製膜方法及び成膜装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2013.08.29
事件番号 H24(ワ)8135
担当部 東京地裁 民事第47部
発明の名称 製膜方法及び成膜装置
キーワード 構成要件充足
事案の内容 本件は,成膜方法及び成膜装置に関する特許権(特許第4823293号)を有する原告が,被告の製造販売する装置及びその使用する方法について、装置の製造,販売等及び使用する方法の差止め並びに装置等の廃棄、損害賠償を求める事案である。
 原告、被告とも実験を行ったが、被告の実験結果が採用されて、構成要件非充足とされ、非侵害とされた点がポイント。

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[請求項1]

1-A 基体保持手段の基体保持面の全域に向け成膜材料を供給することによって前記基体保持面に保持され回転している基体のすべてに対して前記成膜材料を連続して供給するとともに,

1-B 前記基体保持面の一部の領域に向けイオンを照射することによって前記基体の一部に対して前記イオンを連続して照射することによるアシスト効果を与えながら,前記基体の表面に薄膜を堆積させる

1-C ことを特徴とする成膜方法。

[請求項8]

2-A 真空容器内に回転可能に配設され,基体を保持するための基体保持手段と,

2-B 前記基体保持手段の基体保持面の全領域に対して成膜材料を供給可能となるような配置及び向きで前記真空容器内に設置された成膜手段と,

2-C イオンを前記基体保持面の一部の領域に対し部分的に照射可能となるような構成,配置及び/又は向きで前記真空容器内に設置された成膜アシスト手段とを,

2-D 有する成膜装置。

 

【争点】

(1) 方法発明の「構成1-A」を有するか

 被告装置の稼働により使用する方法が被告方法の「基体保持手段の基体保持面の全域に向け成膜材料を供給することによって前記基体保持面に保持され回転している基体のすべてに対して前記成膜材料を連続して供給するとともに,」の構成(以下「構成a」という。)を充足するか否か(争点1)

(2) 装置発明の「構成2-A」を有するか

 被告装置が本件発明2の構成要件2-Bを充足するか否か(争点2)

(3) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否か(争点3):判断せず

 

【裁判所の判断】

1 争点1(被告装置の稼働により使用する方法が被告方法の構成aを充足する

か否か)について

(1) 証拠(甲3の2,6の1ないし3,乙3,7)及び弁論の全趣旨によれば,(ア) 被告装置には,成膜材料の蒸発源として,ハースと呼ばれる電子銃により加熱するものとRHソースと呼ばれる抵抗加熱により加熱するものを備えているが,成膜材料は成膜される各層について一つしか選択することができないから,成膜材料がハースとRHソースとの両方から同時に供給されることはなく,いずれか一方からしか供給されない,(イ) 被告装置には,ハースに隣接してハース用仕切り板が設けられ,RHソースに隣接してRHソース用仕切り板が設けられているところ,ハース又はRHソースから蒸発した成膜材料は,ハース用仕切り板又はRHソース用仕切り板により,蒸発の方向(角度)が制限され,その結果,ドームの基体保持面の全域には供給されない,(ウ) 被告補佐人は,被告装置を用いて,ハースから成膜材料SiOを蒸発させ,ハース用仕切り板を設置しない状態と設置した状態とに分けて,基板保持面に保持された基板に形成された膜の厚さを測定する実験をしたところ,ハース用仕切り板を設置しない状態では,ドームの左側10か所(A1ないし10)及び右側10か所(B1ないし10)いずれの基板についても膜が形成されたが,ハース用仕切り板を設置した状態では,左側10か所は,そのうちの3か所(A7,8及び10)の基板については全く膜が形成されず,その余の基板についても右側10か所と比較して膜が極めて薄くしか形成されなかったこと,以上の事実が認められる。

 原告は,被告補佐人がした実験について,① ハース用仕切り板の形状からすれば,その効果をもたらす範囲は左側10か所のうちの5か所(A6ないし10)になるはずであるが,左側10か所全部に効果がみられる,② 真空蒸着では,基板近傍に遮蔽板を設置しない限り,急激な膜厚変化は極めて困難であるのに,左側のA1から極端に膜厚が減少しているとして,ハース用仕切り板以外の手段を用いてデータを作為的に作出した可能性があり,信用性に欠けると主張する。しかしながら,①については,上記実験に係る実験報告書(乙7)の図2(被告装置の図面)によれば,ハース用仕切り板の効果をもたらす範囲が左側10か所のうちの5か所(A6ないし10)になるはずであるというにとどまるし,②については,真空蒸着において,蒸発源に隣接して仕切り板を設置したのでは,急激な膜厚変化が生じないことを裏付ける的確な証拠はないのである。そうであるから,原告の上記主張をもって,データを作為的に作出したということはできないし,他にデータを作為的に作出したことを窺わせるような事情も認められない。原告の上記主張は,採用することができない。

(2) 被告補佐人がしたハースを使用した実験結果は,RHソースを使用した場合においても当てはまると考えられるから,前記(1)認定の事実によれば,被告装置は,ハース及びRHソースの各蒸発源による成膜材料の供給範囲がそれぞれドームの基体保持面の一部の領域に制限され,かつ,成膜材料が両方の蒸発源から同時に供給されることはないと認められる。そうすると,被告装置は,基体保持手段の基体保持面の全域に向けて成膜材料を供給するというものではない。

 原告は,原告のした検証の結果(甲7)や「Coatings on Glass」(甲8)198頁の記載によれば,被告装置は,成膜材料が基体保持面の全域に供給されるものであると主張する。しかしながら,上記検証は,被告装置とは異なる装置を用いたものであるから,その結果が,当然に被告装置における成膜材料の到達範囲を示すというわけではないし,また,証拠(甲8)によれば,「Coatings on Glass」(甲8)198頁には,「起こりうる最も単純な現象(原子の減圧雰囲気における飛行において)は,不活性残留ガス原子との衝突である。これらによる通常の結果は,方向と速度の変化である。これらの原子は,もはや直線上にそって到達しない。残留圧力および蒸着源と基板の間の距離に応じて,蒸着原子は,殆どあらゆる方向から,基板表面に到達可能である。」と記載されていることが認められるから,成膜材料が残留ガスとの衝突により自由な方向に拡散しながら基体に到達する性質を持つということができるとしても,このことは,残留圧力及び蒸着源と基板の間の距離に応じて到達可能な場合があるにすぎず,これをもって,被告補佐人のした実験における,ハース用仕切り板を設置した状態では膜が形成されない基板があったとの結果を否定することはできない。原告の上記主張は,採用することができない。

(3) そうすると,被告装置の稼働により使用する方法は,被告方法の構成aの「基体保持手段の基体保持面の全域に向け成膜材料を供給する」を充足しない。

 

2 争点2(被告装置が本件発明2の構成要件2-Bを充足するか否か)について

上記1(1),(2)に判示したところによれば,被告装置は,本件発明2の構成要件2-Bの「基体保持手段の基体保持面の全域に向け成膜材料を供給する」を充足しない。

 

3 したがって,被告装置を稼働させても,被告方法の使用をすることにはならないし,また,被告装置は本件発明2の技術的範囲に属しないから,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がない。

 

 なお、本件特許は、侵害訴訟では無効は判断されなかったが、無効審判(無効2012-800109)で請求項1、8が新規性違反を理由に無効にされており、現在は、知財高裁に審決取り消し訴訟中である(H25行ケ10171)。

 

【感想】

 原告が敗訴となったのは、高価だからなのか、競業企業で売ってくれなかったのかは不明であるが、被告装置を入手出来ずに、十分な立証が出来なかったためと思われる。原告が被告装置を入手できれば、被告製品が、ハース用仕切り板及びRHソース用仕切り板を使わずに成膜できる態様が可能なことを立証出来、被告の実験結果を否定することが可能であった可能性がある。