走査型顕微鏡検査における照明用光源装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2012.05.30
事件番号 H23(行ケ)10221
担当部 第2部
発明の名称 走査型顕微鏡検査における照明用光源装置、及び走査型顕微鏡
キーワード 容易想到性
事案の内容 特許出願拒絶審決が取り消された事案(進歩性なし→進歩性あり)
原告は,平成13年11月14日,パリ条約による優先日を2000年(平成12年)11月14日,優先権主張国をドイツ連邦共和国とし,名称を「走査型顕微鏡検査における照明用光源装置,及び走査型顕微鏡」とする発明につき,特許出願し(特願2001-348265号),平成21年3月13日に特許請求の範囲の記載等の一部を改める本件補正をしたが,同年4月22日,特許庁から補正却下の決定を受けるとともに,拒絶査定を受けたので,特許庁に対して不服審判請求をした(不服2009-15839号)。特許庁は,平成23年2月28日,本件補正後の発明(補正発明)は進歩性を欠き,独立特許要件を満たさないし,本件補正前の発明も進歩性を欠くとの理由で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をしたので,原告がこの審決の取消しを求めたのが本件訴訟である。

事案の内容

【請求項1(補正発明)】

1つの波長の光線(17)を発する1つの電磁的エネルギー源(3)を有すること,

該電磁的エネルギー源(3)には,前記光線(17)を空間的に分割して少なくとも2つの分割光線(19,21)を形成する手段(5)が後置されていること,

及び

前記少なくとも2つの分割光線(19,21)の少なくとも1つの分割光線には,波長を変化させるための中間素子(9,25)が配されていること,

前記中間素子(9,25)は,

前記少なくとも2つの分割光線(19,21)の第1の分割光線(19)が,試料(41)に直接投光され,そこで第一合焦領域(62)を光学的に励起し,前記少なくとも2つの分割光線(19,21)の第2の分割光線(21)が,試料(41)の第二合焦領域に投光され,そこで重畳領域(63)を形成し,該第1の分割光線(19)のみによって照射された試料領域のみが検出されるよう,該重畳領域(63)において前記第1の分割光線(19)の光によって励起された試料領域が誘導されて基底状態に戻されるように,当該中間素子(9,25)を通過する分割光線の波長を変化すること,及び

前記第2の分割光線(21)には,合焦形態変化手段(61)が配されていることを特徴とするSTED走査型顕微鏡検査における照明用光源装置。」(下線を付した部分が本件補正により補正された部分である。)

 

【裁判所の判断】

1 取消事由1(引用文献1記載発明と補正発明との一致点及び相違点の認定の誤り)について

・・・略・・・

そうすると,引用文献1記載発明においては,レーザー(2)から照射される励起光が試料表面(又は試料内部)で成す強度分布25のピーク(極大部)の両横の裾の部分に,同ピークから横方向に対称にずれて2つの分割光線(誘導光)のピークが来るようにするべく,ダイクロイックミラー(4,5)及びレンズ(6)を操作するものであるが,上記図2の記載からも明らかなように,誘導光のピークは励起光のピークの一部と概ね一直線上に並び,励起光のピークの裾の部分と誘導光のピーク(2つ)が一直線上に重なり合うだけで,誘導光の焦点の形態が変化しているものではない。

一方,前記のとおり,補正発明においては,「合焦形態変化手段」が,第2分割光線(21)が試料表面上又は試料内部で成す焦点の形態を,例えば,外側を環状の第2分割光線(21,誘導光)の焦点(照射部分)が取り囲み,内側が空になるように変化させるから,補正発明では第2分割光線(21),引用文献1記載発明では誘導光の各光路上に設けられた機器が,焦点の形態を変化させるか否かにおいて互いに異なるというべきである。

したがって,引用文献1記載発明の「『スプリッターとミラー』は,補正発明の『合焦形態変化手段』に相当する」とした審決の判断(11頁)は誤りであるし,審決がした引用文献1記載発明と補正発明の一致点の認定のうち,「前記第2の光線には,合焦形態変化手段が配されている」との部分は誤りである。

 

2 取消事由2(引用文献1記載発明と補正発明の相違点に係る構成の容易想到性等の判断の誤り)について

・・・略・・・

そうすると,引用文献1記載発明の顕微鏡と同様に,励起光(レーザー)を試料に照射して励起状態にすると同時に,誘導光(レーザー)を試料に照射して基底状態に脱励起する照明用光源装置を備える引用文献2記載発明の光学顕微鏡においては,レーザー光源であるNd:YAG Laser(7)から2本のレーザー光(波長λ1)が発振され,うち1本のレーザー光がDye Laser(8)に入射されて別の波長λ2のレーザー光(誘導光)が発振された後,ダイクロックミラー(9)を経て,Dye Laser(8)を経ない上記波長λ1のレーザー光(励起光)と同一の光路に至る構成を有するものである。そして,引用文献2記載発明においては,波長λ1の励起光と波長λ2の誘導光が同一の光路に至った後に,内側の輪帯は波長λ1の光の透過率が高いが波長λ2の光の透過率が低く,外側の輪帯は逆に波長λ2の光の透過率が高いが波長λ1の光の透過率が低い同心円状の構造を有するピンホール(11)によって(請求項2ないし4,段落【0015】,【0029】),試料表面又は内部において,内側は励起光(波長λ1光)が焦点を結び,外側は誘導光(波長λ2光)が照射されて,両光線が重なり合う外側部分は蛍光が抑制され(段落【0014】,【0030】),専ら励起光のみが照射される内側部分が蛍光(又は燐光)を発して明るくなるという構成を有するものである。

したがって,引用文献2からは,励起光(波長λ1光)と同一の波長のレーザー光をもとに,これと異なる波長の誘導光(波長λ2光)を生成し,上記の励起光と誘導光を重ね合わせるとの技術的事項を読み取ることができるが,試料におけるレーザー光の焦点の形状に影響を与えるピンホール(11)は,励起光と誘導光が重なり合った後の光路に設けられているものであって,励起光と重なり合う前の,誘導光の光路の途中に「合焦形態変化手段」が設けられている補正発明とはその構成が異なる。そうすると,引用文献1記載発明に引用文献2記載発明を適用したとしても,本件優先日当時,当業者において補正発明をすることが容易であったとはいい難い。

(2) また,補正発明は1つの電磁的エネルギー源(3)のみを用いて発振されたレーザー光を2つに分割し,うち1つのレーザー光をそのまま励起光(第2の分割光線(19))として用い,うち1つのレーザー光(第1の分割光線)は中間素子(9,25)を経て波長を変化させて誘導光とし,さらに「合焦形態変化手段(61)」によりその焦点の形態を変化させることによって,従来技術では通常2つの高価なレーザー発振器が必要であり,正確な調整が必要であったのを(本願明細書の段落【0009】),1つの電磁的エネルギー源で足りるようにするとともに,顕微鏡の照明装置の構成を単純,低価格で,調節が容易で安定的に動作するものとし(段落【0014】,【0025】),また高解像度を実現でき(段落【0025】),さらに上記電磁的エネルギー源(レーザー光源)をパルスレーザーとするときには光源間の同期化を省略できる(段落【0016】)という作用効果を奏することができるところ,特に誘導光(第1の分割光線)の焦点の形態を外側を環状の第2分割光線(21,誘導光)の焦点(照射部分)が取り囲み,内側に略円状の第1分割光線(19,励起光)の焦点(照射部分)が位置するように変化させるときは,かような簡素な構成でも,より解像度を上げることができる。他方,引用文献1記載発明においては2つのレーザー光源(2),(3)を用い,うちレーザー光源(3)から発振されるレーザー光線を2つに分割して2本の誘導光としていること,引用文献2記載発明においても,レーザー光線発生装置であるNd:YAG Laser(7)は1つであるものの2本のレーザー光線が発振されて,うち1本がその後に誘導光とされていることからすると,顕微鏡の照明装置の構成の単純化,低価格化が図られているとはいい難い。また,引用文献1記載発明等が上記のとおりの特徴を有することからすると,引用文献1記載発明に引用文献2記載発明を適用しても,従来技術に係る照明装置より,調節が容易で安定的に動作するものとすることができるかどうかは不明であるといわざるを得ない。そうすると,補正発明は,引用文献1記載発明及び引用文献2記載発明からは当業者が予測し得ない格別有利な作用効果を奏することができるものであるということができる。

(3) 結局,補正発明によって奏される格別有利な作用効果にもかんがみれば,本件優先日当時,引用文献1記載発明に引用文献2記載発明を適用することによっても,当業者において,補正発明をすることが容易であったとはいえないから,補正発明は進歩性を欠くものとはいえない。__

 

【所感】

特許請求の範囲には具体的に言及されていない事項である合焦形態変化手段について、明細書などから出願人によりすぎた解釈を行っており、裁判所の判断は不当と考える。特許請求の範囲などに使う文言は明確に定義づけを行うことにより、読み手の解釈に頼らない明細書の作成を心がけたい。