送受信線切替器事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.10.27
事件番号 H22(ワ)3846
担当部 大阪地裁第26民事部
発明の名称 送受信線切替器
キーワード 構成要件充足性、均等論
事案の内容 特許権の侵害に基づく不当利得返還請求事件において、原告の請求が棄却された事案。
均等論において、本質的部分に当たるかどうかを判断するに当たっては,特許発明を特許出願時における先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で,対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか,それともこれとは異なる原理に属するものかという点から判断すべきものであると判断された点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第2530771号

(2)出願日:平成3年7月 8日

(3)登録日:平成8年6月14日

(4)特許請求の範囲(本件発明1)(請求項1の分説)

A IEEE802.3 規格の10BASE-T に準拠するツイストペア線を使用したネットワークにおいて,MAU 又はDTE に接続される送受信線を切り替えるための切替器であって,

B《1》 信号線の接続を検査するために送信器から受信器に伝送されるリンクテストパルスを検出する

《2》 リンクテストパルス検出手段と,

C《1》 リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して

 《2》 信号線を切り替える

 《3》 信号線切替制御部とを備えることを特徴とする

D 送受信線切替器。

(注:下線部が争点)

 

【被告製品の構成】

標準規格である自動MDI/MDI-X 構成に準拠した構成。

 自動MDI/MDI-X 構成(Automatic MDI/MDI-X configuration)

 IEEE802.3 規格により定められた標準規格で,同じような装置間でクロスケーブルを必要としないようにすることを目的とするものである。

 具体的には,Automatic MDI/MDI-X state machine を用い,ストレート結線であるMDI モードとクロス結線であるMDI-X モードとの間をランダムな時間間隔で繰り返し遷移させ,その時間内にツイストペア線の他端からリンクテストパルス又はPH dependent data を検出すると当該結線の状態を維持し,検出しなければ別の結線状態に変更する(遷移を続ける)というものである。

 

【争点】

 被告製品は構成要件C《1》ないし《3》を充足するか。

 被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか。

 

【東京地裁の判断】

1 争点1-1(被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)について

(1) 本件明細書には,以下の記載がある。

 ~略~

(2) 以上を踏まえて,本件特許発明の技術的範囲について検討すると,以下の理由から,被告製品は本件特許発明の構成要件C《1》ないし《3》を文言上充足しないというべきである。

ア 本件特許発明の構成要件A,C《1》ないし《3》の解釈

(ア) 信号線,送受信線の意義

 本件特許発明の構成要件Aの文言は,「IEEE802.3 規格の10BASE-Tに準拠するツイストペア線を使用したネットワークにおいて,MAU 又はDTE に接続される送受信線を切り替えるための切替器であって」というものである。このうち送受信線が何を指すかについて検討すると,文言自体からすれば,ツイストペア線を構成する信号線を指すものと解される。

 また,前記(1)アのとおり,本件明細書では,従来の技術として,ツイストペア線が送受信線として用いられていること,その接続方法にはストレート接続とクロス接続の2種類があることが記載されており,この記載も上記解釈を裏付けるものである。

 他にこれと異なる解釈をとるべき根拠となる記載は,本件明細書に見当たらない。

 したがって,送受信線とは,ツイストペア線の8本の信号線,すなわち物理的な配線を指していると解される。

 また,構成要件C《1》ないし《3》における信号線の意義について,構成要件Aにおける送受信線と区別する理由はなく,前記(1)の本件明細書の記載においても,区別されてはいないから,同義のものであると認めることができる。

(イ) 送信線か受信線かの判断

 次に,本件特許発明の構成要件C《1》の文言は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して」というものである。この文言からすると,被告製品に接続されている信号線のいずれが送信線で,いずれが受信線かを判断するものであると解するほかない。

 また,前記(1)エのとおり,本件明細書には,「リンクテストパルスは,信号線の接続を検査するために送信器から受信器に伝送されるものであるから,リンクテストパルスが検出されれば,そのツイストペア線の先には送信器が接続されているということであり,反対に,リンクテストパルスが検出されなければ,そのツイストペア線の先には受信器が接続されているということである。このことから,信号線切替制御部3では,ツイストペア線が送信線であるか受信線であるかを判断」すると記載されている。

 この記載からすると,本件特許発明の構成要件C《3》の信号線切替制御部は,リンクテストパルスが検出されたツイストペア線を送信線であると判断し,検出されないツイストペア線を受信線と判断することが明らかである。

(ウ) 送受信線の判断と切替えの関係

 さらに,本件特許発明の構成要件C《1》ないし《3》は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して信号線を切り替える信号線切替制御部とを備えることを特徴とする」というものである。

 この文言からすると,信号線切替制御部は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断」した後に,「信号線を切り替える」ものと解するのが自然である。

 前記(1)エ及びオの記載からしても,本件特許発明の構成要件C《1》は,C《2》よりも時間的に先行すると解するほかない。また,前記(1)カの実施例においてツイストペア線と信号線切替制御部との間にリンクテストパルス検出手段が設けられていることからしても,やはり上記先後関係を前提としているものとしか解釈できない。

(エ) 信号線の切替えの意義

 原告は,「信号線を切り替える」の意義について,信号線の接続が未確立の状態から接続が確立した状態に移行させることをいい,上記図2は,被告製品の構成を開示したものであるとも主張する。

 しかしながら,前記(1)イないしオのとおり,本件明細書の記載によれば,本件特許発明はツイストペア線を用いることを前提としていること,リンクテストパルスの検出結果に基づいて信号線を切り替えるものであることが認められるのであり,上記()で検討したところからしても,物理的な配線を切り替えるものと解するほかなく,信号線が上記の物理的な配線以外のものを指していると解すべき記載は,本件明細書の中には見当たらない。上記図2からMDI モードとMDI-X モードとをランダムな時間間隔で繰り返し遷移させるという被告製品の構成を読み取ることができないことも明らかである。

 この点に関する原告の主張は,本件特許発明が解決しようとする課題及び作用効果のみから解釈を重ねたものであり,本件特許発明の請求項の文言及び本件明細書の記載のいずれとも整合しないものであって,採用することはできない。

イ 被告製品の構成

 被告製品が,標準規格である自動MDI/MDI-X 構成に準拠した構成であることについては,当事者間に争いがない。

ウ 被告製品の構成要件C《1》ないし《3》の充足性

(ア) 被告製品の備えている自動MDI/MDI-X 構成が,MDI モードとMDI-Xモードとをランダムな時間間隔で繰り返し遷移させた上,リンクテストパルスが検出された時点で,この遷移を停止させる構成のものであることも当事者間で争いがない。

 本件特許出願当時の技術常識からすると,リンクテストパルスは,送信線がMAU の受信端子に正しく接続されているかを確認するものであるところ,上記のような被告製品の構成からすると,リンクテストパルスを検出した時点で,MDI モードとMDI-X モード間の遷移を停止させるに過ぎず,被告製品は,ツイストペア線が送信線か受信線かを判断しているとはいい難い。

(イ) 仮に,被告製品において,リンクテストパルスが検出されたツイストペア線を送信線であると判断し,そのことにより,もう一方のツイストペア線を受信線と判断していると評価することができたとしても,被告製品では,上述したとおり,リンクテストパルスを検出した時点で,必ず,ストレート結線とクロス結線の遷移を停止させるのであって,リンクテストパルス検出後,信号線を物理的に切り替えることは,その構成上予定されていない。したがって,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断」した後に「信号線を切り替える」ものでもない。

(ウ) そもそも,本件特許においては,ツイストペア線の使用を前提としているから,送受信線の接続の誤りを自動的に修正する(信号線を切り替える)ことは,本件特許発明の課題に過ぎず(前記1(1)イ),課題の解決手段として,切替えの具体的方法を特許請求しているものと理解すべきであり,その具体的方法は,構成要件Cの構成に基づく「切替え」ということになる(上記具体的方法について,実施例に限定する趣旨ではない。)。

 被告製品(MAU が想定されている。)は,DTE と接続する場合はストレートケーブル,MAU と接続する場合はクロスケーブルによるべきところ,ケーブルの選択を誤った際に,これを自動的に修正しようというものである。確かに,その点で,本件特許発明と課題において共通しており,その奏する効果も共通している。しかし,その具体的方法(切替えの手段についての技術的思想)が異なるというべきである。

 すなわち,被告製品では,リンクテストパルスを検出するまでは,MDIモードとMDI-X モードとの遷移を繰り返し(これは,リンクテストパルスを検出しない限り,物理的な接続の切り替えを繰り返し,そのため,接続は未確定の状態にあるといえる。),リンクテストパルスを検出した時点で正しい接続状態となったことが判明し(ストレートケーブル又はクロスケーブルの選択の誤りがなかった場合,もしくは,信号線切替部において適切な切替え〔被告製品では,この場面において,物理的な信号線の切替えがされているといえる。〕が既に終了した状態となった場合),上記遷移を停止して,接続を確定するものであるが,リンクテストパルスを検出した後に,誤った接続を修正するために,切り替えるという動作は全く予定されていない。

 一方,本件特許発明では,MAU とDTE とのいろいろな組合せにおける接続に際し,正しいケーブルを選択した場合は,リンクテストパルスの検出により,送信線か受信線かを判断し,その結果,正しい接続であると判断するため,信号線を切り替えることはしないが,送受信線の判断の結果,誤った接続であると判断した場合は,信号線の接続を物理的に切り替えることとされており,この点において,被告製品と本件特許発明との間で,課題を解決するための具体的方法(作用)は異なっているといわざるを得ない。

(エ) したがって,被告製品は,本件特許発明の構成要件C《1》ないし《3》の「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して信号線を切り替える信号線切替制御部とを備えることを特徴とする」という構成を充足しない。

(3) よって,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足しない。

 

2 争点1-2(被告製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について

(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,《1》 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,《2》 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,《3》 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,《4》 対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,《5》 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属する。

(2) 以下の理由から,前記1で認定した本件特許発明と被告製品の相違点(原告の主張する置換部分)は,本件特許発明の本質的部分(前記(1)《1》)であると認めることができる。

特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分,言い換えれば,上記部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解される。

 そして,本質的部分に当たるかどうかを判断するに当たっては,特許発明を特許出願時における先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で,対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか,それともこれとは異なる原理に属するものかという点から判断すべきものである。

イ 本件特許発明の構成要件A及びB,すなわち「10BASE-T に準拠するツイストペア線においてリンクテストパルスが伝送されること」が周知技術であることは,当事者間で争いがない。

 そうすると,本件特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで本件特許発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分は,本件特許発明の構成要件Cであると解するよりほかない。

 そして,前記1のとおり,本件特許発明の課題の解決手段における特徴的原理は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断」した後に「信号線を切り替える」というものである。

 これに対し,被告製品の備える解決手段は,「ストレート結線とクロス結線とをランダムな時間間隔で繰り返し遷移させた上,リンクテストパルスが検出された時点で,この遷移を停止させる構成」を採用したことにある。

 確かに,本件特許発明と被告製品とは,リンクテストパルスの検出結果を用いるという点では共通する。しかし,前記1(2)()のとおり,本件特許発明では,ツイストペア線(リンクテストパルスが伝送されるもので,出願時周知であった。)を使用することが前提となっているのであるから,リンクテストパルスを使用すること自体は課題の前提条件にすぎず,課題解決手段における特徴的原理を共通するとはいえない。

 そして,これに基づく課題解決手段の原理は,本件特許発明が検査結果に基づいて信号線を自動的に切り替えるというものであるのに対し,被告製品は検査結果に基づいて信号線の切替えをやめるというものであって,原理として表裏の関係にある又は論理的に相反するものであり,異なる原理に属するものというほかない。

(3) よって,被告製品と本件特許発明とは本件特許発明の本質的部分である構成要件Cの点で相違するから,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本件特許発明と均等なものということはできない。

 

【所感】

 被告製品を知ってからの後知恵的ではあるが、「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して信号線を切り替える」という文言をさらに上位概念化して、「リンクテストパルス検出手段の検出結果に基づいて、正常に信号が伝送されるように、信号線の接続状態を決定する」という内容で権利化できていれば、結果は違ったのではないだろうか。今後のクレーム立案の実務において参考になる判決例である。