遺体の処理装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2010.11.29
事件番号 H22(行ケ)10060
発明の名称 遺体の処理装置
キーワード 進歩性
事案の内容 本件は、原告が、被告の有する特許について無効審判請求をしたが、特許庁から請求不成立の審決を受けたので、その取消訴訟を提起し、審決が取り消された事案。
本件発明と引用文献との相違点に関する審決の判断に誤りがあり、本件発明は引用発明に周知技術や当業者にとっても技術常識を適用することで、容易に想到し得たと判示された点がポイント。

事案の内容

(1)本件発明の要旨
a 遺体の体内物が肛門から漏出するのを抑制する遺体の処置装置であって、
b 筒状の案内部材と、
c 上記案内部材に収容される吸水剤と、
d 上記吸水剤を上記案内部材の一端開口部から押し出す押出部材とを備え、
e 上記案内部材の一端開口部側は、肛門から直腸へ挿入されるように形成されるとともに、肛門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されていることを特徴とする遺体の処置装置。
(2)審決では、本件発明は、実用新案登録第3056825号公報(甲5)に記載された発明及び特開2001-288001号公報(甲6)、特開平10-298001号公報(甲7)、特開平7-265367号公報(甲8)等に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできないと判断された。
(3)これに対して、原告は、進歩性に関する認定・判断の誤り等があるとしてその取り消しを求めた。

 

【裁判所の判断】
1.相違点に関する判断の誤りについて
(1)原告は、相違点に関する審決の判断に誤りがある旨主張する。相違点aに係る本件発明の構成は、「案内部材の一端開口部側は、肛門から直腸へ挿入されるように形成される」構成(構成e1)と、案内部材の一端開口部側が「肛門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されている」構成(構成e2)とに分けられるので、これらを分けて検討することとする。
(2)相違点aの「案内部材の一端開口部側は、肛門から直腸へ挿入されるように形成される」構成(構成e1)について
遺体の肛門筋が弛緩することは、例えば特開2003-111830号公報(甲48)に記載されるように、当業者にとって自明の事柄又は技術常識であるといえる。そうすると、遺体の肛門内に吸液剤を挿入することで体液の漏出を防止しようとする場合、筋が弛緩する肛門部分にのみ吸液剤を挿入したのでは、吸液剤が漏出してしまうことになるから、吸液剤を肛門の奥の直腸まで挿入するようにすることは、当業者であれば容易に想到し得るものというべきである。そして、実用新案登録第3056825号公報(甲5)には、吸液剤供給管を肛門内に挿入しやすいように形成するとの記載があるから(段落【0006】)、上記の自明の事項や技術常識を勘案し、甲5発明の吸液剤収納容器の一端開口部側に当たる吸液剤供給管を「肛門から直腸に挿入されるように形成される」ようにすることは、当業者にとって適宜なし得る事項というべきである。
(3)相違点aの案内部材の一端開口部側が「肛門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されている」構成(構成e2)について
本件発明の構成e2については、上記1(2)で説示したとおり、肛門への挿入前、すなわち遺体処置装置の使用前に吸水剤が案内部材の外部に出ることが抑制されていれば、どのような形状・構造であってもよいと解され、これには別部材を用いて抑制する場合も含まれると解される。そして、吸水剤を収容する容器に漏出防止用のキャップを用いることは特開2001-288001号公報(甲6)の請求項17に記載されるように周知であるか、当業者にとって適宜なし得る事項であるといえる。また、特開2001-288001号公報(甲6)記載の体液漏出防止装置も甲5発明も、遺体の肛門等から体液が漏出するのを防止するため、肛門等から吸水剤を充填するという同一の技術分野に関するものである。したがって、甲5発明に上記の技術事項を付加して、「肛門への挿入前に吸水剤が案内部材の外部に出るのを抑制するように構成する」ことは、当業者にとって容易に想到し得るというべきである。
審決は、(無効理由5の判断部分ではあるが、)本件発明の構成e2については、別部材により吸水剤が外部に出るのを抑制する構成が含まれることを認めていながら、原告主張の文献である特開2001-288001号公報(甲6)、特開平10-298001号公報(甲7)及び特開平7-265367号公報(甲8)に関しては、別部材による抑制が容易かどうかの検討を行っておらず、誤りがある。
(4)相違点bについて
審決は、相違点bとして、吸水剤を送出する装置が、本件発明では押出部材であるのに対し、甲5発明ではエアポンプである点を挙げている。しかし、本件発明における押出部材は、「上記吸水剤を上記案内部材の一端開口部から押し出す押出部材」と特定されているだけであるから、実施例記載の押出棒の構成に限定されるものではなく、吸水剤を案内部材の一端開口部から押し出すことが可能であれば、各種の構成が含まれると解される。他方、甲5発明におけるエアポンプも、空気を介して間接的にではあるが、吸水剤を押し出す作用があるから、本件発明の押出部材と異なるとはいえない。したがって、相違点bについては、そもそも相違点であるとはいえない。
(5) 小括
以上のとおり、審決の相違点a、bに関する判断には誤りがある。そして、本件発明と甲5発明との間には審決が認定した相違点a、b以外に構成の相違があることについて、当事者(特に特許権者である被告)から特段の主張はないし、その余の構成が同一であるとした審決の認定判断が正当なことは本件発明の請求項と実用新案登録第3056825号公報(甲5)の記載から明らかであるから、本件発明は、甲5発明に周知技術や当業者にとっての技術常識を適用することで、容易に想到し得たというべきである。

 

【所感】
本件発明は、少なくとも、実用新案登録第3056825号公報(甲5)や特開2001-288001号公報(甲6)から進歩性を有していないと考えられるため、判決は妥当であると思われる。審判は、本件発明の要旨を本件出願の実施例に記載された構成のみに限定して捉えて、引用発明からの進歩性の判断をおこなったのではないかと思われる。