貯水タンク事件

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判決日 2012.3.22
事件番号 H22(ワ)第11353号
担当部 大阪地裁第21民事部
発明の名称 貯水タンク及び浄水機
キーワード 構成要件充足性
事案の内容 発明の名称を「貯水タンク及び浄水機」とする特許第4113638号の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が,被告販売によるイ号製品の製造販売等がいずれも本件特許権を侵害する旨主張して,イ号製品の製造販売等の差止め等を請求したが、原告の請求が棄却された事案。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第4113638号(登録日:2008年4月18日)

(2)出願番号:特願1999-178463(出願日:1999年6月24日)

(3)特許請求の範囲(本件発明1)(請求項1の分説)

 

【請求項1】

A 透明樹脂によって形成されたタンク本体と

B-1 該タンク本体に環状の弾性部材から構成されたスペーサー

介して取付けられ,

B-2 透明な紫外線カット樹脂から形成された水位表示板とを

C 備えていることを特徴とする貯水タンク。

 

【争点】

イ号製品は、構成要素B-1を充足するか。

 

【大阪地裁の判断】

1 争点1(イ号製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について

イ号製品が,構成要件A,B-2,C及びDを充足することは当事者間に争いがないが,当裁判所は,以下に述べるとおり,イ号製品は,本件発明の構成要件B-1にいう「スペーサー」を具備しないものと認めるから,その技術的範囲に属しないものと判断する。

(1) イ号製品の構成について

~略~

(2) 文言侵害について

 

ア 構成要件B-1の「スペーサー」の解釈について

(ア) 特許請求の範囲の記載

証拠(甲9)によれば,製造業分野において「スペーサー」とは,間にはさんで空間を確保するための器具を指すものと解される。そして,特許請求の範囲に,「該タンク本体に環状の弾性部材から構成されたスペーサーを介して取付けられ,透明な紫外線カット樹脂から形成された水位表示板」と記載されていることからすると,構成要件B-1の「スペーサー」とは,水位表示板のタンクへの取り付けに介在して,その間に空間を確保する部品であり,形状は環状であるとともに,材質は弾性部材で構成されるものであることが明らかである。

(イ) 本件明細書の記載について

また,本件明細書には,以下の記載が認められる。

~略~

f 段落【0016】(【発明の実施の形態】)

「また,スペーサー32は,環状の弾性部材,例えば,合成ゴム等から構成されており,水位表示板31とタンク本体33とを断熱している。

~略~

h 段落【0021】(【発明の効果】)

「…また,水位表示板とタンク本体がスペーサーによって断熱されているため,水位表示板が結露せず,結露によって水位表示板が読み難くなったり,水位表示板の周囲にバクテリア等を発生させることなく,使用者が外部から水量を容易に視認することもできる。

(ウ) 出願経過

原告は,本件特許の出願経過において,引例(甲12,乙2)を示して特許法29条2項の規定に基づく拒絶理由通知を受けた(甲11)。同引例には,(甲12,乙2)は,液体用タンクのゲージに関し,特に内容液体の液位が視認可能であることなどを特徴とするポリエチレンタンク用のゲージに関する発明の公開特許公報であり,その「発明の詳細な説明」欄には,「第2図はアクリル片13をポリエチレンタンク3の壁5に,片13端部付近の粘着バンド14により固定する一方法を示している。」と記載され,第2図(FIG.2)には,タンク本体の側面に粘着バンドでアクリル片を固着している断面図が示されている。

これに対し,原告は,本件発明の「スペーサー」を「環状の弾性部材から構成されたスペーサー」に減縮補正するとともに,その理由について以下のとおりの意見述べている(甲13)。

~略~

しかしながら,引例1FIG.2においては,アクリル片13はポリエチレンタンク3の壁5に,片13の上下の両端部付近のみにおいて粘着バンド14によって固定されていますので,片13の上下の両端部以外の部分においては,片13と壁5との空間は開放されています。従いまして,この開放された片13と壁5との間の空間には,空気が流通しますので,片13と粘着バンド14によっては,断熱効果は得られず,液位視認窓の結露を防止できません。

これに対しまして,本願発明におきましては,透明樹脂によって形成されたタンク本体に,環状の弾性部材から構成されたスペーサーを介して,透明な紫外線カット樹脂から形成された水位表示板が取り付けられていることを必須の技術手段としています。特に,この環状の弾性部材から構成されたスペーサーを介していることにより,タンク

本体と水位表示板との間の空間は完全に閉鎖されているので,優れた断熱効果が得られ,水位表示板の結露が防止されることになります。

(エ) 小括

~略~出願経過を参酌すれば,この「スペーサー」は,上記断熱効果を得るために,これによって確保する空間が完全に閉鎖されていることも必須の要件とされているものと解されるべきである。

 

イ イ号製品の構成要件B-1充足性について

(ア) 原告は,イ号製品の構成のうち「矩形枠状の弾性のある樹脂から構成された部品」,すなわち厚さ0.1mmの両面接着テープが,構成要件B-1の「スペーサー」に該当すると主張する。~略~

原告は,この付加された厚さ0.1mmの空間に注目して,この空間を形成する両面接着テープをスペーサーであると主張するが,水位表示板取付台座部に水位表示板を取り付けるために両面接着テープを用いることは当業者にとって周知慣用の手段であるし,そもそも二つの部材を接着するためには何らかの接着手段を用いる必要があり,その接着手段の厚み相当分が,二つの部材の間に生じることは避けられないことである。そして,証拠(甲14の1~4)によれば,両面接着テープの中にはスペーサーとして使用する目的の製品もあるが,その目的も併存的なものであり,また,スペーサー用途ではない製品も存在しており,イ号製品に用いられている厚さ0.1mmの両面接着テープは,接着手段として用いる両面接着テープとして一般的な厚みを有するものと認められることも併せ考えると,イ号製品において用いられている両面接着テープに水位表示板取付台座部と水位表示板を接着する手段以上の技術的意義があるものとは認められないというべきである。よって,両面接着テープをもって,水位表示板が結露することのない断熱効果のある空間(間隔)を確保する旨の技術的意義を有する「スペーサー」であるとする原告の主張は失当といわなければならない。

なお,~略~二つの部材を接着する限り,何らかの接着手段を用いる必要があり,その接着手段の厚みによって空間が生じることは,スペーサーによる空間確保をする以前の問題である。また閉鎖された空間がある以上,たとえ僅かあっても断熱効果が生じるであろうことは,前掲証拠の実験から合理的に推認されるから,原告主張の解釈を前提とすると,水位表示板の接着のための接着手段自体による厚みさえあれば,それは,すべて構成要件B-1にいう「スペーサー」に該当するというのと同じことになるところ,そのような主張は採用することはできない(なお,本件明細書の【0014】欄記載のとおり,本件発明の実施例においても,水位表示板はスペーサーを介して,接着剤によって取り付けられている。)。

(イ) また,原告はイ号製品の構成のうち,両面接着テープが,「スペーサー」に該当しないとしても,これと「該タンク本体の水位表示板取付台座部」が一体となって「スペーサー」に該当すると主張する。

しかしながら,構成要件B-1の「スペーサー」とは,上記ア(エ)のとおりタンク本体と水位表示板を介する部材であり,その材質については,弾性部材から構成されるものをいう。そして,タンク本体の材質については構成要件において限定がないにもかかわらず,「スペーサー」については弾性部材から構成される旨限定されていることからすると,「スペーサー」とは,タンク本体とは異なる材質から構成され,タンク本体とは独立した部材であると解するのが相当である。これに対し,イ号製品における水位表示板取付台座部は,タンク本体と水位表示板との空間を確保するためのものといえるものの,タンク本体と一体形成されているから,これを両面接着テープと一体としてみても,構成要件B-1の「スペーサー」に該当すると認めることはできない。

なお,~略~該段部のない該矩形枠(水位表示板の上辺に対応)については,その凸部上面内周側の一辺のタンク本体表面,すなわち水位表示板取付台座部ではなくタンク本体に水位表示板を直接取り付ける構造となっているのであって,台座部が水位表示板との間の空間を確保する構造にはなっていない。そして,同部分に貼られる両面接着テープの厚みをもって「スペーサー」といえないことは上記(ア)のとおりであるから,両面接着テープと該タンク本体の水位表示板取付台座部を一体の構成としてみても,これがスペーサーとしての「環状」になっているとはいえない。よって,この点においても,両面接着テープと水位表示板取付台座部を一体としてみても,この構成をもって,本件発明にいう「スペーサー」に該当すると認めることはできない。

ウ 小括

~略~

 

(3) 均等侵害について

ア ~略~

イ ~略~

ウ(ア) そこで検討するに,本件明細書の記載(上記(2)ア(イ))によれば,本件発明は,少なくとも,貯水タンクに貯えられている水の水温と外気温との温度差により水位表示板の表面に結露が生じると,結露により貯水量が読み難くなるとともに,貯水タンクの周囲にカビやバクテリアが生じ,不衛生になるといった問題点に鑑みて,そのような問題点を解決した貯水タンク及び当該貯水タンクを備えた浄水機を提供するという課題を解決するため,その解決手段として,タンク本体に環状の弾性部材から構成されたスペーサーを介して水位表示板を取り付けるという構成を採用したものであることは明らかである。

また原告は,本件特許の出願経過において,~略~「環状の弾性部材から構成されたスペーサー」を介して水位表示板を取り付けることを必須の技術手段と位置づけるとともに,スペーサーが「環状の弾性部材」から構成されているからこそ,タンク本体と水位表示板との間の空間が完全に閉鎖され,優れた断熱効果が得られるものであることを出願経緯において強調していたことが認められる。

さらに,証拠(乙5~9)によれば,間に密閉空間を挟んだ二重ガラス(複層ガラス)に関連した特許出願及びその出願明細書で触れられている従来技術に照らし,密閉した空間により断熱効果を得て結露防止をするという技術そのものは,本件特許の出願当時,既に公知技術であったと認められる。

(イ) 以上によれば,本件発明のうち解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなすとともに,特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分とは,原告が主張するような「タンク本体と水位表示板の間にスペーサーを介在させる構成によりタンク本体と水位表示板の間の空間を密閉して断熱効果を得ること」という,本件発明の具体的構成を離れたより上位の概念で捉えられるべき技術思想ではなく,その実現手段として,タンク本体に「環状の弾性部材から構成されたスペーサーを介して」水位表示板を取り付けるということにこそあり,そのような構成が本件発明の本質的部分であると解するのが相当である。

(ウ) そうすると,本件発明とイ号製品との相違点である,「環状の弾性部材から構成されたスペーサーを介して」水位表示板を取り付けるのではなく,「該タンク本体の水位表示板取付台座部に矩形枠状の弾性のある樹脂から構成された部品を介して」水位表示板を取り付けること(さらには,「該タンク本体,該矩形枠状の部品及び該水位表示板の接合部を覆うコーキングとを」備えていることを含めた構成)は,本件発明の本質的部分に係る相違というべきであるから,イ号製品は,均等侵害の第1要件を充足するとはいえない。

(エ) また,本件特許の上記出願経過(上記(2)ア(ウ))に照らすと,原告は,~略~タンク本体と水位表示板との間の空間を確保する手段として,環状の弾性部材から構成されたスペーサー以外の構成を採用することを意識的に除外したものといわなければならない。

したがって,タンク本体の一部を水位表示板取付台座部として閉鎖された空間を確保したイ号製品の構成は,意識的に除外されたものであるから,イ号製品は,均等侵害の第5要件も充足するとはいえない。

以上のとおり,本件においては,均等侵害は成立するとは認められない。

2 小括

~略~

第5 結語

したがって,原告の請求は,いずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

 

【感想】

補正での過度な限定と、意見書での不必要な主張が、権利範囲を狭めているように思えるが、それ以上に、被告の製品が原告の権利範囲を巧妙に回避していると感じた。

なお、明細書等の記載及び意見書での主張からすると、妥当な判決であると思われる。