農産物の選別装置侵害訴訟

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判決日 2016.05.26
事件番号 H25(ワ)33070
担当部 東京地裁民事第46部
発明の名称 農産物の選別装置
キーワード 文言解釈
事案の内容 特許権侵害が認められ、金員の支払いが命じられた事案。
 但し、「被告が製造販売するおそれがある」として原告が求めた生産の差止めは、「そのようなおそれはない」として認められなかった。

事案の内容全文(図あり)

(1)本件発明1の請求項1
1A 搬送手段に連結されていない受皿(フリートレイ4)と,農産物供給位置(供給コンベア52)から農産物包装作業位置(包装ステージ3)に渡って農産物Pを載せた受皿4を搬送する搬送手段(選別コンベア1)とを備え,
1B この搬送手段1には,この受皿4上の農産物Pを選別仕分けする情報を計測するために上記搬送手段1の途中に設定された計測軌道領域(計測装置54を含む領域),及び該計測軌道上で計測された仕分け情報に基づいて個々の受皿上の農産物Pを排出するように所定の仕分区分別の仕分ライン202が多数分岐接続されている搬送手段下流側の仕分排出軌道領域(排出装置201)を設定し,
1C 前記各受皿4に,その上に載せられている農産物Pの仕分け情報を直接又は識別標識(バーコード)を介して間接的に読出し可能に記録し,
1D 前記仕分排出軌道領域201の上流に設けた読出し手段により個々の受皿4の農産物仕分け情報を読出して該当する仕分区分の仕分ラインに該受皿を排出する農産物Pの選別装置において,
1E 前記仕分排出軌道領域201から前記仕分ライン202に排出されずにオーバーフローした受皿4を前記搬送手段1の上流側に戻すリターンコンベア6を設けると共に,このリターンコンベア6により戻した受皿4を前記搬送手段に送り込む位置を,前記計測軌道領域(計測装置54を含む領域)の終端と前記仕分け情報読出し手段5の間としたことを特徴とする
1F 農産物Pの選別装置。

 

※図は、添付文書を参照

 

ロ1a 搬送ラインと結合されていないトレーと,供給エリアから箱詰エリアに渡ってスイカを載せたトレーを搬送する搬送ラインとを備え,
ロ1b 搬送ラインには,トレー上のスイカの品質を検査するために搬送ラインの途中に設定された計測エリア,並びに計測エリア上で計測された等級階級情報及びプールコンベアに存在するトレーに関する情報に基づいて個々のトレー上のスイカを排出するプールコンベアを適宜選択し,個々のトレー上のスイカを同一階級かつ同一等級ごとに仕分けするためのプールコンベアが多数分岐接続されている搬送ライン下流側の仕分エリアが設定され,
ロ1c 各トレーにはICチップが内蔵され,その上に載せられているスイカの等級階級情報をICチップの識別情報を介して間接的に読出し可能に記録し,
ロ1d 仕分エリアの上流に設けた第2のICリーダにより個々のトレーのスイカの等級階級情報を読出して該当する仕分区分のプールコンベアに該トレーを排出するスイカ選別装置であって,
ロ1e 仕分エリアからプールコンベアに排出されずにオーバーフローしたトレーを搬送ラインの上流側に戻すリターンコンベアを設けると共に,このリターンコンベアにより戻したトレーを搬送ラインに送り込む位置を,検査エリアの終端と第2のICリーダの間とした
ロ1f スイカ選別装置。

 

裁判所の判断
構成要件1B「所定の仕分区分別の仕分ライン」及び1D「該当する仕分区分の仕分ライン」の充足性
ア 被告は下線部を争う。
被告が,構成要件1Bの「所定の」及び1Dの「該当する」とは各仕分ラインへの仕分区分があらかじめ固定的に設定されていることをいい,動的に変更されるものを含まない旨主張する。
これに対し,原告は排出先となる仕分ラインが排出の時点において特定されていれば「所定の」及び「該当する」に当たる旨主張するので,以下,検討する。

 

イ まず,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載をみると,構成要件1Bにおいて、「仕分け情報に基づいて……排出するように」が「所定の……仕分ライン」を修飾していることに照らすと,「仕分ライン」は農産物が載置された個々の受皿の排出先であり,農産物の仕分区分別に設けられるもので,仕分け情報に基づいて上記受皿が排出できるものであることを意味するものと解される。
また,受皿の排出先を決めるに当たっては,計測軌道上で計測された仕分け情報に基づくとされるが,それ以外の情報,例えば,排出時にプールコンベアに存在する受皿に関する情報を考慮することは排除されていない。
そして,一般に「所定」とは「定まっていること」(乙25)といった意味を有する用語である。そうすると,構成要件1Bの「所定の」とは,仕分け情報に基づいて上記受皿の排出先が決まるように仕分ラインが定まっていることを意味するものと解される。
また,同1Dにつき特許請求の範囲には「仕分排出軌道領域の上流に設けた読出し手段により個々の受皿の農産物仕分け情報を読出して該当する仕分区分の仕分ラインに該受皿を排出する」と記載されているところ,「該当する」は「一定の条件等に当てはまること」といった意味を有する用語である。
そして,「読出し手段により……農産物仕分け情報を読出して」に引き続いて「該当する……仕分ライン」と記載されていることに照らすと,構成要件1Dにいう「該当する」とは,ある受皿の農産物仕分け情報を読み出した結果,その受皿がいずれか一つの仕分区分に当てはまることを意味するものと解される。
以上によれば,「所定の」及び「該当する」については,個々の受皿の仕分け情報を読み出した後に排出先が決定される時点でその受皿が排出されるべき仕分ラインが定まっていればよく,あらかじめ固定的に設定されていなくてもよいと解するのが相当である。

 

ウ この点につき,念のため本件明細書1(甲2)の発明の詳細な説明の記載を見ると,本件発明1は受皿がコンベアに連結されていないいわゆるフリートレイ式の受皿を用いた農作物の選別装置に関するものであり,このような選別装置は,コンベアと不可分の走行バケットを用いる方式に比し,仕分区分を変更しやすいとされている(段落【0001】~【0003】)ところ,本件発明1は仕分工程の構成をより柔軟に変更できるようにすることを目的の一つとするものである(段落【0010】,【0016】)。
そうすると,仕分ラインにおける仕分区分の設定をあらかじめ固定するものに限定することは上記目的に反すると考えられる一方,本件明細書1には仕分区分が仕分作業の過程で適宜変更されるものを排除する旨の記載は見当たらない。
このような本件明細書1の発明の詳細な説明の記載は,上記イの解釈を裏付けるということができる。

 

エ 以上を前提にロ号~ホ号物件が構成要件1Bの「所定の」及び1Dの「該当する」を充足するかどうかについて検討するに,ロ号~ホ号物件はいずれも「計測エリア上で計測された等級階級情報及びプールコンベアに存在するトレーに関する情報に基づいて個々のトレー上のスイカ等を排出するプールコンベアを適宜選択」する構成であり,農産物の排出先のプールコンベアが仕分け情報に基づいて排出先を決定する時点までに定まるものと解されるから,構成要件1Bの「所定の」を充足する。
また,仕分エリアの上流に設けた第2のICリーダ(ロ号~ニ号物件)又は第4のICリーダ(ホ号物件)により個々の受皿のスイカ等の等級階級情報を読み出してこれに対応する仕分区分のプールコンベアにその受皿を排出する構成であるから,構成要件1D「該当する」を充足すると判断するのが相当である。

 

オ これに対し,被告は,
①本件明細書1の発明の詳細な説明欄にあらかじめ仕分区分が定まった場合を前提にしたと考えられる記載があること,
②本件発明1を引用する請求項2記載の発明があらかじめ仕分ラインが定まっていることを前提とする構成であること,
③原告が本件発明1に係る特許出願経過において仕分ラインごとに排出されるべき農産物の仕分区分があらかじめ定まっている旨の意見を述べたこと,
以上のことから構成要件1Bの「所定の」及び1Dの「該当する」は農産物の階級及び等級の仕分区分があらかじめ定まったものをいうと解すべきであると主張する。
しかし,本件発明1には仕分区分があらかじめ固定された態様のものも含まれるのであり,被告の指摘する上記①~③の各点はそのような態様に関する記載等とみることができるから,これらをもって仕分区分が動的に変更するものが本件発明1の技術的範囲外にあるとみることは相当でない。したがって被告の主張はいずれも採用できない。

 

【所感】
裁判所の判断は、発明の保護という観点では歓迎すべきであるが、文言侵害がどこまで認められるのかの予見可能性が低いとも言える。
つまり、「所定」の意味は「定まっていること。定めてあること。(広辞苑)」であるので、文言通りに解釈すれば、動的に変更する形態は、文言侵害には該当しないという判断もあり得たと考える。
このため、「所定」或いは「予め定められた」という用語を、無闇に特許請求の範囲に用いるべきではない。
本件でも、単に「所定の」を省いても問題なかったのではないだろうか。

 

なお、均等侵害であれば、無理なく侵害を認定できたと考えられる。
しかし、原告が均等侵害を主張していないので、裁判所は、止むを得ず、少々無理をして文言侵害を認定したのかも知れない。