきであるとした上,被告サービスは,被告が有効性判定のニーズがないと判断した局番を調査対象から除外したものであるから,「その調査対象に含まれる電話番号に使用されている市外局番と市内局番のすべて」を調査しているといえ,構成要件Aを充足する,と主張する。

(イ) しかしながら,構成要件Aは,単に,「使用されているすべての市外局番および市内局番」と記載されているだけであり,局番について,原告の主張するような限定は付されていない。

 

以下訂正審判請求書の一部引用(下線は筆者が付した)

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「《1》 本件発明

本件発明は,いずれも,特に,明細書の段落0006に記載の「…(略)…」との問題点,及び,段落0007に記載の「…(略)…」という問題点を解決するためになされたものであって,「…(略)…」を目的としている(段落0008)。

そのため,訂正後の特許請求の範囲の請求項1および2に記載したように,「ISDNに接続した番号調査用コンピュータにより,使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる調査対象電話番号について回線交換呼の制御手順を発信端末として実行」することを特徴としており,これにより,「…(略)…」という効果を奏するものである(段落0038,0039)。また,本発明では,リストに含まれる電話番号が全国に散らばっているような場合でも,或いは,電話帳に掲載されていない番号が含まれている場合であっても,ほぼもれなくクリーニング処理を行うことができる。

「《2》先行技術

a.本件特許については,現在,東京地方裁判所に侵害訴訟(判決注:本件訴訟)が係属中である…(中略)…。そして,これら侵害訴訟の中で株式会社クローバー・ネットワーク・コム(以下「被告」という)から,新規性欠如を理由とする特許無効の抗弁がなされ,以下の先行技術資料(判決注:乙5資料及び乙7資料)が提出された。…(後

略)…

d.甲1(判決注:乙5資料)について

…(中略)…以上の点に加え,訂正後の本件発明では,「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」番号を調査対象とすることにより,使用されている可能性のあるほぼすべての電話番号に発呼してその有効性を調査して有効番号リスト(請求項1)や無効番号リスト(請求項2)を作成するものである。この調査によって作成された有効番号リストや無効番号リストは網羅的なものであり,これら網羅的な有効番号リストや無効番号リストを配布し,クリーニング用コンピュータにおいて読み取り可能にし,クリーニング対象電話番号リストと対照することにより,同リスト中の有効な電話番号または無効な電話番号を区別することができるので,電話帳に掲載されていない番号を含めた殆どすべての番号について,あたかも都度発呼して電話番号の利用状況を調査するのと同様の効果を得られるものである。

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(ウ) 上記明細書の発明の詳細な説明中の記載によれば,・・・(中略)・・・

また,上記発明の詳細な説明中の記載及び本件訂正がされた経緯からすると,本件発明において「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とすることの技術的意義は,(調査対象となる地域において)実際に使用されている可能性のあるすべての電話番号について,その利用状況を調査することにより,電話番号の網羅的な有効番号リストを作成し,このリストとクリーニング処理しようとする顧客などの電話番号リストを対照することで,上記電話番号リストのクリーニング処

理をほぼ漏れなく行うことができるようにすることにあるといえ,「使用されているすべての市外局番および市内局番」とは,「市外局番及び市内局番として使用されているすべての番号」を意味するものと解するのが相当である。本件明細書の他の記載を見ても,「使用されているすべての市外局番および市内局番」に関して,上記で検討した意味内容と異なるような説明をしている箇所は存在せず,原告の主張する「調査対象に含まれる電話番号に使用される市外局番と市内局番のすべて」と解すべき根拠となる記載は見当たらない。仮に構成要件Aを原告の主張するとおりに解すると,結局,同構成要件は「調査対象となっている電話番号を調査対象とする」という循環論理に帰し,「使用されているすべての市外局番および市内局番」との要件は無意味なものとなってしまうから,原告の主張する解釈を採用することはできない。

したがって,一部の電話通信事業者に割り当てられている合計566個の局番に係る電話番号については調査対象としていない被告サービスは,構成要件Aの「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とするものとはいえず,構成要件Aを充足しない。

 

 

2 争点2(被告サービスは,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか)について

(1) 前記1のとおり,被告サービスは,一部の電気通信事業者に割り当てられている合計566個の局番に係る電話番号を調査対象としていないから,少なくとも,「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とするものではない点において,本件発明と相違する。

(2) そこで,被告サービスが本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか否かについて検討するに,平成10年最判は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分がある場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の一つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」こと(第5要件)を掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解される行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示する。

そうすると,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動を特許権者がとった場合には,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。

(3) これを本件についてみると,本件訂正がされた経緯は前記1(1)イ(イ)のとおりであり,原告は,本件訂正前の特許請求の範囲請求項1では,単に,「ISDNに接続したコンピュータにより回線交換呼の制御手順を発信端末として実行し」とされ,いかなる電話番号を調査対象とするのかについて特段制限は付されていなかったものを,本件訂正により,「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とするものに限定することを明記し,これにより,乙5資料等に記載された先行技術と本件発明との相違を明らかにして,乙5資料等を先行技術とする無効事由を回避しようとしたものであることが認められる。

そうすると,原告は,本件特許発明について,本件訂正に係る訂正審判の手続において,被告サービスのように一部の局番の電話番号を調査対象としない構成のもの,すなわち,調査対象電話番号が「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」ものでない方法が,その技術的範囲に含まれないことを明らかにしたものと認めるのが相当である。

原告は,原告が本件訂正において除外したのは,電話帳データや特定の顧客リストなど,限られた電話番号群を調査対象として調査結果を記録する方法に限られるものであり,すべての電話番号という母数から出発してニーズのない局番を除外するという被告サービスのような技術まで意識的に除外したものではないと主張する。

しかしながら,仮に,原告が,主観的には本件訂正により被告サービスの技術を除外する意図を有していなかったとしても,本件訂正は,少なくとも,第三者からみて,外形的には,「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とせず,一部の局番の電話番号を調査対象から除外しているものについては,本件特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したものと解されるべきものであるというべきである。

原告の上記主張は,採用することができない。

(4) 以上のとおりであるから,均等論の第5要件の根拠とされる禁反言の法理に照らし,被告サービスが本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であると認めることはできない。

 

【知財高裁の判断】

1 当裁判所も,被告サービスは,少なくとも本件特許発明の構成要件Aを充足せず,禁反言の法理の関係で本件特許発明と均等とは認められないものと判断する。その理由は,次のとおり付加し,原判決43頁13行目~14行目の「(調査対象となる地域において)」を削るほかは,原判決30頁3行目以下の「第3 当裁判所の判断」のとおりである。

2 控訴人の当審主張について

本件特許発明の特許請求の範囲においては,(使用されている)「すべて」の市外局番及び市内局番という文言が用いられているのであって,範囲の広狭がある場合には,最も広い範囲を指すと解するのが自然であり,逆に,これを「調査対象となる一定の地域」に限定する記載はない。

本件明細書(甲1,47)の記載をみても,【課題を解決するための手段】(段落【0009】)には,「調査対象となる一定の地域」の市外局番及び市内局番に限定する旨の記載はなく,唯一の実施例も,「ここまでは1台のパソコン1で北海道・青森県・秋田県・岩手県エリアの調査を行うと説明した。同様にして,全国の電話網をいくつかの地域に分割し,それぞれの地域にて全国の電話番号の調査を複数の地域に分散した複数のパソコンで分担実行する。そして,それぞれに担当した地域の前記調査リストを通信などを通じて1つに集約することで,全国的な広域の調査リストを作成できる。」(段落【0032】)と記載されるように,全国を対象として調査するものである。なお,控訴人が主張の根拠とする記載(段落【0011】~【0013】,【0026】)は,全国を調査する一環として,ある地域を分担したパソコンによる調査方法を説明したものであって,控訴人の主張するような,一定の地域に限定して調査を行う旨の記載であるとは認められない。また,控訴人は,訂正審決が本件明細書の段落【0013】を根拠に訂正を認めたと主張するが,審決は,当該段落に加えて上記の段落【0032】も引用して訂正事項が当初明細書に開示されていると認定したのであり(甲47),控訴人の主張に沿う判断をしたものではない。さらに,本件特許発明の解決課題・作用効果についても,従来技術の2つの課題のうちの1つである「交換局の輻輳の問題」(段落【0006】)に対して,本件特許発明では,全国を複数のパソコンで分担調査することにより,コンピュータに近い交換局の輻輳が起きないという効果を奏する旨記載されているのであって(段落【0034】,【0039】),この点においても,全国の調査を前提とするものである。

したがって,構成要件Aの「使用されているすべての市外局番および市内局番」とは,調査対象となる一定の地域において使用されているすべての市外局番及び市内局番を意味するという控訴人の主張は,採用することができない。

 

【所感】

 明細書の記載および訂正審判での原告の主張からすると、妥当な判決であると思われる。

 実務においても「すべての」といった強い限定には相当な注意が必要である。

以上