電子患者介護用のシステム、方法および装置 審決取消請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2024.11.27
事件番号 R6(行ケ)10005
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 電子患者介護用のシステム、方法および装置
キーワード 明確性、技術常識
事案の内容 本事案は、拒絶査定不服審判の拒絶審決に対する取消訴訟であり、拒絶審決が取り消された。請求項中の「ウェブ・サービス」、「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」という用語について、明細書中で具体的な説明がされていなかったとしても、特許請求の範囲の記載が不明確であるとはいえないとされた。

事案の内容

【手続の経緯】

・令和 元年10月28日 本願特許出願(特願2019-195004号)

 ※特願2015-549809号の一部を分割した分割出願(特願2018-50746号)の一部をさらに分割した分割出願にあたる

・令和 3年10月20日 拒絶査定

・令和 4年 2月28日 拒絶査定不服審判請求

・令和 5年 9月11日 拒絶査定不服審判不成立との審決(以下、本件審決)

・令和 6年 1月24日 本件審決の取消しを求めて本件訴訟提起

 

<本件審決にて拒絶された請求項>

【請求項1】

 電子患者介護用のシステムであって、

  ウェブ・サービスと、ルーティング機能および医療デバイスソフトウェア更新の無しまたは少なくとも1つと、を提供するように構成されたゲートウェイ;および

  前記ウェブ・サービスを使用して前記ゲートウェイと動作可能に通信するように構成された医療デバイス

 を備えるとともに、前記ウェブ・サービスがトランザクション・ベースのウェブ・サービスである、システム。

 

【当事者の主張】(被告の主張の一部を抜粋)

1 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について

(被告の主張)

(1) 本願明細書には、段落【0678】に特許請求の範囲と同様の記載があるのみで、原告も自認するように、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の具体的な説明は一切ないから、本願の添付書類ではなく、本願との関係が明らかではない文献の記載をいくら参照したとしても、本願における用語の技術的な意味が明確であるということはならない。

(3) 原告は、審判段階において、「ウェブ・サービス」について「インターネットを介したサービス」を意味していると主張するなど、本件訴訟におけるものとは異なる主張をしており、その主張は変遷している。

 また、本願と同じく特願2018-50746号の一部をさらに分割し、新たな出願とした特願2020-096874号(以下「関連出願」という。明細書の記載は本願明細書と全く同じ。)に係る、本件訴訟と並行して同時期に審理されている審判手続においては、「ウェブ・サービス」の技術的な意味が不明である旨の拒絶理由通知に対し、「さらに、請求項4において、「ウェブ・サービス」との記載を「インターネット(ウェブ)」に補正しました。「(ウェブ)」を加えたのは、請求項4においてインターネットとウェブとは同じ意味で使われているからです。」との、本件訴訟におけるものとは異なる主張をしている。

 このような主張の変遷を可能とする本願の特許請求の範囲の記載は、本願明細書、図面の記載及び技術常識を考慮しても、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるといわざるを得ない。

 

【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)

2 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について

(1) 判断の枠組み

 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者である当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきである。

(2) 当業者の出願当時における技術常識について

 ア (省略)

 イ 上記アの各刊行物(甲5、6、11、13、16、17)の各記載によれば、「ウェブ・サービス」という用語は、「インターネット上に分散した複数のウェブアプリケーションシステムをシステム同士で連携させる技術であり、XML、UDDI、WSDL及びSOAPの規格に適合したもの」という意味で用いられ、本願の国際出願日の当時、技術常識となっていたと認められる。

 また、この「ウェブ・サービス」との関係において、「トランザクション」という用語は、「複数の処理をひとまとまりにしたものであって、同時にアクセスされる基礎データの一貫性を確保することができるもの」という意味で用いられると認められ、そうすると、「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」とは、この「トランザクション」を基礎とした「ウェブ・サービス」という意味の用語であって、これも、本願の国際出願日(平成25年12月20日)の当時、技術常識となっていたと認められる

 したがって、出願当時における技術常識を踏まえると、本願各発明の「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」は、それぞれ、上記の意味で用いられているといえるから、本願明細書において、これらの用語の具体的な説明がされていなかったとしても、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない

(3) 被告の主張について

 ア 被告は、本願明細書には「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の具体的な説明が一切ないから、本願との関係が明らかではない文献の記載を参照しても技術的な意味が明確であるということはならず、また、出願当時の技術常識を考慮して用語の技術的な意味を把握しようとしても、本願明細書にはその手掛かりさえないから、本願とは関係がない証拠の提出により用語の技術的な意味を自由に変更することができることになる旨主張する。

 しかし、前記(1)のとおり、明確性要件の判断は、当業者の出願当時における技術常識を基礎とすべきところ、「ウェブ・サービス」及びウェブサービスに関係する「トランザクション」という用語自体の意味が技術常識であったと認められるから、本願明細書に具体的な説明がなくとも、「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」の技術的意味が不明確であるということはできない

 また、このように解することは、技術常識の認定の問題であって、原告が特許請求の範囲に記載された用語の意味を自由に変更することができることを意味するものではない

イ 被告は、原告提出の各証拠から「ウェブ・サービス」及び「トランザクション・ベースのウェブ・サービス」が当業者に知られていた技術であったとはいえない旨主張するが、本件各証拠から認定することができる。技術常識は、前記のとおりである。

ウ 被告は、審判段階からの原告の主張に変遷があることや、関連出願における原告の主張が本件訴訟における主張と異なることを指摘する。しかし、特許法36条6項2号該当性の判断は、審判段階からの原告の主張の変遷や、関連出願における原告の主張内容如何にかかわらず、前記(1)のとおり、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者である当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から客観的に判断されるべきである。被告の主張する点は、本願の特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない旨の前記判断を左右するに足りる事情とはならない。

(4) 取消事由1についての結論

 以上のとおり、本願発明の特許請求の範囲の記載が明確性要件を欠くとする本件審決の判断には誤りがあるから、取消事由1は理由がある。

3 取消事由2(実施可能要件に関する判断の誤り)について

 (中略)

 しかし、前記2のとおり、本願各発明の内容が明確でないとする本件審決の判断には誤りがあるから、その判断を前提に、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を欠くとした本件審決の判断にも誤りがある。

 したがって、取消事由2は理由がある。

4 結論

 以上のとおり、本願の特許請求の範囲の記載が明確性要件(特許法36条6項2号)を満たすとはいえず、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たすとはいえないとする本件審決の判断にはいずれも誤りがあり、原告の請求には理由があるから、主文のとおり判決する。

 

【所感】

 本事案では、請求項中の用語に関する具体的な説明が明細書中になくとも、その用語自体の意味が技術常識であれば、明確性要件を満たし得ることが判示された。中間応答時に本事案と同様のロジックで明確性要件違反が指摘された際や、明細書中でキーワード的にしか使用されていない用語を補正時や分割出願時に構成要件としてクレームアップ可能かを検討する際などに、本事案が参考になると考える。

 また、今回の裁判所の判断は妥当と考えるが、クレーム用語によっては、技術常識を加味しても不明確と認定される可能性は十分あるため、出願時から技術常識を過度に当てにするのはリスクが高いと思われる。ただし、特に審判や訴訟を厭わないなら、クレーム用語の説明を明細書中に敢えて記載しないことで、クレーム用語解釈に関して技術常識以外の要素を排除し、結果的に権利範囲を広げる、という戦略も有り得ると考える。