電動式の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.10.17
事件番号 H24(行ケ)10056
担当部 第4部
発明の名称 電動式の作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械
キーワード 補正の目的違反、主引例と副引例の入れ替え
事案の内容 拒絶査定不服審判に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された。
判決のポイントは、出願人に意見書提出の機会を与えることなく主引用例を差し替えて本願発明が容易に発明できると判断したときには、特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないとされたことである。

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経緯

平成12年2月10日、特許出願(特願2000-033453)

平成21年8月13日、拒絶理由通知

平成21年10月23日、意見書、補正書

平成22年3月25日、拒絶査定

平成22年7月16日、拒絶査定不服審判、補正書

平成23年1月31日、審尋

平成23年4月21日、回答書

平成23年11月29日、補正却下,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決

平成24年2月10日、出訴

 

争点

(1) 補正の目的要件の判断の誤り(取消事由1)

(2) 本願補正発明の容易想到性の判断に係る手続違背(取消事由2)

(3) 本願発明の容易想到性の判断に係る手続違背(取消事由3)

取消事由3が認められて、審決が取り消された。

 

補正前請求項(審判請求前)

【請求項1】電源(1)と,該電源に接続されるコンバータ(3)と,該コンバータに接続される第1のインバータ(4)と,該第1のインバータに接続される作業機用アクチュエータの駆動源である作業機用電動機(8)と,前記コンバータに接続される第2のインバータ(5)と,該第2のインバータに接続される旋回駆動装置の駆動源である旋回用電動機(10)と,前記コンバータと前記第1及び第2のインバータを制御するコントローラ(14)と,該コントローラに設定操作信号を入力する操作レバー(13)とからなり,前記コントローラが前記設定操作信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により前記コンバータと前記第1及び第2のインバータを制御することを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械。

 

補正後請求項(審判請求時補正)

【請求項1】交流電源(1)と,該交流電源に接続され,電源電圧・電流を検出する電源電圧・電流検出器(2)と,交流電源出力を直流出力へ変換するコンバータ(3)と,該コンバータに接続され,前記直流出力を交流出力へ変換する第1のインバータ(4)と,該第1のインバータの負荷側に接続され,前記第1のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第1の電圧・電流検出器(6)と,前記第1のインバータに接続される作業機用アクチュエータの駆動源である作業機用交流電動機(8)と,前記コンバータに接続され,前記直流出力を交流出力へ変換する第2のインバータ(5)と,該第2のインバータの負荷側に接続され,前記第2のインバータの交流出力電圧および出力電流を検出する第2の電圧・電流検出器(7)と,前記第2のインバータに接続される旋回駆動装置の駆動源である旋回用交流電動機(10)と,前記作業機用交流電動機および旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器(9,11)と,該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され,前記コンバータと前記第1および第2のインバータを制御するコントローラ(14)と,該コントローラに設定操作信号を入力する操作レバー(13)とからなり,前記コントローラが前記設定操作信号に基づいて所定の演算処理を行い,その演算結果により前記コンバータと前記第1および第2のインバータを制御し,前記作業機用アクチュエータの駆動と前記旋回駆動装置の駆動との複合操作を可能にすることを特徴とする作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械。

 

【裁判所の判断】

1 取消事由1(補正の目的要件の判断の誤り)について

本件補正において,《1》「電源電圧・電流検出器」,《2》「第1の電圧・電流検出器」,《3》「第2の電圧・電流検出器」,《4》「前記作業機用交流電動機および前記旋回用交流電動機の回転数を検出する検出器」及び《5》「該検出器,前記電源電圧・電流検出器および前記第1,第2の電圧・電流検出器に接続され」た「コントローラ」については,本件補正前の請求項1に記載されておらず,また,上記検出器等との関連性を示す上位概念的な記載も存在しない。

したがって,本件補正事項に係る上記《1》ないし《5》を追加することは,いわゆる外的付加に該当するというべきであり,限定的減縮を目的とするものとはいえない

また,本件補正事項は,請求項の削除,誤記の訂正あるいは明瞭でない記載の釈明を目的とするものではないことは明らかである。

そうすると,本件補正は,法17条の2第4項に規定する目的要件を満たさない

2 取消事由2(本願補正発明の容易想到性の判断に係る手続違背)について

本件補正は目的要件を満たしていないから,いわゆる独立特許要件については判断するまでもなく,法159条1項により準用される法53条1項の規定により,却下されるべきものである。

3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断に係る手続違背)について

(1) 本件出願に係る審査・審判の経緯

ア 平成21年8月13日付けの拒絶理由通知においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例として,出願当初の発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲15)。そこで,原告は,平成21年10月23日付けで意見書(甲16)を提出するとともに,同日付けの手続補正書(甲2)により明細書について補正する手続補正をした。

イ 平成22年3月25日付けの拒絶査定においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例とし,引用例1を周知の技術事項の例として,本願発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲17)。そこで,原告は,平成22年7月16日,これに対する不服の審判を請求し,同日付けで,本件補正をした(甲1)。

ウ 平成23年1月31日付けの書面による審尋においては,引用例3を主引用例引用例4及び周知例1を副引用例とし,周知例3及び2を周知の技術事項の例として,本願補正発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした(甲19)。そこで,原告は,同年4月21日付けで回答書(甲20)を提出した。

エ 本件審決は,引用例1を主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とし,周知例1ないし3を周知の技術事項の例として,本願補正発明及び本願発明のいずれについても当業者が容易に発明することができたものである旨判断した。

オ 以上のとおり,本件審決は,本願発明の容易想到性の判断において,拒絶理由通知及び拒絶査定で主引用例とされた引用例2ではなく,拒絶査定で周知の技術事項として例示された引用例1を主引用例に格上げした上で,容易に想到できると判断した。

(2) 引用例1を主引用例とした場合の対比

ア 引用例1には,以下の事項が記載されている(甲5)。 ~略~

イ 以上の記載によれば,引用例1に記載された発明は,複数の駆動モータをインバータ装置で運転制御するクレーン装置において,従来,荷物を上下動させる昇降装置,昇降装置を左右方向に移動させる横行装置及び前後方向に移動させる走行装置のそれぞれを個別に設けられた駆動モータのインバータ制御によって駆動させるものが知られていたところ,昇降装置,横行装置及び走行装置を個別に駆動するために,3組のインバータ装置が必要なので高価になるといった問題点を解決すべき課題とし,インバータ部に直流電圧を給電するコンバータ部と,インバータ部のそれぞれを制御する演算部と,回生電力を消費する回生電力消費抵抗器とを共通化することによって,上記問題点を解決したものであり,本件審決が引用発明1として認定したとおりのものである。

ウ 本願発明は,「電源」(交流電源)と「電源に接続されるコンバータ」とを発明特定事項とするのに対し,引用発明1は,交流電圧を発生する電源と,インバータに直流電圧を供給するために,電源からの交流電圧を直流電圧に変換するコンバータ部とを有する。よって,引用例1を主引用例とした場合,「電源」及び「電源に接続されるコンバータ」は,本願発明との一致点となる。

(3) 引用例2を主引用例とした場合の対比

ア 引用例2には,以下の事項が記載されている(甲6)。 ~略~

イ 以上の記載によれば,引用例2に記載された発明は,インバータ装置によって巻き上げ制御装置等の電動機を駆動する自走式のジブクレーン装置において,従来,ディーゼルエンジンにより交流発電機を駆動し,コンバータ装置で交流電源から直流電源に変換するものが知られていたところ,コンバータ装置で交流から直流へ変換する際に高調波電流が発生するといった問題点を解決すべき課題とし,交流発電機の代わりにコンバータ装置が不要な直流発電機を用い,直流発電機の直流出力をインバータ装置に直接入力することによって,上記問題点を解決するものであり,本件審決が引用発明2として認定したとおりのものである。

ウ 本願発明は,「電源」(交流電源)と「電源に接続されるコンバータ」とを発明特定事項とするのに対し,引用発明2では,直流発電機からの直流出力がインバータにそのまま供給され,コンバータは存在しない。よって,引用例2を主引用例とした場合,「電源」及び「電源に接続されるコンバータ」は,本願発明との相違点となる。

エ また,引用発明2は,交流発電機(交流電源)を用いた場合の問題点の解決を課題として発明されたものであることから,その直流発電機(直流電源)を交流発電機(交流電源)に再び戻すことには,一定の阻害要因があるものと認められる。

そうすると,引用発明2を主引用例として,引用発明2の直流発電機(直流電源)を本願発明に係る「電源」及び「電源に接続されるコンバータ」に変更することが容易想到であるか否かの判断にあたっては,引用発明2の上記解決課題が判断材料の一つとして考慮されるべきである。

(4) 主引用例の差替えについて

ア 一般に,本願発明と対比する対象である主引用例が異なれば,一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになる。したがって,拒絶査定と異なる主引用例を引用して判断しようとするときは,主引用例を変更したとしても出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り,原則として,法159条2項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものとして法50条が準用されるものと解される。

イ 前記(2)ウ,(3)ウのとおり,本件においては,引用例1又は2のいずれを主引用例とするかによって,本願発明との一致点又は相違点の認定に差異が生じる。

拒絶査定の備考には,「第1及び第2のインバータを,電源に接続されるコンバータに接続することは,周知の事項であって(必要があれば,特開平7-213094号公報を参照。)…」と記載されていることから(甲17),審判合議体も,主引用例を引用例2から引用例1に差し替えた場合に,上記認定の差異が生じることは当然認識していたはずである。

ウ そして,前記(3)エのとおり,引用発明2を主引用例とする場合には,交流発電機(交流電源)を用いた場合の問題点の解決を課題として考慮すべきであるのに対し,引用発明1を主引用例として本願発明の容易想到性を判断する場合には,引用例2のような交流/直流電源の相違が生じない以上,上記解決課題を考慮する余地はない。

そうすると,引用発明1又は2のいずれを主引用例とするかによって,引用発明2の上記解決課題を考慮する必要性が生じるか否かという点において,容易想到性の判断過程にも実質的な差異が生じることになる。

エ 本件において,新たに主引用例として用いた引用例1は,既に拒絶査定において周知技術として例示されてはいたが,原告は,いずれの機会においても引用例2との対比判断に対する意見を中心にして検討していることは明らかであり(甲1,16,20),引用例1についての意見は付随的なものにすぎないものと認められる。

そして,主引用例に記載された発明と周知技術の組合せを検討する場合に,周知例として挙げられた文献記載の発明と本願発明との相違点を検討することはあり得るものの,引用例1を主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。

また,本件において,引用例1を主引用例とすることは,審査手続において既に通知した拒絶理由の内容から容易に予測されるものとはいえない。

なお,原告にとっては,引用発明2よりも不利な引用発明1を本件審決において新たに主引用例とされたことになり,それに対する意見書提出の機会が存在しない以上,出願人の防御権が担保されているとはいい難い。

よって,拒絶査定において周知の技術事項の例示として引用例1が示されていたとしても,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるといわざるを得ず,出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情が存在するとはいえない。

オ 被告は,審判請求書において原告が引用例1を詳細に検討済みであると主張する。

しかし,一般に,引用発明と周知の事項との組合せを検討する場合,周知の事項として例示された文献の記載事項との相違点を検討することはあり得るのであり,したがって,審判請求書において,引用例1の記載事項との相違点を指摘していることをもって,これを主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。

(5) 小括

以上のとおり,本件審決が,出願人に意見書提出の機会を与えることなく主引用例を差し替えて本願発明が容易に発明できると判断したことは,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるにもかかわらず,「特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならない」とする法159条2項により準用される法50条に違反するといわざるを得ない。そして,本願発明の容易想到性の判断に係る上記手続違背は,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

よって,取消事由3は,理由がある。

 

【所感】

審決や審尋において、過去の拒絶理由通知や拒絶査定で示された副引例や周知例が主引例に入れ替わっている場合が、間々ある。そのような場合には、主引用例が変更されたとしても出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り,原則として,法159条2項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に該当するとして法50条が準用され、再度、意見書や補正書を提出する機会が与えられることが明確になった点で、本判決は意義深い。

審判手続では拒絶理由通知がない限り補正の機会がないため、審尋において、主引例が過去の拒絶理由通知や拒絶査定主引例として示されたものと異なる場合には、審尋の回答書において、この点を主張し、意見書や補正書を提出する機会を得ても良いだろう。

なお、審決において主引例が過去の拒絶理由通知や拒絶査定の主引例として示されたものと異なる場合には、審決取消訴訟を提起すれば、今回の判決ように審決は取り消されると思われる。ただし、審決における主引例が拒絶の理由として新たに通知されるだろうから、この拒絶理由に対して意見書や補正書で克服出来るかを考慮して、審決取消訴訟を提起するか否かを判断することが好ましいと思われる。