逆流防止装置事件

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  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2017.04.12
事件番号 H27(行ケ)第10256
担当部 知的財産高等裁判所第1部
発明の名称 逆流防止装置
キーワード 進歩性
事案の内容 特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、審決における相違点の認定に誤りがあるとしつつも、審決が維持され、原告の請求が棄却された事案。
進歩性判断において、形式的に構成要素が充足されるとの判断に陥ることなく、構成要素の技術的意義を参酌した判断がされている点がポイント。

事案の内容

【本件訂正発明】
[請求項1]※ クレーム中の符号は本レジュメにおいて理解のために付したものである。
 給湯管(6)から浴槽(11)への配管の途中に設けられて前記浴槽から上水道への汚水の逆流を防止する逆流防止装置であって,
 前記給湯管から前記浴槽へ向かう水の流れを開放または遮断する電磁弁(8)と,
 開弁方向に付勢するためのスプリング(125)を有し,前記上水道の圧力低下に応動して前記電磁弁より前記浴槽の側の前記配管内の水を大気に放出するよう開閉動作する一方,前記上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つ大気開放弁(12)と,
 を備えた逆流防止装置において,
 前記大気開放弁から前記浴槽へ向かう前記配管内に一つのみ配置されて前記浴槽から前記大気開放弁の方向への流れを阻止する第1の逆止弁(10)と,
 前記電磁弁と前記大気開放弁との間に一つのみ配置され,前記大気開放弁が前記上水道の圧力低下に応動して大気開放したときに,前記大気開放弁を介して大気に放出される水および吸い込まれた大気が前記上水道の圧力低下によって前記電磁弁の方向に流れてしまうのを阻止する第2の逆止弁(9)と,
 を備えていることを特徴とする逆流防止装置。
 
【審決の理由の要点】
(1)原告が主張した無効理由
無効理由1:甲1発明※1または甲2発明※2に基づく新規性欠如
無効理由2:甲1発明または甲2発明に基づく進歩性欠如
 
※1 甲1発明:甲1文献(特開2000-304144号公報)に記載された発明
※2 甲2発明:甲2文献(実開昭61-112166号公報)に記載された発明
 
(2)審決の判断
(2.1)甲1発明に基づく新規性又は進歩性の欠如について
(2.1.1)甲1発明との相違点1
 本件訂正発明では,大気開放弁から浴槽へ向かう配管内に一つのみ配置されて前記浴槽から前記大気開放弁の方向への流れを阻止する第1の逆止弁と,電磁弁と前記大気開放弁との間に一つのみ配置され,前記大気開放弁が上水道の圧力低下に応動して大気開放したときに,前記大気開放弁を介して大気に放出される水および吸い込まれた大気が前記上水道の圧力低下によって前記電磁弁の方向に流れてしまうのを阻止する第2の逆止弁とを備えているのに対し,
 甲1発明では,給湯部21側からふろへのお湯はり経路において,電磁弁22後に縁切り装置23を取り付けその後に2個の逆止弁24が取り付けたものであるが,縁切り装置23は逆止弁の後でも良いとされている点。
 
(2.1.2)新規性について
 甲1発明において,「縁切り装置23」を「2個の逆止弁24」の間に配置したものは,相違点1に係る本件訂正発明の構成に相当する。しかし,甲1発明において,「縁切り装置23は逆止弁の後でも良い」とされているものの,上記のような特定はなく,また,甲1文献には,上記のように特定し得る記載又は示唆はない。そして,本件訂正発明は,相違点1に係る本件訂正発明の構成を備えることにより,本件訂正明細書に記載の効果を奏することから,相違点1は,単なる設計事項ともいえない。
 
(2.1.3)進歩性について
 ・・・「縁切り装置23は逆止弁の後でも良い」との事項からは,「縁切り装置23」の配置は,「2個の逆止弁24」の後と理解するのが普通である。また,甲1文献は,縁切り装置自体の構造に係るものであって,・・・甲1文献に接した当業者が「縁切り装置23」の配置を工夫しようとする動機付けはない。さらに,甲2発明において,甲1発明の「縁切り装置23」に相当する「遮断装置(16)」における「弁(23)」は,下流側の「弁(15)」と上流側の「弁(20)」との間に配置されているが,「弁(20)」は「遮断装置(16)」内に装着,すなわち,「遮断装置(16)」と一体をなすものであり,また,甲1発明と甲2発明とは弁の作動において違いがあるものと認められることから,甲2発明の弁の配置のみを甲1発明に適用する動機付けはない。
 
(2.2)甲2発明に基づく新規性又は進歩性の欠如について
(2.2.1)甲2発明との相違点2
 本件訂正発明では,大気開放弁は,上水道の圧力低下に応動して電磁弁より浴槽の側の前記配管内の水を大気に放出するよう開閉動作する一方,前記上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保ち,前記大気開放弁が前記上水道の圧力低下に応動して大気開放したときに,前記大気開放弁を介して大気に放出される水および吸い込まれた大気が前記上水道の圧力低下によって前記電磁弁の方向に流れてしまうのを阻止するとされているのに対し,
 甲2発明では,遮断装置(16)は,正常な運転状態では,湯の上流側圧力がパイロット室(26)に導かれ,ダイヤフラム(21)はばね(22)の力に抗して押込められ,これにより弁(23)が閉じられ,ドレン路(18)は水路(5)(下流側水路(5b))から遮断され,例えば運転時(水電磁弁(7)が開いている時)において給水源(4)としての上水道が断水する場合,給水源(4)の水圧が低下することにより,パイロット室(26)に導かれている圧力も低下し,これによりダイヤフラム(21)はばね(22)の力により押出され,弁(23)が開かれ,この結果ドレン路(18)は水路(5)(下流側水路(5b))に接続され,従って逆止弁(15)が故障した場合等において,該逆止弁(15)を通過してしまう逆流はドレン路(18)に排出されて上流側水路(5a)に到ることはないとされている点。
 
(2.2.2)新規性について
 ・・・本件訂正発明において,大気開放弁は,「上水道の圧力低下」,すなわち,上水道の元圧の低下がない状態においては閉じた状態を保つものである。これに対し,甲2発明においては,・・・「弁(23)」は「水電磁弁(7)」の下流側の圧力により開閉動作がなされるものといえ,本件訂正発明のように上水道の元圧により開閉動作するものではない。
 そして,本件訂正発明の大気開放弁と甲2発明の遮断装置(16)とは,電磁弁の開閉による影響の有無により,弁の作動においても違いが生じるものと認められることから,相違点2は,単なる設計変更ともいえない。
 
(2.2.3)進歩性について
 甲2発明において,遮断装置(16)は,パイロット室(26)への流路を含めて一体の装置として形成されているものであり,これをあえて配管等を別途設けて,給水源(4)の元圧により作動されるように変更する動機付けはない。また,甲1発明のように給水源の水圧により弁を作動させるものが公知であるとしても,本件訂正発明と同様に甲2発明とは弁の作動において違いがあると認められることから,パイロット室(26)への流路の構成のみを甲2発明に適用する動機付けはない。
 
【取消事由】
(1)取消事由1:相違点1に関する新規性判断の誤り
(2)取消事由2:相違点2の認定の誤り
(3)取消事由3:相違点2に関する新規性の判断の誤り
(4)取消事由4:相違点1に関する容易想到性の判断の誤り
(5)取消事由5:相違点2に関する容易想到性の判断の誤り
 
【裁判所の判断】
(以下は、判決文における「第5 当裁判所の判断」からの抜粋であるが、便宜上、相違点1に関する取消事由1,4、相違点2に関する取消事由2,3,5の順で配列しなおしてある。)
 
2 取消事由1(相違点1に関する新規性判断の誤り)について
(3) 相違点1について
・・・原告は,甲1発明において縁切り装置23を2個の逆止弁24の間に配置すると,本件訂正発明の構成になると主張するので,・・・甲1文献に,縁切り装置23を2個の逆止弁24の間に配置するとの構成が記載されているといえるか否かを検討する。
・・・甲1文献には,縁切り装置23の後(縁切り装置23とふろとの間)に2個の逆止弁を連続して配置したものが記載されており,図14で「逆止弁24」として示されているものは,縁切り装置23の後(縁切り装置23とふろとの間)に連続して配置された2個の逆止弁の全体であると認められる(2個の逆止弁に対して1つの符号「24」が付されていることも上記の認定を示唆するものと解される。)。
 次に,甲1文献には,「尚,縁切り装置23は逆止弁の後でも良い。」(【0033】)との記載がある。・・・「逆止弁24」は,前記のとおり,縁切り装置23の後に連続して配置された2個の逆止弁の全体を指すと認められるから,「逆止弁の後でも良い。」との示唆に従うと,縁切り装置23の前(縁切り装置23と電磁弁22との間)に2個の逆止弁の全体が配置されることになる。甲1文献には,段落【0033】及び図14の他に「逆止弁24」に関する記載はなく,「逆止弁の後でも良い。」との示唆に従ったとしても,縁切り装置23の前後に逆止弁を1個ずつ配置する構成とはならない。
 以上によれば,・・・当業者が,甲1文献の上記記載から,縁切り装置23の前後に逆止弁を1個ずつ配置するとの構成を読み取ることはできないから,縁切り装置の前後に逆止弁を1個ずつ配置したものが甲1文献の記載から自明であって記載されているに等しいということはできない。
 
 ・・・原告は,・・・甲1発明において縁切り装置23を2個の逆止弁24の間に配置したものは,「縁切り装置23は逆止弁の後でも良い。」との記載から本件特許の出願時における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項である旨主張する。
 しかしながら,多くの公知文献に記載された逆流防止装置において,本件訂正発明の「第1の逆止弁」及び「第2の逆止弁」に相当する位置に逆止弁が配置されているとしても(2個の逆止弁の間に大気開放口を有する構成),各配置位置に関する技術的意義はそれぞれに異なるものというべきであるから,これらを捨象して形式的に同配置位置のみを技術上の共通点として抽出することは相当ではない。また,仮に,このような形式的配置位置のみを抽出して甲1発明に適用したとしても,本件訂正発明のように,上水道の圧力低下に応動して大気開放弁を大気開放した場合に,放出される水の一部及び吸い込まれた大気が逆流する事態が生じるという課題があることが知られていない以上,直ちに,この課題が解決されることを認識することができるわけではなく,したがって,これらの水及び大気の逆流を阻止する(第2の)逆止弁の構成を具備しているものと認定することはできない。
 よって,原告の上記主張は,採用することができない。
 
5 取消事由4(相違点1に関する容易想到性の判断の誤り)について
・・・甲1文献の「縁切り装置23は逆止弁の後でも良い」との記載(【0033】)は,甲1発明において,縁切り装置23を「逆止弁24」の後に配置することを示唆するものであると認められる。しかしながら,甲1文献の上記記載は,縁切り装置23の前(縁切り装置23と電磁弁22との間)に2個の逆止弁を連続して配置することを示唆するにとどまるものであって,縁切り装置23の前後に逆止弁を1個ずつ配置すること(本件訂正発明の「第1の逆止弁」及び「第2の逆止弁」に相当する位置に逆止弁を配置すること)までを示唆するものということはできない。
 また,・・・本件訂正発明は,電磁弁と大気開放弁との間に第2の逆止弁を設け,同逆止弁が,通常の逆止弁の機能に加え,水密不良の状態にあるときも,オリフィスとしての機能により,オーバーフロー口から吸い込まれる大気の流量を減少させることによって,上水道の圧力低下に応動して大気開放弁を大気開放した場合に,放出される水の一部及び吸い込まれた大気が逆流する事態が生じるという本件特許の出願前に当業者に知られていなかった・・・課題を解決するものであるところ,甲1文献において,第2の逆止弁の構成を想到する動機付けとなる記載や示唆があるとは認められない。
 そして,甲1発明に係る逆流防止装置の「給水源の水圧と縁切りしたい水である逆流水の水圧との圧力バランスにより前記逆流水を排水し縁切りする縁切り装置」の前後に逆止弁を1個ずつ配置することが周知技術又は技術常識であると認めることはできないから,甲1発明において,相違点1に係る本件訂正発明の構成を備えるようにすることが,周知技術の単なる適用であるなどということはできない。
 そうすると,相違点1に係る本件訂正発明の構成は,甲1発明に基づいて容易に想到し得るものであるということはできない。
 さらに,甲1発明に係る逆流防止装置は,「給水源の水圧と縁切りしたい水である逆流水の水圧との圧力バランスにより前記逆流水を排水し縁切りする縁切り装置」を用いるものであるから,給水源の水圧が低下すると縁切りが行われることが認められる。これに対し,甲2発明に係る逆流防止装置は,水電磁弁(7)を閉じるたびに弁(23)が開き,水電磁弁(7)を開くたびに弁(23)が閉じるものであるから,上水道の圧力低下がない状態においても縁切りが行われるものであり,甲2発明の遮断装置(16)はパイロット室への流路を含めて一体の装置として形成されていることが認められる。このように,甲1発明と甲2発明とは縁切り動作等の仕組の異なるものであるから,甲2発明の構成の一部である逆止弁の配置のみを甲1発明に適用する動機付けがあるということはできない。
 
3 取消事由2(相違点2の認定の誤り)について
・・・審決が認定した相違点2は,前記第2の3(2)ウ(ア)bのとおりであり,本件訂正発明において「前記上水道の圧力低下に応動して前記電磁弁より前記浴槽の側の前記配管内の水を大気に放出するよう開閉動作する一方,前記上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つ」ものは,「大気開放弁」であることが認定されているものの,「前記大気開放弁が前記上水道の圧力低下に応動して大気開放したときに,前記大気開放弁を介して大気に放出される水および吸い込まれた大気が前記上水道の圧力低下によって前記電磁弁の方向に流れてしまうのを阻止する」ものは,何であるかは認定されていない。
・・・審決には,相違点2の認定に際し,「前記大気開放弁が・・・阻止する」ものが「第2の逆止弁」であることを認定しなかった誤りがあるといわざるを得ない。
・・・相違点2の認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすかどうかについては,さらに,取消事由4及び5(相違点2に関する判断の誤り)において検討を要することとなる。
 
4 取消事由3(相違点2に関する新規性判断の誤り)について
・・・甲2発明の「弁(23)」は,上水道の圧力低下がない状態においても,「水電磁弁(7)」を閉じるたびに開き,「水電磁弁(7)」を開くたびに閉じるものであることは前記(1)の認定のとおりであるから,本件訂正発明のように「前記上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つ大気開放弁」であるとはいえない。
 したがって,本件訂正発明と甲2発明は,少なくとも,本件訂正発明の「大気開放弁」が「前記上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つ」ものであるのに対し,甲2発明の「弁(23)」は,上水道の圧力低下がない状態においても,「水電磁弁(7)」を閉じるたびに開き,「水電磁弁(7)」を開くたびに閉じるものである点で相違するから,本件訂正発明は,甲2発明であるということはできない。
 
6 取消事由5(相違点2に関する容易想到性の判断の誤り)について
・・・甲2発明のパイロット室(26)を上流側水路(5a)に連通させる代わりに給水源に接続すると,甲2発明の弁(23)は,上水道の圧力低下がない状態においても水電磁弁(7)を閉じるたびに開き,水電磁弁(7)を開くたびに閉じていたものが,上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つものに変更されることとなる。
 しかしながら,甲2発明に係る逆流防止装置において,パイロット室(26)を上流側水路(5a)に連通させる代わりに給水源に接続することが周知技術であることを認めるに足りる証拠はない。
 また,甲2発明は,水電磁弁(7)を閉じているときに弁(23)を開いて縁切りし,さらに断水時において弁(23)を開き逆流をドレン路に排出することにより逆流防止を確実なものとすることを目的としたものであり,甲2発明の遮断装置(16)は,パイロット室への流路を含めて一体の装置として形成されているものであると認められるから,甲2発明を上水道の圧力が低下したときだけ弁(23)が開閉動作し縁切りが行われるものに変更することは,上水道の圧力低下の有無にかかわらず縁切りが行われるものであるという甲2発明の主要な部分に反するものといえる。甲2発明において,弁(23)が上水道の圧力低下がない状態においても水電磁弁(7)を閉じるたびに開き,水電磁弁(7)を開くたびに閉じるものであることについて,当業者において,何らかの不都合(解決すべき課題)があると認識されていたと認めるに足りる証拠もないから,当業者にとって,甲2発明の弁(23)を,上水道の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つものに変更する動機付けは認め難い。
 したがって,相違点2に係る本件訂正発明の構成は,甲2発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
また,甲1発明と甲2発明とは縁切り動作等の仕組が異なるものであることは前記認定のとおりであり,甲2発明の構成の一部を,甲1発明の構成の一部と置き換えることについての動機付けは乏しい。
 したがって,相違点2に係る本件訂正発明の構成は,甲2発明及び甲1発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。
 
【所感】
 判決では、相違点2における審決の認定の誤りが指摘されたものの、結局のところ、その誤りによって進歩性の判断に大きな影響が出ることはなかった。
 判決では、甲1発明および甲2発明のそれぞれに対して、構成要素の作用機序に踏み込んだ妥当な判断が示されていると考える。
相違点1の判断において、公知技術に開示されている構成であっても、その技術的意義を無視して、その構成のみを抜き出すことはできない、と判示されている点や、相違点2の判断において、甲2発明の技術的意義を損なうような改変が行えないことを説示している点などは、進歩性判断を学ぶ上で参考になると思う。