鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2018.11.28
事件番号 H30(行ケ)10030
担当部 知的財産高等裁判所第4部
発明の名称 鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法
キーワード サポート要件、進歩性
事案の内容 無効審判の請求棄却審決の取り消しを求めた訴訟であり、原告の請求が棄却された事案。
本件発明の認定および引例との一致点・相違点の認定がポイント。

事案の内容

1 手続きの経緯等
 原告は、本件特許に対して、既に1度、無効審判(無効2015-800184号事件)の請求棄却審決に対する審決取消訴訟を起こし、請求棄却判決を受けている(平成28年(行ケ)10161号)。本件は、同じ原告による2回目の無効審判(無効2017-800078号)の請求棄却審決に対する訴えである。
 
2 審決の概要
2-1.本件発明1
※以下は、審決において分説された請求項1に、本件特許明細書に基づく符号、および、本件発明のポイントとなる箇所を示す下線を追記したものである。
 
A 下方にクランプ装置(3)を配設した台座(2)と,
B 台座(2)上にスライド自在に配備されたスライドベース(4)の上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレーム(7)と,
C 該ガイドフレーム(7)に昇降自在に装着されて鋼矢板圧入引抜シリンダが取り付けられた昇降体(8)と,
D 昇降体(8)の下方に形成されたチャックフレーム(10)と,
E チャックフレーム(10)内に旋回自在に装備されるとともにU型の鋼矢板を挿通してチャック可能なチャック装置(11,12)とを具備してなる鋼矢板圧入引抜機(1)において,
F 前記クランプ装置は,台座の下面に形成した複数のクランプガイド(13a~13d)に,相互に継手を噛合させて圧入した既設のU型の鋼矢板(18;図12)の上端部に跨ってクランプする複数のクランプ部材(3a~3e)を組み替え可能に装備するとともに,
複数のクランプガイド(13a~13d)のピッチ及び複数のクランプ部材(3a~3e)の形状を異ならしめてなり,
H 前記既設のU型の鋼矢板(18;図12)の継手ピッチに応じて,クランプガイドとクランプ部材を組み替えてクランプピッチを変更することによって,前記既設のU型の鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mmのいずれであっても前記既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能としたことを特徴とする
I 鋼矢板圧入引抜機。
 
2-2.審決の要旨
①原告主張のサポート要件違反の無効理由は理由がない(特許法第36条第6項第1号)。
②原告主張の甲1※1に基づく新規性欠如の無効理由は理由がない(特許法第29条第1項第3号)。
③原告主張の甲1および周知技術に基づく進歩性欠如の無効理由は理由がない(特許法第29条第2項)。
④原告主張の公然実施発明(甲5※2)に基づく新規性欠如の無効理由は理由がない(特許法第29条第1項第3号)。
⑤原告主張の上記公然実施発明を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がない(特許法第29条第2項)。
 
※1 甲1:特開2008-267015号公報(被告の出願に係る公報)
※2 甲5:「TILT PILER WP-100」(被告製品)
 
2-3.審決で認定された甲1発明との相違点1
 継手ピッチが異なるU型の鋼矢板をクランプする構成について,
 本件発明1は,「前記既設のU型の鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mmのいずれであっても前記既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能とした」のに対し,
 甲1発明は,「前記既設のU形鋼矢板の継手ピッチが600mm,700mmのいずれであっても前記既設のU形鋼矢板をクランプ可能とし,既設のU形鋼矢板の継手ピッチが700mmにおいてはその先頭のU形鋼矢板をクランプする」点。
 
2-4.審決で認定された甲5発明との相違点A
 「既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能とした」構成について,
 本件発明1は,「継手ピッチが400mm,500mm,600mmのいずれであっても」(前記既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能)なのに対し,
 甲5発明は,「継手ピッチが500mm,600mm」であって,「継手ピッチが400mm」のものは,既設のU型の鋼矢板をクランプ可能であるが先頭の鋼矢板をクランプするものではない点
 
【裁判所の判断】
1.取消事由1(サポート要件の判断の誤り)について
・・・
(イ) 発明の目的,構成及び効果等
 「本発明」は,従来の鋼矢板圧入引抜機が有している課題を解決し,多様な継手ピッチの鋼矢板(特に継手ピッチが200mm程度以上の差異を有する鋼矢板)に対応可能な汎用性を有する鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法を提供することを目的とする(【0001】,【0028】)。
 そして,本件発明1は,従来の鋼矢板圧入引抜機が有している課題を解決するための手段として,鋼矢板圧入引抜機(構成要件AないしE,I)において,「前記クランプ装置は,・・・複数のクランプ部材を組み替え可能に装備するとともに,複数のクランプガイドのピッチ及び複数のクランプ部材の形状を異ならしめてなり,前記既設のU型の鋼矢板の継手ピッチに応じて,クランプガイドとクランプ部材を組み替えてクランプピッチを変更することによって,前記既設のU型の鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mmのいずれであっても前記既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能とした」構成(構成要件FないしH)を採用した(【0029】,【0038】~【0059】,図1,2,14,16,18)。このような構成を採用したことにより,多様な継手ピッチの鋼矢板,特には継手ピッチ400mm,500mm,600mmの鋼矢板に対応可能な汎用性を有し,従来の鋼矢板圧入引抜機では対応不可であった継手ピッチが600mmと400mmの継手ピッチにおいて200mm程度以上の寸法差を有する多様な鋼矢板を,それぞれ専用の鋼矢板圧入引抜機を使用することなく,1台の鋼矢板圧入引抜機で圧入・引抜することができるという効果を奏する(【0036】,【0066】)。
 また,正規状態での鋼矢板の圧入・引抜作業時に鋼矢板圧入引抜機の他の部材と干渉しないようにする具体的な構成としては,鋼矢板圧入引抜機の他の部材と干渉することがないようにチャックフレームを配置した構成(【0031】),チャックフレームに鋼矢板の継手ピッチに対応した複数のチャック装置を着脱自在に装着可能とした構成(【0032】,【0048】,【0050】,【0063】),チャックフレームを構成するチャック旋回モータやピニオンギアがチャック装置をチャックフレーム内で旋回させるためのチャック旋回モータとピニオンギア及びピニオンギアを収容したピニオンギアボックスを台座の上端面の位置する水平線より上方に配置した構成(【0032】,【0049】,【0050】,【0064】)がある。
ウ 前記イの認定事実によれば,本件発明1は,本件明細書の「発明の詳細な説明」に記載したものであることが認められる。
・・・
 したがって,本件発明1ないし3,8及び9は,いずれもサポート要件に適合する。
 
2 取消事由2(甲1発明を主引用例とする進歩性判断の誤り)について
(1) 甲1発明の認定について
・・・甲1には、・・・実施例として,U形鋼矢板又はZ形鋼矢板の継手ピッチが670mm,675mm及び700mmの場合,575mm及び580mmの場合のそれぞれについて,1台の鋼矢板圧入機でクランプして,圧入,引抜作業を行うことができること(【0046】,【0047】,【0050】~【0052】)の開示があることが認められる。
 そして、甲1の【0053】に「・・・現在使用されている継手ピッチが400mm,500mmのU形鋼矢板31やその他の継手ピッチのU形鋼矢板31やZ形鋼矢板41を施工することも可能である。」との記載があることからすると,甲1には,甲1記載の鋼矢板圧入引抜機は,U形鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mmの場合においても,クランプすることができることの開示があることが認められる。
 一方で,甲1の【0042】ないし【0044】及び図23には,既設の先頭のU形鋼矢板31iをクランプしてU形鋼矢板31jの圧入作業を行うことができることの記載があるが,甲1には,当該U形鋼矢板の継手ピッチのピッチサイズについての記載はない。
 そうすると,甲1記載の鋼矢板圧入引抜機は,U形鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mm,700mmのいずれであっても既設の鋼矢板をクランプすることが可能であるが,既設の鋼矢板の先頭からクランプすることが可能であることは明らかでないというべきであるから,本件審決認定の甲1発明のうち,「前記既設のU形鋼矢板の継手ピッチが600mm,700mmのいずれであっても前記既設のU形鋼矢板をクランプ可能とし,既設のU形鋼矢板の継手ピッチが700mmにおいてはその先頭のU形鋼矢板をクランプする,」との部分は,「前記既設のU形鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mm,700mmのいずれであっても前記既設のU形鋼矢板をクランプ可能とした」と認定するのが,より適切であると認められる(以下,この認定のとおり修正した甲1発明を「甲1’発明」という場合がある。)。
 したがって,本件審決における甲1発明の認定には誤りがあり,同様に,本件審決における一致点の認定及び相違点1のうち,甲1発明の認定部分(甲1発明は,「前記既設のU形鋼矢板の継手ピッチが600mm,700mmのいずれであっても前記既設のU形鋼矢板をクランプ可能とし,既
設のU形鋼矢板の継手ピッチが700mmにおいてはその先頭のU形鋼矢板をクランプする」との認定部分)にも誤りがある。
 しかしながら,・・・甲1’発明においても,相違点1に係る本件発明1の構成を備えていない点で本件発明1と相違するものと認められるから,本件審決における甲1発明の認定の誤り等は,本件審決の結論に直ちに影響を及ぼすものとはいえない。
 よって,原告の前記主張は,この点において採用することができない。
・・・
(3)相違点1の容易想到性について
・・・甲1には,当該U形鋼矢板の継手ピッチのピッチサイズについての記載はなく,また,継手ピッチが200mm程度以上の寸法差を有するU形鋼矢板について,1台の鋼矢板圧入引抜機で,既設のU型鋼矢板の先頭をクランプして圧入作業を行うことができることについての記載もない。もっとも,甲1には,実施例として,U形鋼矢板又はZ形鋼矢板の継手ピッチが670mm,675mm及び700mmの場合,575mm及び580mmの場合のそれぞれについて,1台の鋼矢板圧入機でクランプして,圧入,引抜作業を行うことができること(【0046】,【0047】,【0050】~【0052】)が記載されているが,これらの実施例において,圧入,引抜作業時に既設のU型鋼矢板の先頭をクランプしていることについての明示の記載はない。また,仮にこれらの実施例において既設のU型鋼矢板の先頭をクランプしているとしても,継手ピッチの寸法差が200mmに満たないことは明らかである。
イ 次に,甲5(「TILT PILER WP-100」の取扱説明書・平成17年10月版 31号機~)には,・・・「※WP-100はNo.1クランプを追加して購入することによって400mmの鋼矢板も施工することが出来ます。」,「圧入する矢板の手前の矢板はクランプすることが出来ません。施工時に圧入する矢板の手前の矢板が共上がり,共下がりすることがありますので,圧入する矢板の手前の矢板とクランプしている矢板を溶接止めして下さい。」(69頁,別紙3の甲5・69頁図面)との記載がある。
< span style="text-decoration: underline;">甲5の上記記載及び弁論の全趣旨によれば,本件出願前において,継手ピッチが400mmと600mmのように200mm程度以上の寸法差を有するU形鋼矢板については,1台の鋼矢板圧入引抜機で,既設のU型鋼矢板の先頭をクランプして圧入作業を行うことができないものと広く認識されていたことが認められる。
 そうすると,甲1に接した当業者は,甲1記載の鋼矢板圧入引抜機(甲1’発明)は,U型鋼矢板の継手ピッチが400mm,500mm,600mmのいずれの場合であってもU形鋼矢板をクランプすることができること,既設のU型鋼矢板の先頭をクランプすれば共下がりを防止することができること(前記(2)イの周知技術)を認識したとしても,甲1記載の鋼矢板圧入引抜機(甲1’発明)において,継手ピッチが400mm及び600mmの両方の鋼矢板について「既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能」とした構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認めることはできない。
 したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明及び前記周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
 
3 取消事由3(甲5発明を主引用例とする進歩性判断の誤り)について
・・・本件出願前において,継手ピッチが400mmと600mmのように200mm程度以上の寸法差を有するU形鋼矢板については,1台の鋼矢板圧入引抜機で,既設のU型鋼矢板の先頭をクランプして圧入作業を行うことができないものと広く認識されていたことは,前記2(3)イ認定のとおりである。
 そうすると,当業者において,既設のU型鋼矢板の先頭をクランプすれば共下がりを防止することができること(前記2(2)の周知技術)を認識したとしても,TILT PILER WP-100において,継手ピッチが400mmのU型鋼矢板について「既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能」とした構成(相違点Aに係る本件発明1の構成)とすることの動機付けがあるものと認められないから,上記構成を容易に想到することができたものと認めることはできない。
 したがって,本件発明1は,TILT PILER WP-100に係る公然実施発明(甲5発明)及び前記周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
 
【所感】
 本件の請求項1は、継手ピッチについての具体的な数値による限定があるものの、クランプガイドとクランプ部材を組み替えてクランプピッチを変更する、という作用的な規定により、ポイントとなる構成を広い概念でカバーしている。その作用的な規定の内容を考慮すると、サポート要件に対する裁判所の判断は、権利者寄りの判断がされたとの見方もできる。また、複数のクランプ部材を組み替え可能な構成が公知であることを考慮すると、「既設のU型の鋼矢板の先頭からクランプ可能」であるという作用のみを規定している特徴点のみが引例との主な相違点であり、進歩性の判断においても、権利者寄りの判断がされたとも言える。
 私見ではあるが、逆に言えば、本件のクレームは、明確な数値限定と広い概念を規定する作用的な規定とで、発明のポイントをうまくおさえた例であると言えるのではないだろうか。実際に、本件特許は、本件原告によって3回目の無効審判が請求されており(無効2015-800184)、潰しておきたい厄介な特許なのかもしれない。なお、当該3回目の無効審判についても既に請求棄却審決がなされている。