電子写真現像剤用磁性キャリア及びその製造方法、二成分現像剤事件
判決日 | 2014.10.8 |
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事件番号 | H25(行ケ)10296 |
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担当部 | 知財高裁 第2部 |
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発明の名称 | 電子写真現像剤用磁性キャリア及びその製造方法、二成分現像剤 |
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キーワード | 進歩性 |
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事案の内容 | 拒絶査定不服審判(不服2013-4314号)の拒絶審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。 周知技術として挙げられたシアントナーが、請求項に記載されているトナーの製造方法により製造されたものであるか否か不明であるから、引用発明の磁性キャリアが請求項に記載の磁性キャリアの特性(帯電量)を有すると認定できない、と判断された点がポイント。 |
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事案の内容
【本願補正クレーム】(下線は筆者が付した。)
カラー用現像剤に用いられる電子写真現像剤用磁性キャリアであり,電子写真現像剤用磁性キャリア磁性芯材粒子の粒子表面に主に,シリコーン樹脂,スチレン系樹脂,アクリル系樹脂,ポリエステル系樹脂から選ばれる一種又は二種類以上の樹脂からなる表面被覆層を形成した電子写真現像剤用磁性キャリアであって,前記磁性キャリアの平均粒子径が10~100μmであり,該磁性キャリアの帯電量の測定において,測定条件を下記のとおりとし,測定10秒後の測定値と120秒後の測定値との比(10秒後の帯電量)/(120秒後の帯電量)が60%以上であることを特徴とする電子写真現像剤用磁性キャリア。
(帯電量の評価)
帯電量は,磁性キャリア95重量部と下記の方法により製造したトナー5重量部を十分に混合し,24℃,60%RH環境に24時間以上放置し調湿した試料を準備して,ブローオフ帯電量測定装置を用いて測定した値である。
トナーの製造例
ポリエステル樹脂100重量部
銅フタロシアニン系着色剤5重量部
帯電制御剤(ジ-tert-ブチルサリチル酸亜鉛化合物)3重量部
ワックス9重量部
上記材料を溶融・混練し,粉砕,分級して得た重量平均粒径7.4μmの負帯電性青色粉体100質量部と疎水性シリカ1重量部を混合して負帯電性シアントナーとして用いる。
【引用発明】特開平9-138528号公報(下線は筆者が付した。)
60μm又は80μmの平均粒径を有するCu-Znフェライトをコア材とし,シリコーン樹脂にカーボンブラックを5重量%分散させたものをコート剤とし,これらを活動造粒乾燥装置に入れ,流動層でコア材とコート剤を混合したあと,90℃の雰囲気下で乾燥し,更に200℃の電気炉内に1時間放置し,シリコーン樹脂の焼成をすることによりコートして製造したキャリアであって,
キャリアとトナーをトナー濃度3%で混合した現像剤サンプル100gを,100mlのポリエチレンボトルに入れ,回転数100rpmで60min間撹拌した後,現像剤サンプルを0.2g秤量し,エア圧0.2kgf/cm2でブローして測定した値である帯電量について,帯電量測定時のブロー時間10secの値をブロー時間90secの値で割ることにより求めた帯電立ち上がり指数が90以上である帯電立ち上がり特性に優れたキャリア。
【審決の理由のポイント】(下線は筆者が付した。)
(1)相違点
・相違点1
前記『電子写真現像剤用磁性キャリア』が,本願発明では,カラー用現像剤に用いられるものであるのに対して,引用発明では,カラー用現像剤にも用いられるかどうか明らかでない点。
・相違点2
帯電量は,磁性キャリア95重量部と下記の方法により製造したトナー5重量部を十分に混合し,24℃,60%RH環境に24時間以上放置し調湿した試料を準備して,ブローオフ帯電量測定装置を用いて測定した値である。
トナーの製造例
…(以下、上記補正後のクレーム1と同じであるので省略)
(2)相違点の判断
① シリコーン樹脂などからなる表面被覆層を形成した磁性キャリアと,ポリエステル樹脂,銅フタロシアニン系着色剤,ジ-tert-ブチルサリチル酸亜鉛化合物などの材料から製造したシアントナーとからなるカラー用現像剤(本件周知技術)は,本願発明の出願前に周知である。
② ブローオフ法でブロー時間を変えて帯電量を測定すると,一般に,ブロー時間が10秒ないし20秒以下ではブロー時間が長くなるのに従って測定される帯電量は激しく上昇するが,それ以降はブロー時間が長くなっても測定される帯電量は少ししか増加しなくなり,ブロー時間が1.5分又は2分の飽和帯電時間を超えると増加量は0.33%/秒以下になり,ほとんど増加しないこと(本件周知事項)が,本願出願前に周知である。
③ 引用発明は,電子写真現像剤用磁性キャリア磁性芯材粒子の粒子表面に主にシリコーン樹脂からなる表面被覆層を形成した電子写真現像剤用磁性キャリアであるところ,上記①からみて,この磁性キャリアは,ポリエステル樹脂,銅フタロシアニン系着色剤,ジ-tert-ブチルサリチル酸亜鉛化合物などの材料から製造したシアントナーと混合してカラー用現像剤に用いることができるものである。
そうすると,引用発明の磁性キャリアを上記材料から製造したシアントナーと混合してカラー用現像剤とするとともに,引用発明の測定条件により帯電立ち上がり指数を90以上のものとなすことは,当業者が,本件周知技術に基づいて容易に想到することができた程度のことである。
④ 上記③のようにカラー用現像剤用のものとなした引用発明の磁性キャリアについて,測定条件を本願補正発明として,この磁性キャリアの帯電量を求めると,その値は,上記②の本件周知事項からみて,60%以上であるといえる。
⑤ したがって,引用発明において,相違点1及び相違点2に係る本願補正発明の構成となすことは,当業者が本件周知技術及び本件周知事項に基づいて容易になし得た程度のことである。
⑥ 本願補正発明の奏する効果は,引用発明の奏する効果,本件周知技術の奏する効果及び本件周知事項から当業者が予測することができた程度のものである。
(3)小括
…本願発明の構成要件をすべて含み,更に限定を付加したものに相当する本願補正発明が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様の理由により,当業者が引用発明,本件周知技術及び本件周知事項に基づいて容易に発明をすることができたものである。
【裁判所の判断】(下線は筆者が付した。)
1 認定事実:略
2 取消事由2-1(帯電量の認定の誤り)について
事案にかんがみ,まず,取消事由2-1について検討する。
(1) 本願補正発明の帯電量の測定について
本願補正発明の磁性キャリアの帯電量の測定に用いられるブローオフ法は,…略…を測定するものである(甲2,9)。
本願補正発明の磁性キャリアが満たすべき帯電量の測定結果は,請求項1に記載されたとおり,測定条件を次のとおりとした上で,測定10秒後の測定値の測定の120秒後の測定値に対する割合を60%以上とするものである。…略…
そして,本願明細書(甲5,8,11)の記載を参酌しても,上記帯電量の測定結果(60%以上)が,上記磁性キャリアとトナーの混合比率(95重量部:5重量部)や調湿の条件(24℃,60%RH環境に24時間以上放置)に依存しないことや,トナーとして上記負帯電性シアントナー以外のトナーを用いて測定した場合であっても達成できることの記載はなく,また,この点を裏付ける技術常識があるとも認められない。
以上からすると,本願補正発明における磁性キャリアの帯電量の測定条件は,その請求項1に記載されたとおりのものに限られると認められる(したがって,本願補正発明の磁性キャリアは,帯電量の測定用に任意のカラー用トナーを用い得るものではなく,その測定は,請求項1に特定されたトナー等の条件で行うものと解される。)。
(2) 引用発明の帯電量の測定について
…略…そうすると,引用発明では,結着樹脂中に少なくとも第1のカーボンブラックと第2のカーボンブラックが分散したトナーを用いて帯電量の測定が行われたものということができ,このようなトナーを用いることを前提に,「キャリアとトナーをトナー濃度3%で混合した現像剤サンプル100gを,100mlのポリエチレンボトルに入れ,回転数100rpmで60min間撹拌した後,現像剤サンプルを0.2g秤量し,エア圧0.2kgf/cm2でブローして測定した値である帯電量」について,「帯電量測定時のブロー時間10secの値をブロー時間90secの値で割ることにより求めた帯電立ち上がり指数が90以上である」としたものと解することができる。
そして,引用例には,上記トナー以外のトナーを用いた場合においても,上記の測定条件に基づいて算出した帯電立ち上がり指数が90以上となる旨の記載はなく,また,この点を裏付ける技術常識があるとも認められない。
(3) 帯電量の測定の対比について
審決は,引用発明に含まれる磁性キャリアと,ポリエステル樹脂,銅フタロシアニン系着色剤,ジ-tert-ブチルサリチル酸亜鉛化合物などの材料から製造したシアントナーとからなるカラー用現像剤が,本願出願前に周知であるという本件周知技術を前提にして,引用発明の磁性キャリアを上記シアントナーと混合してカラー用現像剤とするとともに,引用発明の測定条件に基づいて算出した帯電立ち上がり指数を90以上のものにすることは,当業者にとって容易に想到できるとする。
しかしながら,引用発明の磁性キャリアを上記シアントナーと混合してカラー用現像剤とすることが,本願出願前の周知技術であったとしても,上記シアントナーの確定的な成分及びその割合や製造方法などは不明なのであるから,上記(2)からすると,引用発明の磁性キャリアと上記シアントナーとを用いて,引用発明の測定条件に基づいて算出した帯電立ち上がり指数が,90以上となる合理的な根拠はないというべきである。したがって,引用発明の測定条件に基づいて算出した帯電立ち上がり指数が90以上であるか否かは,技術的に不明であり,そのようにすることが容易ともいえないのであるから,審決の上記判断③は,誤りである。
また,審決は,ブローオフ法による帯電量は,ブロー時間が長くなってもブロー時間が90秒の帯電量からほとんど増加しないという本件周知事項を前提にして,カラー用現像剤として上記シアントナーと混合された引用発明の磁性キャリアについて,測定条件を本願補正発明としてその帯電量を求めると,10秒後の測定値の120病後の測定値に対する割合が60%以上であるとする(前記第2の3(1)エ④の審決の判断)。
しかしながら,上記シアントナーは,本願補正発明の規定する方法により製造されたものか否か不明であるから,上記(1)からすると,本件周知事項の当否に関わりなく,上記の引用発明の磁性キャリアについて,本願補正発明の測定条件に基づいて帯電量を測定しても,10秒後の測定値の120秒後の測定値に対する割合が60%以上であると認定することはできない。したがって,審決の上記判断④も,誤りである。
原告の取消事由2-1に係る主張は,上記の趣旨を含むものと解されるから,その主張には理由がある。
第6 結論
以上によれば,審決の判断過程には誤りがあり,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決には取り消すべき違法がある。
【所感】
裁判所の判断は妥当であると思われる。
審査における最初の拒絶理由通知では、「(帯電量の)測定方法が特定されておらず、発明の範囲が不明確である。帯電量はトナーの組成や混合条件によって大きく変化すると推察され、実施例では特定のトナーを用いて特定の条件で混合した場合の帯電量を測定していることが記載されているが、請求項1にはそれらが何ら特定されていない。」と述べ、不明瞭である(特許法第36条第6項第2号)と認定されている。これに対して、原告は、請求項1において「(帯電量の評価)」以下の記載を追加する補正を行なっている。
確かに、本願請求項1に記載のトナーの製造例では、帯電制御剤(摩擦によって数万ボルトにまで帯電することを800~1000ボルトまで抑制するための材料)が含有されており、かかる材料の含有率が帯電量の測定に影響を及ぼすとも思われる。
上記審査経緯を見ても、トナーの組成や混合条件を問わずに周知技術のシアントナーを適用して進歩性を否定した審決における認定は、若干乱暴ではないかと感じた。