電子レンジのマイクロ波を利用し、陶磁器に熱交換の機能性を持たせ、調理、加熱、解凍を行なう技術事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.01.31
事件番号 H23(行ケ)10142
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 電子レンジのマイクロ波を利用し、陶磁器に熱交換の機能性を持たせ、調理、加熱、解凍を行なう技術
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶審決に対する審決取消請求事件であり、出願人の請求が認容された事案。
引用発明と引用刊行物2記載の技術は、解決課題及び解決手段が大きく異なると認定され、引用発明に対して引用刊行物2記載の技術事項を適用することによって本願発明に到ることが容易であるとする理由は存在しないと判断された点がポイント。

事案の内容

【審決の概要】

審決では、本願発明は、引用刊行物1記載の引用発明、引用刊行物2記載の事項等に基づいて、進歩性が否定された。

本願発明  :特願2005-71885号

引用刊行物1:特開平2-271808号公報(引用発明)

引用刊行物2:特開2004-97179号公報

 

【出訴時の請求項1】

陶磁器の容器の内部全体と,蓋の内部全体に,磁性体,磁性フェライトを粉体にし,粒子同士が結合されるよう薄膜層状に結合させ,釉薬の下に塗布し,焼結した陶磁器を電子レンジのマイクロ波によって,加熱するにあって,磁性体及び磁性フェライトにマイクロ波が吸収され電子スピンの回転運動の向きがそろい,磁化が増幅し,磁性体,磁性フェライトの薄膜層にマイクロ波の電界による電磁誘導によって自己磁場が誘導されることから,誘導加熱,渦電流損による加熱が生じ,マイクロ波の周波数と磁性体,磁性フェライトの周波数がほぼ等しく,同調することから,強磁性共鳴が生じ,熱交換の機能を付加し,発熱効率の高まる陶磁器内部にあって,調理,加熱,解凍を行う方法。

 

【審決の概要】

審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明の内容

~略~

イ 一致点

「陶磁器の容器の内部全体と,蓋の内部全体に,磁性体,磁性フェライトを粉体にして形成した,内側の層を有する,焼結した陶磁器を電子レンジのマイクロ波によって,加熱するにあって,熱交換の機能を付加し,陶磁器内部にあって,調理,加熱を行う方法。」である点。

ウ 相違点

(ア) 相違点A

陶磁器に関して,本願発明が「容器の内部全体と,蓋の内部全体に,磁性体,磁性フェライトを粉体にし,粒子同士が結合されるよう薄膜層状に結合させ,釉薬の下に塗布し,焼結した」ものであるのに対して,引用発明は「セラミック粉と結合材と混合成型し焼結した,セラミック材等にて形成されるマイクロ波を透過する非電波吸収断熱層13にて構成される外側の層とセラミック粉と,マイクロ波を吸収して発熱し赤外線を放射するフェライト粉と,このセラミック粉とフェライト粉とを結合する結合剤とを混合成形し焼結して,マイクロ波の吸収率を50%~70%とした,被調理物加熱層14にて構成され,調理容器10の内部空間を囲むよう設けられた内側の層との,内外2層に形成された,有底筒状の容器本体11とこの容器本体11の上部開口を開閉する蓋体12とから構成された」ものである点。

(イ) 相違点B

~略~

(ウ) 相違点C

~略~

 

審決は,「引用刊行物2の,マイクロ波が直接食品に照射されると癌の原因因子が生成されたり,均一な温度による解凍又は加熱が困難となることを避けるためにマイクロ波を遮断してマイクロ波が直接当たらないようにすること,及びそのときソフトフェライトシートによる加熱容器の内部や表面に付着した磁性体をマイクロ波で加熱してその輻射熱で解凍又は加熱することの示唆に基づいて,引用発明の内部加熱のための被調理物加熱層14を透過するマイクロ波の一部について,このマイクロ波が透過しないように被調理物加熱層14のセラミック材をなくし,フェライト粉によってマイクロ波を遮蔽するようなすことは当業者が格別の困難性を要することなくなし得たことである。」として,「相違点Aに係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得た」と判断した。

 

【知財高裁の判断】

(1) 取消事由2(本願発明の相違点Aに係る容易想到性判断の誤り)について

ア 認定事実

~略~

 

イ 判断

上記ア認定の事実によれば,引用発明の内容及び引用刊行物2の記載は,それぞれ,以下のとおりといえる。すなわち,

 

引用発明は,セラミック製の調理容器で調理を行うときは,芋等が内部加熱され水分が蒸発するとともに風味が著しく損なわれるという従来の問題点に鑑み,フェライト材(マイクロ波を吸収して発熱し,赤外線を放射する。)とセラミック材(マイクロ波を透過する。)とが併存するように被調理物加熱層14を構成し,フェライト材におけるマイクロ波の吸収に起因した外部加熱と,セラミック材におけるマイクロ波の透過に起因した誘電加熱とを併用するものである。

 

引用刊行物2には,調理品等の味覚が損なわない新たな解凍技術として開発された発明であること,解凍又は加熱するときにその組成の違う物資が混在しているなかでマイクロ波を直接,照射すると解凍又は加熱すべき素材は全体が均一な温度による解凍又は加熱が困難であり,解凍又は加熱後の温度むらの原因は油脂部分等にマイクロ波が集中的に吸収されるなどして,全体に均一な温度の解凍又は加熱ができないこと,そこで,磁性体シートにおけるキュリー温度相当の外部加熱のみによって素材を加熱するため,磁性体シートを透過したマイクロ波をアルミ箔等の遮断層で反射することによって,素材にマイクロ波が直接当たらないように遮断することが記載され,さらに,段落【0013】には,磁性体シートは,マイクロ波の吸収による発熱の機能を担うのであってマイクロ波の遮断までも担うものではないこと,マイクロ波の遮断機能を担うのはアルミ箔等であることが示されている。

 

以上によれば,引用発明は,調理品等の味覚が損なわれるのを防止するためフェライト材とセラミック材とが併存するように被調理物加熱層14を構成し,マイクロ波の外部加熱と赤外線の誘電加熱とを併用加熱することによって,課題を解決するものであるのに対して,引用刊行物2記載の技術は,素材に対し,均一な温度による解凍又は加熱を実現するため,マイクロ波を対象物に直接照射させないようにアルミ箔などで遮断して,外部加熱のみによって素材を加熱するものである。すなわち,引用発明は,素材を内外から加熱することに発明の特徴があるのに対して,引用刊行物2記載の技術は,マイクロ波の素材への直接照射を遮断することに発明の特徴があり,両発明は,解決課題及び解決手段において,大きく異なる。引用発明においては,外部加熱のみによって加熱を行わなければならない必然性も動機付けもないから,引用発明を出発点として,引用刊行物2記載の技術事項を適用することによって,本願発明に至ることが容易であるとする理由は存在しない。

したがって,審決が,引用刊行物2記載の示唆に基づいて,引用発明の内部加熱のための被調理物加熱層14を透過するマイクロ波の一部が透過しないように被調理物加熱層14のセラミック材をなくし,フェライト粉によってマイクロ波を遮蔽するようなすことは当業者が格別の困難性を要することなくなし得たことを前提に,本願発明の相違点Aに係る構成に至ることが容易であるとした判断は,前提を欠くものであり,誤りというべきである。

 

【所感】

本判決例では、引用発明と引用刊行物2記載の技術は、解決課題及び解決手段が大きく異なると認定され、引用発明に対して引用刊行物2記載の技術事項を適用することによって本願発明に到ることが容易であるとする理由は存在しないと判断された。実務としては、引用発明や引用刊行物記載の技術における解決手段の相違のみではなく、解決課題の相違にも着目し、両発明を組み合わせる動機付けがない旨を主張することが有効であると考える。