過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.08.08
事件番号 H24(行ケ)10358
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 過電圧保護回路を備えた制御形の整流器ブリッジ回路
キーワード 進歩性
事案の内容 拒絶査定不服審判の請求棄却審決に対する取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
「過電圧の低減」に関する本願発明の作用および引用発明の作用の、審決における解釈の誤りを認定した点がポイント。

事案の内容

【出訴時クレーム】(補正後クレーム)

[請求項1] MOS電界効果トランジスタとして構成された整流器素子を有しており,

該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリ(B)および電気的負荷へ供給される前に整流され,

前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,

前記励磁巻線に保護回路が配属されており,

該保護回路により前記電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されて前記バッテリ(B)へフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断される,

複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路において,

前記保護回路が2つの半導体スイッチ(V11,V21)を有しており,該2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリ(B)に対して並列に接続されており,

第1の半導体スイッチ(V11)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第1のダイオード(V31)が配置されており,さらに第2の半導体スイッチ(V21)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第2のダイオード(V41)が配置されている

ことを特徴とする複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路。

 

【審決の判断】

(1)本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明並びに下記イ,ウの周知例1及び2に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例:特開平9-107697号公報(甲1)

イ 周知例1:特開昭59-194697(甲3)

ウ 周知例2:特開平8-205588(甲14)

 

(2)引用発明(符号は担当が付与)

ダイオードによって構成される整流回路(12)の素子を有しており,該整流回路の素子は自動車用交流発電機の固定子巻線(9)の3相出力端子に接続されており,該整流回路の素子により前記自動車用交流発電機(20)から送出された電圧がバッテリ(16)へ供給される前に整流され,前記自動車用交流発電機の直流発電電圧が電圧調整器(13)のロジック回路を介して界磁巻線(4)に流れる界磁巻線電流を調整することにより制御され,前記界磁巻線に,H型に構成されるトランジスタを有する回路が接続されており,該トランジスタは前記界磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリに対して並列に接続されている3相の固定子巻線(9)と1つの界磁巻線(4)とを有する自動車用交流発電機の制御回路。

 

(3)一致点及び相違点

請求項1における「保護回路が2つの半導体スイッチを有しており」との構成は、「2つ以上有しており」という解釈と(解釈1)、「2つのみ有しており」という解釈(解釈2)の2通りに解釈することができる、として、それぞれの解釈をした場合の一致点及び相違点を認定した。(以下の下線部は「2つ」の解釈結果により異なる部分)

(3-1)一致点

整流器素子を有しており,該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリへ供給される前に整流され,前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,前記励磁巻線に所定の回路が配属されており, 前記所定の回路が(少なくとも)2つの半導体スイッチを有しており,該(少なくとも)2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリに対して並列に接続されている複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路。

(3-2)相違点

[相違点1]本願発明は,整流器素子が「MOS電界効果トランジスタ」により構成されるのに対し,引用発明は「ダイオード」により構成される点

[相違点2]本願発明は,発電機から送出された電圧が電気的負荷にも供給されるのに対し,引用発明は,かかる特定がなされていない点

[相違点3]本願発明は,励磁巻線に,(2つの半導体スイッチを有し,)第1の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第1のダイオードが配置され,さらに第2の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第2のダイオードが配置された保護回路が配属され,電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されてバッテリへフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断されるのに対し,引用発明は,そのような構成とされていない点

 

【取消事由】

本願発明の容易想到性に係る判断の誤り。

(原告の主な主張)

・    本願発明が,半導体スイッチが2つだけの場合を想定しているのは,請求項及び本件明細書の記載から明らかである。

・    保護思想及び作用の観点からも,半導体スイッチの数は2つ以外に考えられない。本願発明のように,残留した励磁エネルギを回路現象により消滅させる場合には増磁機能のみで足り,半導体スイッチは2つになるからである。被告は,本願発明と引用発明とを一致させたいために無理にこのような解釈を行ったものと考えられる。

・    被告が,…,本願発明の真の作用である,発電機の励磁回路にフィードバック回路を設置することにより励磁巻線に蓄積されたエネルギを早急に消滅させて,フィードバック回路を設置した励磁回路とは別回路である発電機出力の過電圧を抑制するという機能を理解していなかったことは明らかである。

・    被告は,本願発明のフィードバック回路は,当該回路が設置された励磁回路の過電圧を防止するためのものであると理解しているようである。しかし,本願発明のフィードバック回路は,発電機出力の過電圧を防止するためのものであり,このような本件審決の理解は誤りである。

 

【被告の主な主張】

・請求項1には,「2つのみ」と記載されているわけではないから,保護回路内に半導体スイッチが2つ以上あればよく,したがって,半導体スイッチが4つのものも含まれる。また,本件明細書の記載はあくまで一実施例であるから,解釈1に基づいて相違点3を判断した本件審決に誤りはない。

・コイル等のインダクタンス分は,電源の供給が停止しても,インダクタンスに蓄積されたエネルギは電源停止と同時に零にはならず,当該エネルギを蓄積し続ける。そのため,当該エネルギーを何らかの手段で解放しなければスイッチング素子の損傷等に至るから,電動機・発電機のコイルには,通常記載はなくても並列にダイオードが接続され,このように蓄積エネルギを解放することは技術常識である。

 

【裁判所の判断】(下線は担当が付与)

(1)解釈1(2つ以上有する)に基づく判断について

…そもそも,特許請求の範囲には,「2つの半導体スイッチ」と記載され,本願明細書の発明の詳細な説明にも,2つの半導体スイッチ(トランジスタ)がある場合の実施例が記載されており,それを超える数の半導体スイッチがある場合についての記載はない。したがって,本願発明は,保護回路が2つの半導体スイッチを有しているのであって,保護回路が2つ以上の半導体スイッチを有していることを前提とする解釈1は,保護回路が2つのみの半導体スイッチを有していることを前提とする解釈2と別個に判断する必要がなく,あえて解釈1に基づく判断をした本件審決の認定判断は,その点において,誤りである。

仮に,本願発明について,保護回路が半導体スイッチを2つ以上有していると解釈したとしても,その場合の相違点3の判断については,以下のとおり,誤りがある。

本願発明は,前記1のとおり,励磁電流の遮断によって生じる励磁巻線に誘導される逆電圧を「過電圧」として保護しようとするものではなく,発電機の負荷が極めて迅速に低減される動作状態において,発電機の出力電圧に発生するロード・ダンプ電圧を「過電圧」として迅速に低下(保護)させるものである。すなわち,本願発明の「過電圧保護」は,発電機として動作するのに必要な励磁回路の電流を遮断することによって,発電機の出力電圧を下げる作用を奏するものと解すべきである。これに対し,引用発明は,前記2のとおり,高速回転時や低負荷時にもバッテリの充電電圧以上に直流発電電圧がならないように逆方向に界磁巻線電流を流すように制御し保護するものである。

そして,被告は,引用発明は,通常動作時の発電機の界磁側の磁場の制御が目的であって,発電機の負荷開放時における発電機出力の過電圧に対処することを目的としておらず,過電圧保護は,コイルに並列にダイオードを接続することで対処することが技術常識であると主張する。しかしながら,引用発明のように永久磁石を配置すると,界磁巻線電流を零にしても発電電圧が発生するため,一方向にのみ電流を流す構成では高速回転時や低負荷時に発電電圧が上昇する危険がある。そこで,高速回転時や低負荷時にもバッテリの充電電圧以上に直流発電電圧がならないように逆方向に界磁巻線電流を流すように制御し保護するものであるから,被告の上記主張は理由がない。…仮に引用発明に被告のいう技術常識を適用し,界磁巻線(又は半導体スイッチ)に並列にダイオードを接続して,界磁巻線に発生する過電圧を急速に低減させて,界磁巻線に流れる電流を遮断するように構成しても,永久磁石によって生じる磁界により発電機出力が発生するから,発電機の出力電圧の過電圧を低減させることはできず,本願発明にいう「過電圧保護」にはならない。よって,解釈1に基づく本件審決の判断は,誤りである。

 

(2)解釈2(2つのみ有する)に基づく判断について

…被告は,引用発明においても,過電圧保護はコイルにダイオードを接続することで対処する技術常識の下,解釈2に基づいてスイッチング素子の個数を2個として周知技術(乙1~3)のように第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路とすることは当業者が容易に考えられたことである旨主張する。

しかしながら,引用発明の「4つの半導体スイッチを有するH型ブリッジ回路」を「2つの半導体スイッチを有する回路」に変更すると,増磁電流と減磁電流を流すために用いられるH型ブリッジ回路とした引用発明の基本構成が変更され,減磁電流を流すことができなくなり,引用発明の課題を解決することができなくなるから,仮に被告主張の周知技術があったとしても,このような変更には阻害要因がある。

そして,4つのスイッチング素子を用いる引用発明に対して,スイッチング素子の数を変更することなく周知例2に記載された周知技術を適用すると,4つのスイッチング素子に4つのダイオードが逆方向に並列接続される構成になり,解釈2に係る本願発明(保護回路が半導体スイッチを2つのみ有しているもの)の構成とならないことは明らかである。よって,解釈2に基づく本件審決の判断は,誤りである。

 

なお,被告は,本訴において,乙1ないし3を周知技術として提出した。本件審決は,界磁回路が4つの半導体スイッチング素子を有するH型ブリッジ回路に接続された引用発明に周知例1及び2に記載された技術を適用して本願発明を容易に想到することができたとするものであり,乙1ないし3は,本件審決において引用されず,これらに基づく容易想到性は判断されなかったものである。そこで,再度の審判手続においては,乙1ないし3を引用した上,原告に意見を述べる機会を与えるべきである。

 

(3)小括

以上のとおり,本願発明は,本件審決が引用した引用例に基づいてはこれを容易に想到することができたということはできず,原告の主張する取消事由には理由があり,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

 

結論:以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。

 

【所感】

引用文献には、励磁電流を遮断して過電圧を低減するという技術的思想が無い点、励磁巻線及び半導体スイッチに並列にダイオードを接続する構成について、審判において文献等を挙げて周知技術である旨を主張しなかった点を鑑みると、判決は妥当であると感じた。

しかしながら、「仮に界磁巻線(又は半導体スイッチ)に並列にダイオードを接続しても、引用文献1では、永久磁石によって生じる磁界により発電機電力が発生するから、発電機の出力電圧の過電圧を低減させることはできない」旨の裁判所の判断については疑問が残る。即ち、少なくとも低速領域においては、励磁電流を遮断すれば、励磁巻線による発電は停止するので、永久磁石による発電は継続したとしても発電電圧は低減されると思われる。