遠隔操縦無人ボート 損害賠償請求事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2024.10.22
事件番号 R5(ワ)70607
担当部 東京地裁第47部
発明の名称 遠隔操縦無人ボート
キーワード クレーム解釈
事案の内容 本事案は、損害賠償請求事件であり、原告の請求が棄却された。請求項中の「少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合」という文言の解釈が争われた。

事案の内容

【手続の経緯】

・平成16年 6月 4日 本願特許出願(特願2004-167637号)

・平成19年 4月 6日 設定登録

・令和 5年             本件訴訟提起

【請求項1】(筆者注記:以下の下線部は、本事案における重要部分)

A 遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、

B 人工衛星から発信されている電波を受信するGPSアンテナと、

C 前記GPSアンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、

D 初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、

E 推進動力を発生する推進動力源と、

F 進行方向を自在に変更する操舵装置と、

G 前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第1送受信アンテナと、

H 前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、

I 前記電源の残量を検出する残量検出装置と、

J 前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第1制御装置と、

K を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。

 

【裁判所の判断】

2 争点1-4(構成要件Jの充足性)について

(1)本件特許の出願経過

 証拠(甲2、乙2~4)によれば、本件特許の出願経過について、次の事実が認められる。

ア 本件特許の出願当初の特許請求の範囲請求項1の発明(以下「補正前請求項1発明」という。)は、次のとおりである。

 「推進動力を発生する推進動力源と、/進行方向を自在に変更する操舵装置と、/遠隔操縦装置から無線送信された信号を受信する第1送受信アンテナと、/前記第1送受信アンテナに受信された前記信号に基づいて、前記推進動力源および前記操舵装置を制御する第1制御装置と、/設定された初期位置を記憶する記憶装置と、/人工衛星から発信されている電波を受信するGPSアンテナと、/を有し、/前記第1制御装置は、/前記GPSアンテナにより受信された電波に基づいて、現在位置を算出し、/所定の条件が満たされると、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、該初期位置に回帰するように、前記推進動力源および前記操舵装置の自動制御を開始する遠隔操縦無人ボート。」

 これによれば、補正前請求項1発明における「第1制御装置」に関する構成は、次のとおりのものといえる。すなわち、補正前請求項1発明の遠隔操縦無人ボートの「第1制御装置」は、「前記第1送受信アンテナに受信された前記信号に基づいて、前記推進動力源および前記操舵装置を制御する」ものであり、「前記GPSアンテナにより受信された電波に基づいて、現在位置を算出し、所定の条件が満たされると、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、該初期位置に回帰するように、前記推進動力源および前記操舵装置の自動制御を開始する」ものである。

イ 本件特許の出願当初の特許請求の範囲請求項6の発明(以下「補正前請求項6発明」という。)は、次のとおりである。

「電力の供給を行う電源と、/前記電源の残量を検出する残量検出装置と、/をさらに有し、/前記第1制御装置は、前記電源の残量が所定値以下になった場合に、前記遠隔操縦装置からの信号にかかわらず、前記自動制御を開始する請求項1に記載の遠隔操縦無人ボート。」

ウ 特許庁審査官は、平成18年5月19日を起案日とする拒絶理由通知書(乙25 3)により、原告に対し、本件特許の出願に対する拒絶理由を通知した。その拒絶理由には、「請求項1に記載された『所定の条件』とは何か、明確でない。また、『所定の条件』とは、実施例に記載されたものに比べて広い概念であり、実施例によって十分支持されていない。」との理由(明確性要件違反又はサポート要件違反)及び「請求項6に記載された『所定値』とは何か、明確でない。」との理由(明確性要件違反)が含まれる。

エ これに対し、原告は、平成18年7月10日に提出した手続補正書において、初期位置への回帰の条件に関する補正前請求項1発明に係る記載を、「所定の条件」から、「前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合」に補正すると共に(以下、この補正を「本件補正」という。)、同日提出の意見書(乙4)において、本件補正により、「所定の条件」(補正前の請求項1)及び「所定値」(補正前の請求項6)については明確にした旨の意見を提出した。

オ 本件補正を受け、特許庁審査官は、平成19年3月19日、本件特許について特許査定をした。

 (中略)

(4)「第1制御装置」(構成要件J)が備えるべき構成

ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①(「前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」)、又は、同②(「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」)のうち、「少なくともいずれか一方の判断が行われた場合」に、本件発明の遠隔操縦無人ボートを、「前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」ものである(いずれも構成要件J)。

 もっとも、この記載によっても、本件発明の「第1制御装置」は、自動回帰発動条件①及び②の各場合に自動回帰のための動作制御を行い得る構成をいずれも備えたものである必要があるか、いずれか一方の構成を備えた装置であれば足りるかについては、必ずしも明らかでない。

イ そこで、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明は、「ボートが波に乗って、リモコン(遠隔操縦装置)の電波が届かないような遠くまで流されてしまった場合」、「波により船体が激しく揺れて、遠隔操縦装置からの電波を受信するアンテナが岩等に当たり破壊されてしまった場合」及び「ボートに搭載されている電源の残量が少なくなって、駆動電力が供給され難くなった場合」、すなわち、遠隔操縦装置との通信途絶(前2者)及び電源残量の不足(後者)という事態を具体例として示しつつ、そのような事態においてもなお紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを解決すべき課題とし(【0004】~【0007】)、本件発明の構成を備えることによって、「一定時間以上遠隔操縦装置地の間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合」に、「自動的にボートを初期位置に回帰させることができ」、「ボートを紛失してしまうことがない」として、この課題を解決する作用効果が得られるとするものである(【0008】、【0009】)。

 ここで、自動回帰発動条件①の場合に初期位置に自動回帰させること及び同②の場合に初期位置に自動回帰させることは、前者が遠隔操縦装置との通信途絶、後者が電源残量の不足という相互に原因の異なる危機的状況への対処を想定したものである。このため、本件発明は、その作用効果を奏するために、いずれの危機的状況にも対処できるようにすることを要するものと理解される。そうすると、本件発明における「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される本件発明の実施例としてはこのような装置のみが開示され、いずれか一方の機構のみを備えるものが本件発明の技術的範囲に含まれることの明示的な記載も示唆もない。これに加え、このように解することは、本件発明に係るボートが電源の残量を検出する残量検出装置(構成要件I)を備えることを発明特定事項としていることによっても裏付けられる。仮に、自動回帰発動条件②に係る判断を行い得る機構がなく、同①が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う機構のみを備えた装置も本件発明の技術的範囲に含まれるものと解した場合、本件発明の発明特定事項として電源の残量を検出する残量検出装置を備える構成を採用したことの技術的意義が理解し難いものとなるからである。

ウ 小括

 以上のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。これに反する原告の主張は採用できない。

(5)文言侵害の成否

ア 前記各認定事実(前記(2)、(3))によれば、被告製品は、自動航行中にプロポからの信号を受信した場合、自動航行を一旦停止して、プロポからの信号に従って挙動し、プロポから信号を受信しなくなると、自動航行を再開し、設定済みの自動航行ルート又はGBルートに復帰して航行して、最終的にはホームポジションへ移動することになる点で、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)のうち、自動回帰発動条件①に係る判断を行い得る機構を備えているとみることは可能である

 他方、被告製品においては、新品のバッテリーを搭載している状態において、自動航行中にホームポジションへの移動を開始する下限電圧として上限値49Vを設定したとしても、バッテリーの電圧が満充電圧57Vから下限電圧49Vまで低下したときの電力量の残量は、満充電時の電力量に対して20%台にまで低下していることが認められる。そうすると、被告製品は、バッテリーの電圧を監視することにより間接的に電力量の残量を監視する機能を備えるものといい得るとしても、電力量の残量が満充電時の電力量の半分以下となったことを条件としてホームポジションへの移動を開始させる機能を備えているとはいえない

 したがって、被告製品は、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件②)に、ボートを初期位置に自動回帰させるための動作制御を行うという構成を備えるものではなく、この点において、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)を充足しない

 (中略)

4 まとめ

 以上のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件Jの文言を充足せず、均等侵害が成立するとも認められないから、本件発明の技術的範囲に属さない。したがって、その余の点につき論ずるまでもなく、被告による被告製品の販売等をもって本件特許権の侵害ということはできず、原告は、被告に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しない。

 

【所感】

 「少なくともいずれか」は、選択的な構成要件を過不足なく表現する目的で比較的多用される便利な文言であるが、本事案のように、処理条件を表現する目的で使用する場合には注意が必要である。つまり、各処理条件のいずれかを判断する機能を備えれば足りるのか、あるいは、各処理条件すべてを判断する機能を備える必要があるのか、が判然としない場合がある。そのため、明細書中で、所望の全パターンが包含されるように意識的にフォローすべきと考える。

 なお、他の表現手法としては、例えば、(ア)選択的記載を避けた上位概念的な用語を使用する、(イ)処理条件を判断機能として列挙し、判断機能の少なくともいずれかを備えることを規定する、(ウ)「処理条件が条件Aと条件Bとの少なくともいずれかを含む」ことを規定する、などが考えられるが、いずれも一長一短である。

 また、無闇に課題を狭くしないことが重要であると改めて認識した。本願明細書では、課題について、ボート紛失が生じ得る2つの具体例を挙げた上で、「ボートを紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを目的とする」(段落0007)と狭く記載しており、構成要件Jが狭く解釈される要因となった。また、このように課題が狭いと、仮に、クレームが狭く解釈されなかったとしても、サポート要件違反のリスクが高まる。改善案としては、例えば、「回収できる可能性を高める」、「紛失を抑制する」などが考えられる。

 なお、本事案の後、控訴(令和6(ネ)10084)が提起されたが、令和7年6月16日に棄却された。