記録媒体用ディスクの収納ケース事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2011.06.29
事件番号 H22(行ケ)10318
発明の名称 記録媒体用ディスクの収納ケース
キーワード 容易想到性
事案の内容 (1)無効審判の請求不成立が取り消された事案(知財高裁3部、上告済み)。
副引例の開示内容の認定が争点となった。

事案の内容

(3)訂正後の請求項1(下線部が訂正によって追加された個所)

中央孔(101)を有する記録媒体用ディスク(100)の記録面(102)側を覆うと共に,前記中央孔(101)に係脱自在に嵌合する保持部(5)を備えた保持板(2)を有し,

前記保持板(2)には,ヒンジ部(2a,3a)を介してカバー体(3)が開閉自在に枢支されて,保持板(2)とカバー体(3)とはその一端部においてヒンジ結合されたヒンジ結合端縁部を有し,前記ヒンジ結合端縁部側の保持板(2)の側面に側面リブ(21)が突出して形成され,前記保持板(2)とカバー体(3)とには,前記カバー体(3)を180°開いた状態において,前記側面リブ(21)とカバー体(3)の前記端縁部が互いに当接して当該開き状態を維持する当接部(45)が設けられ,

前記当接部(45)は,前記開き状態において開き方向の外力が作用したとき前記ヒンジ部(2a,3a)の破損が生じずに前記側面リブ(21)と前記端縁部との当接状態を乗り越えてカバー体(3)と保持板(2)との相対回動を許容するように当接しており,

前記保持板(2)とカバー体(3)とは,保持板(2)の上下ヒンジ部(2a)とカバー体(3)の上下ヒンジ部(3a)とを介してヒンジ結合されており,前記保持板(2)の上下ヒンジ部(2a)間に前記当接部(45)が設けられており,

 前記保持板(2)は,上下端縁部の端部にケース厚み方向に立ち上がる周壁(22)が形成され,前記上下ヒンジ部(2a)はヒンジ結合側端縁部の上下端部から突出成形されたヒンジ片と,この上下ヒンジ片の対向内面に突出成形されたヒンジ軸(31)とから構成され,前記カバー体(3)は上下端縁部に,前記保持板(2)にカバー体(3)を閉じた状態において,保持板(2)の上下端縁部の周壁(22)より外側に位置してケース厚み方向に立ち上がる周壁(38)が形成され,前記上下ヒンジ部(3a)はヒンジ結合側端縁部の上下端部に保持板(2)の上下ヒンジ部(2a)を受け入れる上下凹部が形成され,この上下凹部に保持板(2)の前記内向き突出のヒンジ軸(31)を回動自在に枢支する軸受部が形成されていることを特徴とする記録媒体用ディスクの収納ケース。

 

(4)誤りとされた審判の判断

(4-1)訂正発明と主引例の発明(甲1発明)との相違点

訂正発明:ヒンジ軸(31)は,上下ヒンジ片の対向内面に突出成形される。

甲1発明:支持軸38は,本体側ケース部材31の突片部37の外面に突出形成される。

(4-2)進歩性ありの理由

甲1発明は,蓋側ケース部材32の突片部57が、本体側ケース部材31の突片部37の外側に位置する。

蓋側ケース部材32を閉じたときは,蓋側ケース部材32の側面部52も本体側ケース部材31の側面部34の外側に位置する。

甲1発明の支持軸38が突片部37の外面に突出形成されているのは,この構成を前提としたものである。

支持軸38を本体側ケース部材31の突片部37の内面に突出形成したのでは,支持軸38を蓋側ケース部材32の突片部57の軸受孔58に嵌合できない。

甲第2号証ないし甲第16号証を参酌しても,甲1発明においてそのような変更をする動機付けは見いだせない。

 

(5)裁判所の判断(上記判断の誤りについて)

(5-1)結論

甲1発明に甲16の開示内容を組み合わせることによって、訂正発明は容易に想到できる。

 

(5-2)甲16の開示内容の認定

「本体1の側部には軸受4が形成され,同軸受4にはこれにヒンジ状に係合する軸受を具えたケース蓋体5が開閉自在に取付けられている」コンパクトディスク用ケースに係る考案が開示されている。

同考案のコンパクトディスク用ケースが閉じた状態での要部切欠側面図として【図1】(別紙図面3の図1)が,同ケースのケース蓋体を約45°開放した状態での要部切欠側面図として【図2】(同図面3の図2)が図示されている。

いずれの図にもケース本体1の中央に位置する受け台2及び支持突起3の断面が描かれていることから,これらの図はケースの基本中心線で切断した断面図であることは明らかである。

【図2】において,ケース蓋体がケース本体と重なっている部分は破線で記載されていることから,同図に記載されたケースは「外カバー構造」であることが認められる。

上記記載及び図によると,ケース本体1のヒンジ部側の端部にも側壁があり,その側壁から外方へヒンジ部(軸受4)が突出形成され,このヒンジ部にはヒンジ軸が形成され,ケース蓋体5にはヒンジ部側の端縁の側壁からヒンジ部(軸受)が内側に突出形成されていると認められる。

そして,ケース蓋体に設けられた五角形のヒンジ部はすべて実線で記載されているのに対し,ケース本体に設けられたヒンジ部はケース蓋体と重なる部分が破線で記載されていること,ケース蓋体のヒンジ部における面取りされて傾斜した角部が,ケース本体のヒンジ部側端縁部の側壁に当接して,蓋体の開き角度を約45°に規制していることに照らすと,ケース蓋体に設けられたヒンジ部とヒンジ部側端縁の側壁はケース本体に設けられたヒンジ部よりも内側(図面の手前側)に位置していることが確認できる。

したがって,これらの図で開示されたケースも,本体側と蓋側のヒンジ部の一方又は双方が側面部を延伸した平面上ではない位置に形成された構成を採用していることが明らかである。

 

(5-3)進歩性なしの理由

上記のとおり,本体側及び蓋体側の側面部を延伸した平面上にヒンジ部を形成する構成,及び,上記ヒンジ部の一方又は双方が側面部を延伸した平面外に形成される構成のいずれも周知であった。

これに加え,側面部及びヒンジ部に関し,本体側及び蓋体側の側面部を延伸した平面上にヒンジ部を形成するか,上記ヒンジ部の一方又は双方を側面部を延伸した平面外に形成するかにより,作用効果の上で,何らかの相違を認めることはできない。

これらを総合考慮すると,ヒンジ部について,側面部を延伸した平面外に形成することが,何らかの格別の技術的な意義を有することはない。

 

甲16には,訂正発明と同じ「外カバー構造」の収納ケースにおいて,本体側及び蓋体側の各側面部と,本体側及び蓋体側の各ヒンジ部との内外の位置関係を互いに逆にし,本体側のヒンジ部をカバー体側のヒンジ部の外側に配置し,このヒンジ部の対向内部にヒンジ軸を突出させるという構成が具体的に開示されていた。

そうすると,甲1発明に接した当業者が,甲1発明において,本体側ケース部材及び蓋側ケース部材の側面部を延伸した平面上に形成された突片部(ヒンジ部)を,訂正発明の相違点に係る構成とすることに,技術上の困難性はない。

すなわち,甲16に例示された周知の技術を基礎として,甲1発明に係るディスク収納ケースにおいて,蓋側ケース部材の上下端縁部の周壁を本体側ケース部材の上下端縁部の周壁の外側に配置し,本体側ケース部材の上下ヒンジ部を蓋側ケース部材の上下ヒンジ部の外側に配置し,その結果,本体側ケース部材のヒンジ部に設けられたヒンジ軸を上下ヒンジ部の対向内面に突出形成するということは,当業者が容易に想到し得る。

 

なお、被告が主張する作用効果は、明細書に基づかないので採用できない。

 

【所感】

審決が妥当であり、判決は不当である。裁判所は、甲16発明を誤認している。その結果、結論が証拠に基づかないものになっている。

(誤認内容)

ケース本体1のヒンジ部側の端部にも側壁があり,その側壁から外方へヒンジ部(軸受4)が突出形成され,このヒンジ部にはヒンジ軸が形成され,ケース蓋体5にはヒンジ部側の端縁の側壁からヒンジ部(軸受)が内側に突出形成されていると認められる。

(誤認である理由)

裁判所は、上記内容を、甲16に記された「本体1の側部には軸受4が形成され,同軸受4にはこれにヒンジ状に係合する軸受を具えたケース蓋体5が開閉自在に取付けられている」から導いている。

しかし、そもそも「軸受4にはこれにヒンジ状に係合する軸受」つまり「軸受が軸受4にヒンジ状に係合する」という内容は、技術的に明確でない。

軸受:回転や往復運動する相手部品に接して荷重を受け、軸などを支持する部品。転がり軸受「ボールベアリング」など(Wikipedia)。

ヒンジ:開き戸・開き蓋などの開く建具を支え開閉できるようにする部品(Wikipedia)。

それに加え「ケース本体1の側壁から外方へヒンジ部(軸受4)が突出形成され,このヒンジ部にはヒンジ軸が形成され,」と裁判所は認定しているが、軸受が突出形成されること、突出が外方であること、ヒンジ部(軸受4)にヒンジ軸が形成されることは、明細書等に基づかない。

さらに、軸受4にヒンジ軸が形成されるという記載の技術的意味が不明である。

そもそも、通常、軸受は突出形成されない。このような特殊な構成を採用することについて合理的な説明ができない。

(合理的な解釈)

次の2つが考えられる。

A.2つの軸受に係合する軸が存在する。

B.軸受4は軸4の誤記である。

(合理的な解釈に基づく結論)

Aの解釈によれば『甲16には,訂正発明と同じ「外カバー構造」の収納ケースにおいて,本体側及び蓋体側の各側面部と,本体側及び蓋体側の各ヒンジ部との内外の位置関係を互いに逆にし,本体側のヒンジ部をカバー体側のヒンジ部の外側に配置し,このヒンジ部の対向内部にヒンジ軸を突出させるという構成が開示されていない』ことになる。

Bの解釈によれば、上記構成と矛盾はしない。

しかし、上記構成が具体的に開示されているとは言えない。

そもそも、甲16は、複数の解釈を可能とする不明確な開示にとどまる。

しかも、上記構成を特定する根拠は、図面に描かれた僅かな手掛かりである。

甲16を甲1発明に適用するのは、後知恵によるものと考えられる。

よって、甲2,13ないし16に例示された周知の技術を基礎として,甲1に基づき、訂正発明を当業者が容易に想到し得るとは言えない。

よって、判決は不当である。