鉄骨柱の転倒防止方法、ずれ修正方法事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.12.28
事件番号 H22(ワ)43749
発明の名称 鉄骨柱の転倒防止方法、ずれ修正方法及び固定ジグ
キーワード 構成要件充足性、均等論の第5要件
事案の内容 原告が、被告による被告製品の製造・貸与等の行為は特許権を侵害するものであると主張して差止等を請求したが、いずれの請求も棄却された事案。
文言侵害が否定されると共に、均等侵害についても、第5要件を満たさないとして否定されたことがポイント。

事案の内容

 【原告の特許】

(1)特許番号:第3375886号

(2)出願日:平成10年4月17日

(3)登録日:平成14年11月29日

(4)本件特許発明1,4の分説(*各構成要素の符号および重要箇所を表す下線は担当が付加した)

 

 

<本件特許発明1(方法発明)>

A《1》複数のエレクションピース12を周方向に間隔をおいて上方の端部に有する既設の鉄骨柱10に,前記エレクションピース12に対応する複数のエレクションピース14を下方の端部に有する新設の鉄骨柱16を接合すべきとき,

A《2》前記既設の鉄骨柱10の上側に降ろした前記新設の鉄骨柱16の転倒を防止する方法であって,

B《1》前記既設の鉄骨柱10の各エレクションピース12が入る第1のスリット20と,前記新設の鉄骨柱16の各エレクションピース14が入る第2のスリット22とを有し,前記第1のスリット20の水平方向の幅が前記第2のスリット22の水平方向の幅より大きい環状の固定ジグ18であって

B《2》2本のボルト34を前記第1のスリット20の両側に該第1のスリット20に対して水平方向に進退可能に取り付け

B《3》かつ1本のボルト36を前記第1のスリット20の下側に該第1のスリット20に対して上下方向に進退可能に取り付け,

B《4》また2本のボルト38を前記第2のスリット22の片側に該第2のスリット22に対して水平方向に進退可能に取り付けた固定ジグ18を,

C《1》前記第1のスリット20に前記既設の鉄骨柱10のエレクションピース12を差し込むと共に,

C《2》前記第2のスリット22に前記新設の鉄骨柱16のエレクションピース14を差し込んで所定位置に配置すること,

D《1》その後,前記第1のスリット20に対して進退可能である前記ボルト34のねじ込みにより前記固定ジグ18と前記既設の鉄骨柱10の前記エレクションピース12とを連結すると共に,

D《2》前記第2のスリット22に対して進退可能である前記ボルト38のねじ込みにより前記固定ジグ18と前記新設の鉄骨柱16の前記エレクションピース14とを連結する

E ことを含む,鉄骨柱の転倒防止方法。

 

<本件特許発明4(装置発明)>

F 複数のエレクションピース12を周方向に間隔をおいて上方の端部に有する既設の鉄骨柱10に,前記エレクションピース12に対応する複数のエレクションピース14を下方の端部に有する新設の鉄骨柱16を接合すべきとき,前記既設の鉄骨柱10の上側に降ろした前記新設の鉄骨柱16の転倒を防止するのに使用する環状の固定ジグ18であって,

G 前記既設の鉄骨柱10の各エレクションピース12が入る第1のスリット20と,前記新設の鉄骨柱16の各エレクションピース14が入る第2のスリット22とであって前記第1のスリット20の水平方向の幅が前記第2のスリット22の水平方向の幅より大きい第1のスリット20と第2のスリット22とを有し,

H 2本のボルト34を前記第1のスリット20の両側に該第1のスリット20に対して水平方向に進退可能に取り付け

I かつ1本のボルト36を前記第1のスリット20の下側に該第1のスリット20に対して上下方向に進退可能に取り付け,

J また2本のボルト38を前記第2のスリット22の片側に該第2のスリット22に対して水平方向に進退可能に取り付けた,固定ジグ18。

 

【被告製品の構成】

判決文の別紙「被告製品構成説明書」および「被告治具を使用する鉄骨柱転倒防止方法」参照。被告は、「取扱説明書等において,被告製品1(治具)について,本件特許発明4とは逆に,幅の広いスリットには新設の鉄骨柱のエレクションピースを,幅の狭いスリットには既設の鉄骨柱のエレクションピースを嵌めるように説明している」と主張している。

 

【争点】

・争点1:被告製品1の構成要件G-J充足性

・争点2:被告製品を使用した方法の構成要件A《1》-E充足性

・争点3:被告製品を使用した方法による本件特許発明1の均等侵害の成否(主として第5要件)

・争点4:間接侵害の成否(省略)

・争点5:損害額(省略)

 

【原告の主張】

(1)争点1(装置発明の文言侵害)について

物の発明において,ある物件が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,当該物件がその構造において当該発明の構成を具備しているか否かにかかり,その用法の態様はこれを問わない。

(2)争点2(方法発明の文言侵害)について

被告製品を用いて鉄骨柱の転倒を防止する方法としては,被告製品1を取扱説明書の記載と上下を逆転させて使用する方法(上下逆転使用方法)と,被告製品1を取扱説明書の記載どおりに使用する方法(説明書記載方法)の2種類がある。被告製品1自体の構成は,本件特許発明4の固定ジグと同じであるため,・・・上下逆転使用方法を実施すれば,構成要件A《1》~Eを全て充足する。

(3)争点3(方法発明の均等侵害)について

本件特許の構成要件B《1》に係る出願当初の特許請求の範囲は,「前記既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと,前記新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットとを有する環状の固定ジグであって」であったが・・・手続補正書により,「前記既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第1のスリットと,前記新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る第2のスリットとを有し,前記第1のスリットの水平方向の幅が前記第2のスリットの水平方向の幅より大きい固定ジグであって」と補正した。・・・手続補正上の制約から出願時の明細書と図面に記載されていない事項を追加する補正は許されないため,広い方のスリットを既設鉄骨柱側,狭い方のスリットを新設鉄骨柱側としたのであって,当該補正に引用例との抵触を避ける意図はなかったものであり,説明書記載方法のような固定ジグの上下逆転使用・・・を意識的に除外したということはできない。

 

【被告の主張】

(1)争点1(装置発明の文言侵害)について

被告製品1の建設業者への貸与に当たり,被告らは,取扱いの説明において原告が主張するような使用方法については一切言及も示唆もしておらず・・・(説明書記載方法)のみを指導し,現に全ての顧客において指示に従った使用のみがなされており侵害の事実は存在しない。

(2)争点2(方法発明の文言侵害)について

・・・取扱説明書には・・・(上下逆転使用方法)については何ら記載も示唆もされておらず,被告製品の使用者は,全て同説明書の指示に従って被告製品を使用しており,上下逆転使用方法により使用する者はいない。

(3)争点3(方法発明の均等侵害)について

・・・上記補正は,拒絶理由を克服するための意識的な限定と解するべきであるから,その反面として,被告製品1のように,第2のスリットの水平方向の幅が第1のスリットの水平方向の幅より大きい場合は,特許請求の範囲から意識的に除外したか,又は外形的にそう解される行動をとったといえる特段の事情が認められるから,均等成立の要件を満たさない。

 

【裁判所の判断】

(1)争点1(装置発明の文言侵害)について

被告製品のカタログ(甲4)及び取扱説明書(甲5)によると,被告製品1は,幅の狭いスリットに既設の鉄骨柱のエレクションピースを入れ,幅の広いスリットに既設の鉄骨柱の上側に降ろした新設の鉄骨柱のエレクションピースを入れて使用されるものであることが認められ,原告が使用可能な態様であると主張する,幅の狭いスリットに新設の鉄骨柱のエレクションピースを入れ,幅の広いスリットに既設の鉄骨柱のエレクションピースを入れる態様で被告製品1が使用されることを認めるに足りる証拠はない。したがって・・・被告製品1は,構成要件Gを充足するということはできず,その余の構成要件の充足性を検討するまでもなく,本件特許発明4の技術的範囲に属しない。

原告は,本件特許発明4のような物の発明において,ある物件が特許発明の技術的範囲に属するか否かは,当該物件がその構造において当該発明の構成を具備しているか否かにかかり,その用法の態様はこれを問わないものであると・・・主張する。しかし,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項),本件特許発明4の技術的範囲は,構成要件Gに記載された・・・という記載に基づいて定めなければならない。そして・・・被告製品1においては,幅の狭いスリットが既設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る「第1スリット」であり,幅の広いスリットが新設の鉄骨柱の各エレクションピースが入る「第2のスリット」であると解するほかなく,原告の主張は失当である。

 

(2)争点2(方法発明の文言侵害)について

・・・原告主張のような態様で被告製品1が使用されることを認めるに足りる証拠はなく,原告の主張は前提において理由がない。

 

(3)争点3(方法発明の均等侵害)について

・・・上記《5》の要件(注:均等論の第5要件)については,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認し,又は外形的にそのように解されるような行動をとった場合には,特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から当該製品や方法を意識的に除外したものと解すべきである。

・・・拒絶理由通知書の備考欄には,「引用文献1には,第1及び第2のスリットを設けた鉄骨柱固定用ジグである点が記載されている。/引用文献2には,上下に並んだエレクションピースの各々について,水平方向の力を与えるためのボルトを設ける点が記載されている。/スリット幅を適宜選択することには格別の進歩性は認められない。」・・・と記載されていた。

手続補正書により・・・第1 のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きいと限定され,特許請求の範囲の減縮がされた。

また,意見書には,以下の記載がある。

「・・・第1のスリット部の幅を第2のスリット部の幅より大きいものに設定したことから・・・」

「引例1・・・に記載の・・・接続函体11にあっては・・・エレクションピース5,7をぞれぞれ差し込むための,反力プレート19で上下に仕切られた2つの空間の水平方向の間隔は同一である。」

「本願発明は・・・既設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込む第1のスリット部の水平方向の幅を,新設の鉄骨柱のエレクションピースを差し込む第2のスリット部の水平方向の幅よりも大きいものとしたことを特徴とし,水平方向に関して互いにずれた状態である両鉄骨柱のエレクションピースの両スリット部への差し込みの許容と,各スリットに対して水平方向へ進退可能であるボルトのねじ込み作業に要する労力および時間の軽減との双方の実現を可能とする。/しかるに,引例1,2および3(判決注:引用文献1~3)は,本願発明の上記構成上の特徴について開示するところがない。」

上記出願経緯からすると,出願当初の請求項1においては・・・スリットの水平方向の幅の大小について限定はしていなかったものである。また,鉄骨柱のずれ修正方法に係る出願当初の請求項4においては,「前記他方のスリットは,前記一方のスリットより水平方向の幅が大きくなるように形成された,請求項3に記載の鉄骨柱のずれ修正方法」と記載され・・・(ている)から,第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅よりも大きい固定ジグだけではなく,第2のスリットの水平方向の幅が第1のスリットの水平方向の幅よりも大きい固定ジグも含めたものとして記載していたといえる。

その後,原告は・・・「前記第1のスリット及び前記第2のスリットの一方の水平方向の幅が他方の水平方向の幅より大きい固定ジグ」などと補正することが可能であったにもかかわらず・・・「前記第1のスリットの水平方向の幅が前記第2のスリットの水平方向の幅より大きい固定ジグ」と補正したのであるから,第1のスリットと第2のスリットの水平方向の幅の大小につき,第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きいものだけに限定したものといえる。この減縮補正は,拒絶理由通知が指摘した引用文献1~3に記載された2つの空間(スリット部)は水平方向の幅が同一であり,本件特許発明の構成上の特徴を開示していないことを主張してされたものであるから,当該拒絶理由を回避するためにされた補正と認められる

・・・このような出願経緯からすると・・・第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きいものに限定されたことにより,外形的には,これとは逆の第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より小さいものを本件特許発明1に係る特許請求の範囲から意識的に除外したものと解さざるを得ない。

したがって,説明書記載方法は,均等侵害の要件のうち,少なくとも上記(2)の《5》の要件を欠くことが明らかであるから,その余の要件について検討するまでもなく,説明書記載方法が本件特許発明1の方法と均等な方法であるとする原告の主張は理由がない。

 

【所感】

文言侵害・均等侵害共に、判断は妥当であると考える。

原告が、「第1のスリット及び第2のスリットの一方の水平方向の幅が他方の水平方向の幅より大きい」と補正することが可能であったにもかかわらず「第1のスリットの水平方向の幅が第2のスリットの水平方向の幅より大きい」と補正した理由は不明である。仮に、前者の補正を採用し、かつ、2つのスリット幅が同一である引例しかなかった場合には、特許査定となった可能性が相当程度あり、また本事案の被告の実施行為は文言侵害となる可能性が高い。何が必須の構成要件かを熟慮することの重要性を再確認させられる事案である。

また、原告の主張する通り、被告製品は、そのまま本件特許発明1の方法に使用できるものであるが、仮に被告製品が本件特許発明1の方法に使用されていても、被告製品が使用されるのは第三者の立ち入りが制限される工事現場内であり、またエレクションピースは溶接後に除去されるものであることから、権利者側の立証は困難である。この点からも、治具のクレームに使用態様の限定を入れることは、可能であれば避けるべきであった。

なお、被告から被告製品の貸与を受けた第三者が(取扱説明書に反して)被告製品を特許発明の方法で使用したことを原告が立証した場合には、少なくとも方法発明の間接侵害(特許法101条5号)は認められると思われる。