車椅子事件
判決日 | 2012.5.10 |
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事件番号 | H21(ワ)6273 |
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担当部 | 大阪地裁第21民事部 |
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発明の名称 | 車椅子 |
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キーワード | 容易想到性 |
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事案の内容 | 本件は、特許権を有する原告が、被告による車椅子の製造販売等が原告の特許権を侵害するとして差止等を請求したが、請求が棄却された事案。 引用発明と周知技術との間における、技術分野の共通性、機能・作用の共通性、組み合わせることに対する阻害要因を検討した上で引用発明に周知技術を組み合わせることによって本件特許発明の進歩性を否定している点がポイント。 |
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事案の内容
(1)本件特許発明の分説
A 左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,
B 該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,
C 該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,
D 該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,
E 該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取り付けられており,
F 該左右側枠下部には,上下に配列している複数個の軸穴が設けられており,
G 該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該軸を支持させることによって,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能にしたことを特徴とする
H 車椅子
(2)訂正後本件特許発明の分説
A 左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,
B 該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,
C 該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,
D 該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,
E′該回動杆下端部は左右側枠に沿った方向に配設されている枢軸を介して該左右側枠下部に枢着されており,
F′該左右側枠下部には,それぞれ該左右側枠に沿う方向を向いた複数個の軸穴が上下に配列して設けられており,
G′該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該枢軸を引き抜き可能に挿通支持させることによって,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可
能にしたことを特徴とする
H 車椅子
(3)争点
・イ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点1)
・本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)
・訂正の再抗弁が認められるか(争点3)
・原告の補償金及び損害賠償金の額(争点4)
【裁判所の判断】
1 争点2(本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について
本件特許は,本件特許発明が,1998年2月19日に頒布された刊行物である独国実用新案第29721699号明細書(乙54文献)に記載された発明(乙54発明)並びに実公昭43-3460号公報(乙55。以下「乙55文献」という。)及び実願昭50-41068号(実開昭51-120804号。乙59。以下「乙59文献」といい,同文献に記載された発明を「乙59発明」という。)から認められる周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであることを理由として,特許無効審判により無効にされるべきものであると認める。
(1) 本件特許発明について
本件特許発明は,特許請求の範囲記載のとおり,「・・・省略・・・」である。
(2) 乙54発明の内容
ア 乙54文献には,以下の事項が記載されている。
・・・省略・・・
イ 乙54発明の内容
上記ア記載のとおりの記載事項及び図面の記載からみて,乙54発明は,「2つのサイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続されており,クロスバー28は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続された2つのリンクであるダブルリンク29,29’とシングルリンク30とからなり,2つのリンクは,それぞれの上端部に,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と形状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えており,また2つのリンクは,それらの下端部にサイドフレーム部材21の下側フレームパイプ23に沿った方向に軸受パイプ41をそれぞれ備えており,軸受パイプ41は,軸受ブロック42を介して上下に配列して設けられた複数の穴38の一つに支持され,複数の穴38を保持コンソール36が備え,保持コンソール36は,サイドフレーム部材21の上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ23とに固定されており,穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフレーム部材21間の間隔を決定し,クロスバー28の上端部は二つのサイドフレーム部材に対して上下位置を変えることなく,かつクロスバー28の長さを変えることもない,折り畳み式車椅子」に係る発明であると認められる。
(3) 本件特許発明と乙54発明との対比
ア 本件特許発明と乙54発明とを対比すると,乙54発明の「サイドフレーム部材21(「保持コンソール36」を含む)」は本件特許発明の「左右側枠」に相当し,以下同様に,「クロスバー28」は「X枠」に,「交差点」は「中央」に,「回転ジョイントによって互いに接続され」は「相互に回動可能に結合され」に,「シートパイプ32」は「上側杆」に,「軸受パイプ41」は「軸」に,「折り畳み式車椅子」は「車椅子」に,それぞれ相当する。また,乙54発明の「穴38」と本件特許発明の「軸穴」とは,「穴」という概念で共通している。
また,乙54発明の「ダブルリンク29,29’とシングルリンク30」は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続され,しかも,対になって二つのリンクを構成するものであるから,本件特許発明の「一対の回動杆」といえる。さらに,乙54発明の「ダブルリンク29,29’とシングルリンク30」は,下端部に軸受パイプ41を備え,軸受パイプ41が軸受ブロック42を介して回動可能にサイドフレーム部材21に取り付けられている。そして,図2aに示されるように,この軸受パイプ41は、サイドフレーム部材21の下部に取り付けられている。したがって,乙54発明の「ダブルリンク29,29’とシングルリンク30」はその「下端部を該左右側枠下部(注:サイドフレーム部材21の下部)に枢着した」もので,かつその「下端部は軸を介して該左右側枠下部(注:サイドフレーム部材21の下部)に取り付けられて」いるといえる。
乙54発明の「上下に配列して設けられた複数の穴38」はサイドフレーム部材21の下部に設けられているから,「左右側枠下部(注:サイドフレーム部材21の下部)には,上下に配列している複数個の穴が設けられて」いるといえる。また,乙54発明の「穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフレーム部材21間の間隔を決定し」は,本件特許発明の「車椅子の所望の巾に対応して複数個の穴のうちの一つを選択することによって,該車椅子の巾を調節可能にした」と同義である。
イ 以上を整理すると,本件特許発明と乙54発明とは,「左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,該回動杆下端部は軸を介して該左右側枠下部に取り付けられており,該左右側枠下部には,上下に配列している複数個の穴が設けられており,該車椅子の所望の巾に対応して該複数個の穴のうちの一つを選択することによって,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能にした車椅子」という点で一致し,X枠の回動杆下端部を,軸を介して該左右側枠下部に取り付け,その高さを調整する構造について,本件特許発明においては,左右外枠下部に設けられる穴を「軸穴」(すなわち,軸を通すための穴)とし,「該軸穴に該軸を支持させる」ことで,回動杆下端部の高さ位置を調整する構造であるのに対し,乙54発明では,左右側枠に設けられる「穴」に「軸(軸受パイプ41)」を「軸受ブロック」を介して支持させることで回動杆下端部の高さ位置を調整する構造である点で相違していると認められる。
(4) 相違点の検討
ア 文献の記載
(ア) 乙55文献について
a 乙55文献の記載
・・・省略・・・
b 乙55文献の内容
乙55文献に記載された歩行補助車とは,結局,車椅子のことであり,またその車椅子の折り畳みを実現する手段として,本件特許発明と同じ,「左右側枠(注:固定軸2)を一個または二個以上のX枠(注:X型金具7,7′)で連結した構造」を前提とし,そのX枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,X型金具(注:7,7′)の他端を車体の固定軸(注:2)に固設した軸穴をなす軸受(注:3,3′)に支軸(注:8)で回動自由に枢支する構造が開示されている。
すなわち,乙55文献には,上記(3)イの相違点に係る本件特許発明の構成がすべて開示されているということができる。
(イ) 乙59文献について
a 乙59文献の記載
・・・省略・・・
b 乙59文献の内容
乙59文献についても,車椅子の折り畳みを実現する手段として,本件特許発明と同じ,「左右側枠(注:左フレーム1,右フレーム2)を一個または二個以上のX枠(注:第1のリンクメンバー3,第2のリンクメンバー4)で連結した構造」を前提とし,そのX枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,リンクメンバーの基端部をピボットピンによりフレームに枢着する構造が開示されている。
すなわち,乙59文献にも,上記(3)イの相違点に係る本件特許発明の構成がすべて開示されているといえる。
(ウ) 小括
上記(ア),(イ)のとおりの乙55文献及び乙59文献の内容からすれば,折り畳み式車椅子において「左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造」を前提とし,X枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,左右側枠下部に設けられる「軸穴に該軸を支持させる」構造を取ることは,本件特許発明の出願時において,当業者にとって周知技術であったと認められる。
イ 相違点について
乙54発明は,折り畳み式車椅子に関する発明であり,乙55文献及び乙59文献によって認められる周知技術も,折り畳み式車椅子に関するものであって,いずれもその技術分野が共通している。そして,上記(3)イの相違点に係る乙54発明の構成と上記周知技術とは,いずれも,X枠を構成する回動杆の下端部を左右外枠に回動可能なものとすること(「枢着」)により,当該車椅子を折り畳み可能とする点において,機能・作用が共通している。
また,本件特許発明では,高さ位置を調節するために,軸穴から軸を抜き取ることが予定されているといえるところ,特に乙55発明についてみると,同発明は軸受に支軸によって回動自由に枢支する構造を有するところ,当該支軸については「支軸8を抜き取れば,固定軸2の上部の横軸6とは簡単に分離できる」とされているとおり抜き取ることが予定されていることからして,乙54発明に,乙55発明に開示された上記構成を組み合わせて,本件特許発明の「該複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該軸を支持させることによって,…調節可能」との構成を取ることについて,特段の阻害要因も見当たらない。
これらによれば,乙54発明について,乙55文献及び乙59文献によって認められる周知技術,又は乙55発明を組み合わせて,本件特許発明の構成を取ることは,当業者にとって容易であったと認めることができる。
ウ 原告の主張について
なお,原告は,本件特許発明の最大の特徴は,「メーカーにとっては巾が異なる多種類の製品を製造しなくて済む」というモジュール化をしたことにある一方,乙54発明の構成では部品数が多くなって上記効果を奏せないとして,その差異を強調する。
しかしながら,そもそも,本件特許発明は,座の高さを変えることなく車椅子の巾を調節できることをもって,メーカーにとっては巾が異なる多種類の製品を製造しなくても済むとしたものと認められるのであって,部品数の相違は本件特許発明及び乙54発明の構成から必然的に導かれるものとは認められない。また,本件特許発明及び乙54発明の実施に当たって,仮に部品数に差異があったとしても,それ自体は,X枠の回動杆の下端部を左右側枠下部に枢着する手段として,周知技術(乙55,乙59参照)を採用したことに伴うものであり,本件特許発明の進歩性を基礎付けるような有利な効果であるということもできない。
したがって,本件特許発明の特徴としてモジュール化を強調する原告の主張は失当である。
エ 小括
以上によれば,本件特許発明は,乙54発明並びに乙55文献及び乙59文献により認められる周知技術,又は乙55発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。
2 争点3(訂正の再抗弁が認められるか)について
(1) 原告の主張
原告は,仮に,本件特許発明に無効事由があると認められたとしても,訂正後本件特許発明においては,無効事由が解消する旨主張する。
(2) 検討
しかしながら,本件特許発明については,仮に本件訂正が適法であると認められたとしても,以下のとおり,それによって無効事由が解消するとは認められない。
ア 訂正後本件特許発明と乙54発明との対比
訂正後本件特許発明と乙54発明とを対比すると,一致点は,上記1(3)イと同じであるが,相違点は,以下のとおりとなる。
すなわち,X枠の回動杆下端部を,軸を介して該左右側枠下部に取り付け,その高さを調整する構造について,本件特許発明と乙54発明との相違点(上記1(3)イ)と同様,訂正後本件特許発明においては,穴を「軸穴」とし,「該軸穴に該軸を支持させる」ことで,回動杆下端部の高さ位置を調整する構造であるのに対し,乙54発明では,「穴」に「軸(軸受パイプ41)」を「軸受ブロック」を介して支持させることで回動杆下端部の高さ位置を調整する構造である点で相違している。これに加え,訂正後本件特許発明においては,軸が「枢」軸とされている点,穴が「左右側枠に沿う方向を向いた」軸穴とされている点,その軸穴に枢軸が「引き抜き可能に挿通」支持されている点において,乙54発明とは相違していると認められる(なお,本件訂正では,軸の配設方向も「左右側枠に沿った方向に配設されている」旨特定されているが,これについては乙54発明における軸の配設方向と同方向であることから相違点とはいえない。また本件訂正では,軸穴について「上下に配列して」設けられている旨特定されているが,これは,本件訂正によって記載上の位置付けが変わっただけであり,乙54発明においても,複数個の穴が上下に配列されている構成は同じであるから相違点とはいえない。)。
イ 訂正後の相違点の検討
しかしながら,上記1(4)ア(ア)で検討したとおり,乙55文献には「この考案は上記のように折畳或は展開するようにしたものに於いて車体1の底部両側の固定軸2の内側にコ字型軸受3,3’を連結管4で一体的に連結して固設し,この軸受にX型に交叉した金具7,7’の他端を支軸8で座金9,9’を介して回動自由に枢支したので支軸8を抜き取れば固定軸2の上部の横軸6とは簡単に分離できる…」(1頁右欄18行~24行)との記載があり,これによれば,「支軸8」が訂正後本件特許発明の「枢軸」に相当し,かつ,「支軸8」が,左右側枠に沿う方向を向いた軸穴に引き抜き可能である旨の構成が開示されていると認められる。したがって,訂正後本件特許発明と乙54発明との相違点は,なお乙55発明にすべて開示されていると認められる。
したがって,訂正後本件特許発明についても,乙54発明及び乙55発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,本件訂正によって,上記1で認定判断した無効事由が解消するものとは認められない。
3 小括
以上のとおり,本件特許には,特許無効審判により無効にされるべきものと認められる無効事由があり,この無効事由は訂正によって解消するものとは認められないから,原告は,被告に対し,本件特許権に基づく権利行使をすることができない。
【所感】
原告は、イ号物件が本件特許発明の技術的範囲から外れないようにしつつ、乙54発明との差異を明示する訂正をおこなうことは容易ではなかったと思われる。
裁判所が引用発明に周知技術を組み合わせる際に検討している内容(引用発明と周知技術の技術分野の共通性、機能・作用の共通性、組み合わせることに対する阻害要因)は、引用発明に周知技術を組み合わせて進歩性を否定する内容の拒絶理由通知を検討するにあたり参考になる。