表示スクリーンをもつ電子装置事件
判決日 | 2012.11.29 |
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事件番号 | H23(行ケ)10425 |
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担当部 | 第3部 |
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発明の名称 | 表示スクリーンをもつ電子装置 |
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キーワード | 進歩性 |
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事案の内容 | 本件は、原告が、拒絶査定不服審判の請求について、特許庁が同請求は成り立たないとした審決の取り消しを求め、審決が取り消された事案。 『引用発明は、「2次元的なユーザインタフェースには、表現力に限界がある」という認識に基づき、「複数のメニューを3次元的に表示」するものであるから、引用発明に上記先行技術を適用する動機づけはなく、引用刊行物の「2次元的なユーザインタフェースには、表現力に限界がある」との記載は、引用発明に「2次元的なユーザインタフェース」に係る上記先行技術を適用するに当たって、阻害要因になるものと認められる。』と判示した点がポイント。 |
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事案の内容
(1)本件補正発明の要旨
複数の図形のうち一部の図形のみを同時に、知覚可能なように表示することができ、前記複数の図形を入れ替えて表示しなければならないスクリーンと
前記複数の図形を前記スクリーン上で移動させるための移動手段とを具え、
前記移動手段は、前記複数の図形を前記スクリーン上に表示すべく回転移動させる手段によって構成され、
前記複数の図形は仮想的な環内に配置され、前記移動手段は、前記仮想的な環を、前記スクリーンを含む平面内で回転させるように構成され、前記仮想的な環の回転軸は前記スクリーン外にあり、前記仮想的な環の一部は前記スクリーン内に含まれ、
これにより、前記スクリーンは、前記複数の図形のうち前記一部の図形のみを同時に、知覚可能なように表示することを特徴とする電子装置。
(2)審決では、本願補正発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断された。
(3)争点
・本願補正発明と引用発明との一致点の認定の誤り(取消事由1)
・周知技術の認定の誤り(取消事由2)
・本願補正発明と引用発明との相違点についての判断の誤り(取消事由3)
【裁判所の判断】
1 取消事由2(周知技術の認定の誤り)について
(1)ア 甲2(特開平8-76225号公報)には、図面(別紙参照)と共に以下の記載がある。
・・・(【0018】~【0024】)・・・
イ 本件審決は、甲2の上記記載及び【図2】、【図3】を引用して、「液晶表示装置に記号を円弧状に配置して回転させることが記載されている」と認定した。しかし、上記記載及び図面によれば、甲2において、液晶表示装置4での複数の機能を示す記号等による表示を略円弧状に配置したものであるが、各機能を示す記号等は、回転ダイヤル6の回転に伴い、表示、非表示が制御されるものであって、各機能を示す記号等の表示位置が回転移動するものとは認められない。
(2)ア 甲3(特開平10-49290号公報)には、図面(別紙参照)と共に以下の記載がある。
・・・(【0031】、【0033】、【0035】、【0044】)・・・
イ 本件審決は、上記【0044】及び【図5】の記載を引用して、「メニュー(文字)を含む環の一部が画面内に表示されて回転することが記載されている」と認定した。しかし、上記記載及び図示によれば、甲3においては、装置の回転に伴ってメニューが画面内を「移動する」のであって、「メニュー(文字)を含む環の一部が」「回転」するものではない。
(3)ア 甲4(特開平7-98640号公報)には、図面(別紙参照)と共に以下の記載がある。
・・・(【0086】、【0087】)・・・
イ 本件審決は、甲4の上記記載及び【図19】、【図20】を引用し、「複数のオブジェクトを配置した回転可能なオブジェクトホイールの一部をスクリーン上に表示することが記載されている」(7頁7行~8行)と認定した。しかし、上記記載及び【図19】、【図20】の図示によれば、甲4の「オブジェクトホイール」は、円筒状のものであって、「平面内で回転させる」ものではない。
(4)ア 甲5(特開平8-30587号公報)には、図面(別紙参照)と共に以下の記載がある。
・・・(【0025】~【0027】)・・・
イ 本件審決は、甲5の上記記載及び【図5】、【図16】を引用して、「1~Mのアイコンの内、9個のアイコンを回転移動可能にキャラクタの周りに配置して画面に表示することが記載されている」(7頁9行~11行)と認定した。
しかし、上記記載及び図示によれば、甲5において、操作アイコンとして色パレットアイコン306が9個、キャラクタのまわりに配置され、左右キー操作に対して色パレットアイコン306は左または右に回転移動するものであるが、表示される色パレットアイコンは、M個のうちの9個である。ここで、Mが9より大きい場合、9個の色パレットアイコンは仮想的な環の上に配置されて回転移動するが、残りのM-9個の色パレットアイコンは、仮想的な環の上に配置されていないことは明らかである。そうすると、甲5においては、M個の色パレットアイコンの全てが仮想的な環の上に配置されるものではないから、M個のうちの9個の色パレットアイコン回転移動して表示することは、「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」とはいえない。
また、Mが9以下の場合、仮想的な環の上に配置される色パレットアイコンは、キャラクタのまわりに全部表示されるから、「仮想的な環の一部」を表示するものではない。
以上から、甲5においては、Mが9より大きい場合、9以下の場合のいずれの場合であっても、「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」ものと認めることはできない。
(5) 上記のとおり、本件審決が周知技術の認定に当たって例示した甲2~甲4は、「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」ものではない。また、甲5は、円環状に配置された部分以外に表示されないアイコンがあり、「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」ことが記載されているとはいえない。
したがって、本件審決が証拠として引用した甲2~甲5からは、「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」ことが周知技術であると認定することはできず、本件審判において、ほかに上記事項を周知技術と認めることができる証拠はない。
被告は、甲3~甲5の記載を引用し、複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示させることにより、図形が回転移動されてスクリーンに順次表示され1回転すると元に戻るようにして、ユーザが図形を選択できるようにすることは、周知技術であると主張するが、甲3の【0044】の記載は「装置が回転すると、メニューが画面内を移動する」のであって、メニューが回転するものではないし、【0048】の記載は「ドラム状のメニュー」の回転であって、「平面内で回転する」ものではなく、甲4及び甲5も「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」ものでないことは上記のとおりである。
(6) 以上検討したところによれば、「複数の図形の一部を表示するために、複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示すること」が周知技術であるとした本件審決の認定は誤りであり、取消事由2は理由がある。
2 取消事由3(本願補正発明と引用発明との相違点についての判断の誤り)について
(1) 本件審決の周知技術の認定が誤りであることは上記のとおりであるから、「上記周知技術に基づいて、引用発明の仮想的な環をスクリーンを含む平面内で回転させるように構成し、前記仮想的な環の一部は前記スクリーン内に含まれるようにして本願補正発明のように構成することは当業者が容易になし得ることである」(7頁14行~17行)とした本件審決の判断も誤りであることは、原告主張のとおりである。
(2) 原告は、仮に、「複数の図形の一部を表示するために、複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示すること」が周知技術であるとしても、この周知技術に基づいて引用発明を本願補正発明のように構成することには阻害要因があり、容易想到ではない旨主張するので、引用発明からの容易想到性について、念のため、以下検討する。
ア 認定
(ア) 本願補正発明について
a 本願補正発明の特許請求の範囲は、前記第2、2(1) のとおりである。
b 本件明細書等には、図面(別紙参照)と共に以下の記載がある(甲6)。
・・・(【0001】、【0004】~【0007】、【実施例】、【0011】)・・・
c 上記記載及び図示によれば、本願補正発明は、複数の図形を表示しなければならないスクリーンと、それらの図形を動かすための移動手段とを有して成る電子装置に関し、スクリーンが小さいのに対し、項目又はアイコンを持つメニューが豊富にあっても、表示しようとするこれらのアイコンを知覚できるようにするものである。このため、種々の異なる図形を1つの環内に置き、移動手段により、可視化しようとする図形を回転させ、位置をずらせて提示することにより、小さいスクリーン上で見やすく、相互に区別して認知できるようにしたものである。したがって、本願補正発明は、多数のアイコンの一部のみを表示することにより多数の図形を含むメニューなどのGUIを実現する効果(以下「効果1」という。)を奏するものである。
また、本願補正発明における「環」は、種々の異なる図形を配置可能であって、回転させ、位置をずらせて提示する仮想的なものを意味するものと認められる。そして、「前記仮想的な環を、前記スクリーンを含む平面内で回転させるように構成され」ることにより、スクリーンに表示されるアイコンがスクリーンを含む平面内で回転移動する様子から、環の大きさ(半径)の直感的な把握が可能となるとの効果(以下「効果2」という。)を奏するものであることが理解できる。
(イ) 引用発明
a 引用刊行物(甲1)には、図面(別紙参照)と共に以下の記載がある。
・・・(【0001】、【0003】、【0005】、【0032】~【0035】)・・・
b 上記記載及び図示によれば、引用発明は、表示画面の大きさに制限があり、全てのメニューアイテムを表示できないものにおいて、メニューアイテムを円筒形に配置し、ユーザに対して、常に選択しやすい数のメニューアイテムのみを表示するとともに、メニューアイテムの数が増加した場合、円筒形の半径を大きくすることで、ユーザにメニューアイテムの増加を意識させずに、より多くのメニューアイテムを提供することができるものである。そして、円筒は、円周方向においては閉じた曲面となっているので、例えば右方向にメニューアイテムを探し、所望のものが見つからないとき、初めのメニューアイテムが表示された状態に自動的に戻るものである。したがって、引用発明は、本願補正発明と同様、効果1を奏するものである。
しかしながら、引用発明においては、スクリーンに表示されるメニューアイテムは、平面内で回転移動するものではなく、円筒形に配置されて、円周方向に回転移動するものであるから、ユーザにメニューアイテムの増加を意識させるものではなく、円筒の大きさの直感的な把握が可能となるものではないから、効果2を奏するとはいえない。
イ 検討
上記のとおり、引用発明の「円筒」は仮想的なものであって、本願補正発明の「仮想的な環」に相当すると認められるが、本願補正発明においては、「前記仮想的な環を、前記スクリーンを含む平面内で回転させるように構成され」ているから、スクリーンに表示されるアイコンがスクリーンを含む平面内で回転移動する様子から、環の大きさの直感的な把握が可能となる(効果2)。これに対し、引用発明においては、スクリーンに表示されるメニューアイテムは、平面内で回転移動するものではなく、円筒形に配置されて、円周方向に回転移動するものであるから、円筒の大きさの直感的な把握が可能(効果2)となるものではない。そして、仮に、「複数の図形の一部を表示するために、複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」との先行技術が存在するとしても(ただし、本件においては認定できない。)、引用発明は、「2次元的なユーザインタフェースには、表現力に限界がある」という認識に基づき、「複数のメニューを3次元的に表示」するものであるから、引用発明に上記先行技術を適用する動機づけはなく、引用刊行物の「2次元的なユーザインタフェースには、表現力に限界がある」との記載は、引用発明に「2次元的なユーザインタフェース」に係る上記先行技術を適用するに当たって、阻害要因になるものと認められる。
したがって、「上記周知技術に基づいて、引用発明の仮想的な環をスクリーンを含む平面内で回転させるように構成し、前記仮想的な環の一部は前記スクリーン内に含まれるようにして本願補正発明のように構成することは当業者が容易になし得ることである」(7頁14行~17行)とした本件審決の判断は、仮に、本件審決の認定した周知技術と同様の先行技術が存在するとしても、誤りである。
(3) 以上検討したところによれば、本願補正発明と引用発明との相違点について容易想到とした本件審決の判断は誤りであり、取消事由3は理由がある。
【所感】
引用発明には「2次元的なユーザインタフェースには、表現力に限界がある」と記載されている以上、引用文献に「複数の図形を含む仮想的な環の一部をスクリーンを含む平面内で回転させるように表示する」構成を組み合わせることには技術的な阻害要因が存在すると考える。よって、裁判所の判断は妥当であると考える。
裁判所は、本願について、「スクリーンに表示されるアイコンがスクリーンを含む平面内で回転移動する様子から、環の大きさ(半径)の直感的な把握が可能となる」という効果2を認めているが、このような効果は本願明細書には明示されていないようにも思われる。
出願時に思い付かなかったような効果であっても、その効果が発明の構成から導き出せる内容であれば、引用文献との差異を示す上で十分に認めてもらえる可能性があると感じた。