美顔器事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2015.03.25
事件番号 H26(ワ)11110
担当部 東京地裁民事第29部
発明の名称 美顔器
キーワード 技術的範囲、均等論
事案の内容 特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求事件。原告の請求は棄却された。
均等論第4要件を満たさないとして請求棄却された点がポイント。

事案の内容

【当事者】

(1)原告:株式会社 遊気創健美倶楽部

http://www.yuuki-club.net/info/index.html

 

(2)被告:株式会社 MTG

http://www.mtg.gr.jp/aboutus/corporate/overview.html

 

【本件特許権】

(1)

特許番号 第4277306号

出願日 平成19年11月8日

 

(2)本件特許発明

A 所定量の化粧水を収納する化粧水収納カップと,

B-1 該化粧水収納カップを装備すると共に,前記化粧水収納カップから滴下された化粧水が引き込まれる導管を内蔵し,

B-2 且つ該導管の先端に設けられた噴出ノズルを有する

B-3 スプレー本体と,

C 更にこの導管内において前記滴下化粧水と混合して炭酸混合化粧水を噴出ノズルから霧状に噴出させる炭酸ガス供給用ボンベと,

D この炭酸ガス供給用ボンベと前記スプレー本体内の導管とを接続する炭酸ガス供給用パイプと,

E 而も前記スプレー本体に備えられた炭酸混合化粧水の噴出調整用摘子とで成した

F ことを特徴とする美顔器。

 

【被告の行為】

(1)被告は,遅くとも原告が本件特許権を承継した平成22年6月11日以後,被告各製品の製造,販売,及び販売の申出を行っている。

(2)被告製品

1 製品名を「炭酸ミストケア Plosion」,品番を「CMC-L1413」とする美顔器

2 製品名を「炭酸ミストケア Plosion」,品番を「CMC-L1413-W」とする美顔器

 

【争点】

(1)被告各製品の構成等

(2)被告各製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか

(3)本件特許発明についての特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか

(4)損害

 

【裁判所の判断】(抜粋)

1 争点(1)(被告各製品の構成)について

証拠(甲4~6)によれば,被告各製品の構成は,以下のとおりであると認めることができる。

 

a 所定量の化粧水を収納するボトルと,

b-1 該ボトルを装備すると共に,炭酸ガスが流れる炭酸ガス流通路を内蔵し,

b-2 且つ該炭酸ガス流通路の先端に設けられたエアノズルを有する

b-3 エアブラシと,

c 更にエアノズルの出口よりも外側において前記ボトルから吸い上げられた化粧水と混合して炭酸混合化粧水を霧状に噴出させるための炭酸ガスをエアブラシに供給する炭酸ガスカートリッジと,

d 炭酸ガスカートリッジと前記エアブラシ内の炭酸ガス流通路とを接続するエアホースと,

e 而も前記エアブラシに備えられた炭酸ガスの噴出量を調整することにより炭酸混合化粧水の噴出調整を行うエア調整用ダイヤルとで成した

f ことを特徴とする美顔器。

 

2 争点(2)(被告各製品は本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について

事案に鑑み,均等の第4要件から判断する。

 

ア 被告は,被告各製品は,乙1発明を中心とする本件特許の原出願日時点における公知技術に基づいて,容易に推考できたものであると主張する。

 

イ 乙1文献(特開平1-110304公報)には,以下の発明(乙1発明)が開示されているものと認めることができる。

 

a 所定量の皮膚用の基礎化粧料を収納する化粧料容器18と,

b-1 該化粧料容器18を接続すると共に,前記化粧料容器18から皮膚用の基礎化粧料が流入する化粧料通路3と炭酸ガスが流れる気体通路10を内蔵し,各通路は独立しており,

b-2 且つ各通路3,10の先端にそれぞれ設けられた化粧料噴射口4及び気体噴射口11を有する

b-3 吹付器1と,

c 更に前記気体通路10に流入し,前記気体噴射口11から噴射することにより前記化粧料噴射口4から前記化粧料を吸い出すと共に噴霧させるための炭酸ガスを供給する炭酸ガスボンベ19と,

d この炭酸ガスボンベ19と前記吹付器とを接続する手段と,

e 而も前記吹付器に備えられた上記化粧料の噴出量を調整する調整軸9とで成した

f 前記化粧料の吹付装置

 

ウ 被告各製品と乙1発明との対比

 

(ア) 被告各製品と乙1発明を対比すると,両者は,次の点で相違し,その余の点で一致すると認めることができる。

 

a 被告各製品のエアブラシは,炭酸ガスが流れる炭酸ガス流通路を内蔵しているのに対し,乙1発明の吹付器1は,化粧料が流れる化粧料通路3と気体が流れる気体通路10を備え,吹付器内においてそれぞれ独立した導管を有している点(以下「相違点1」という。)

 

b 被告各製品のエアブラシは,炭酸ガス流通路の先端に設けられたエアノズルを有するのに対し,乙1発明は,皮膚用の基礎化粧料が流れる化粧料通路3の先端に設けられた化粧料噴射口4,炭酸ガスが流れる気体通路10の先端に設けられた気体噴射口11を有する点,及び吹付器においてそれぞれ独立した噴射口を有する点(以下「相違点2」という。)

 

c 被告各製品は,スプレー本体に備えられ,炭酸混合化粧水の噴出量を調整するエア噴出用ダイヤルを具備するのに対し,乙1発明の調整軸9は,化粧料の噴出量を調整する点(以下「相違点3」という。)

 

d 被告各製品のエアブラシは,ボトルを「装備」する構成であるのに対し,乙1発明の吹付器1は,吹付器1と化粧料容器18との接続方法及び位置関係が明らかでない点(以下「相違点4」という。)

 

e 被告各製品は,ボトルがエアノズルの外側の下方に配置されているため,化粧水が「ボトルから吸い上げられ」るのに対して,乙1発明において化粧料容器18と吹付器1の接続方法が不明であり,化粧水が「ボトルから吸い上げられ」るものではない点(以下「相違点5」という。)

 

f 被告各製品は,「炭酸ガスカートリッジと前記エアブラシ内の炭酸ガス流通路とを接続するエアホースと」を有するのに対して,乙1発明は,高圧気体源19と吹付器1内の気体通路10とをどのように接続するか不明である点(以下「相違点6」という。)

 

エ 相違点の検討

 

(ア) 乙4文献(特開2003-88781公報)の特許請求の範囲,段落【0012】,【0023】ないし【0025】,及び図1によれば,以下の発明が開示されているものと認めることができる。

 

a 所定量の塗料を収納する塗料カートリッジ2と,

b-1 該カートリッジ2を装備すると共に,流体が流れる流体通路20a,20bを内蔵し,

b-2 且つ該流体通路20a,20bの先端に設けられた流体噴出ノズル15を有する

b-3 流体スプレー3と,

c 更に流体噴出ノズル15出口外側付近において前記カートリッジ2から吸い上げられた塗料と混合して塗料を霧状に噴出させるガスボンベ等の流体供給源と,

d ガスボンベ等の流体供給源と前記流体スプレー3内の流体通路20a,20bとを接続するホース4と,

e 而も前記流体スプレー3に備えられた流体の噴出調整を行う調整ロッド16とで成した

f 塗装スプレー装置。

 

(イ) 相違点1について

相違点1は,エアブラシ(吹付器)に内蔵される流通路の構成についての違いであり,被告各製品では,エアブラシが噴射媒体である炭酸ガスの流通路のみを内蔵するのに対し,乙1発明では,吹付器が炭酸ガスの流通路及び化粧水の流通路を独立して内蔵している。しかし,上記(ア)認定のとおり,乙4文献には,スプレーが噴射媒体である流体の流通路のみを内蔵する構成が開示されており,この構成は,流通路を通る噴射媒体が炭酸ガスであるか流体であるかの違いを除いては,相違点1に係る被告各製品の構成と同一であると認めることができる。

そうすると,乙1発明において,吹付器に内蔵される流通路の構成につき,乙4発明の構成を適用して,被告各製品の構成とすることは,当業者であれば,容易に推考し得たものというべきである。

 

(ウ) 相違点2について

相違点2は,エアブラシ(吹付器)の有するノズル(噴射口)についての構成の違いであり,被告各製品では,エアブラシが噴射媒体である炭酸ガスを噴射するノズルのみを有するのに対し,乙1発明では,吹付器が炭酸ガス及び化粧水のそれぞれの噴射口を有する。しかし,上記(ア)認定のとおり,乙4文献には,スプレーが噴射媒体である流体のみを噴射するノズルを有する構成が開示されており,この構成は,噴射されるものが炭酸ガスであるか流体であるかの違いを除いては,相違点2に係る被告各製品の構成と同一であると認めることができる。

そうすると,乙1発明において,吹付器の噴出口の構成に,乙4発明の構成を適用して,被告各製品の構成とすることは,当業者であれば,容易に推考し得たものというべきである。

 

(エ) 相違点3について

相違点3は,エアブラシ(吹付器)の有する炭酸ガス又は化粧料の調整に係る構成についての違いであり,被告各製品では,エアブラシが噴射媒体である炭酸ガスの噴出量を調整することにより,噴射する目的物である炭酸混合化粧水の噴出量を調整することができるエア噴出用ダイヤルを有するのに対し,乙1発明では,吹付器が化粧料の噴出量を調整する調整軸を有する。しかし,上記(ア)認定のとおり,乙4文献には,噴射媒体である流体の噴出量の調整を行う調整ロッド16を有する構成が開示されており,結果として,噴射する目的物の噴出量を調整することができるから,上記構成は,噴射媒体及び噴射する目的物の違いを除いては,相違点3に係る被告各製品の構成と同一であると認めることができる。

そうすると,乙1発明において,噴射媒体である炭酸ガス及び噴射する目的物の噴出量を調整する構成につき,乙4発明の構成を適用して,被告各製品の構成とすることは,当業者であれば,容易に推考し得たものというべきである。

 

(オ) 相違点4について

相違点4は,化粧水(化粧料)の入った容器とエアブラシ(吹付器)の接続方法の構成についての違いであり,被告各製品は化粧水の入ったボトルが,エアブラシに装備されているのに対し,乙1発明は,吹付器に対する化粧料容器の接続方法及び位置関係が不明である。しかし,上記(ア)認定のとおり,乙4文献では,塗料の入ったカートリッジがスプレーに装備されている構成が開示されており,この構成は,容器に入っているものが化粧水であるか塗料であるかの違いを除いて,被告各製品の構成と同一であると認めることができる。

そうすると,乙1発明において,化粧料容器の接続方法の構成につき,乙4発明の構成を適用して,被告各製品の構成とすることは,当業者であれば,容易に推考し得たものというべきである。

 

(カ) 相違点5について

相違点5は,吹き付けられる化粧水(化粧料)の供給方法の違いであり,被告各製品では化粧水はボトル内部から吸い上げられるのに対し,乙1発明では化粧料容器の接続方法が不明であることから,化粧料の供給方法も明確ではない。しかし,上記(ア)認定のとおり,乙4文献では,塗料がカートリッジから吸い上げられる構成が開示されており,この構成は,供給されるものが化粧水であるか塗料であるかの違いを除いて,被告各製品の構成と同一であると認めることができる。

そうすると,乙1発明において,化粧料の供給方法の構成につき,乙4発明の構成を適用して,被告各製品の構成とすることは,当業者であれば,容易に推考し得たものというべきである。

 

(キ) 相違点6について

相違点6は,炭酸ガスカートリッジ(高圧気体源)と炭酸ガス流通路(気体通路)の接続方法についての違いであり,被告各製品では,炭酸ガスカートリッジと炭酸ガス流通路がエアホースで接続されるのに対し,乙1発明では,高圧気体源と気体通路の接続方法が不明である。しかし,上記(ア)認定のとおり,乙4文献では,流体供給源と流体通路がホースで接続される構成が開示されており,この構成は,噴射媒体となるものが炭酸ガスであるか流体であるかの違いを除いては,被告各製品の構成と同一であると認めることができる。

そうすると,乙1発明において,高圧気体源と気体通路の接続方法につき,乙4発明の構成を適用して,被告各製品の構成とすることは,当業者であれば,容易に推考し得たものというべきである。

 

(ク) 動機付けについて

原告は,乙1発明は,役者やモデルのような舞台に上がる者を対象としたメイクアップの技術であるのに対し,乙4発明は,模型等を対象とした塗装技術であって,技術分野が全く異なること,また,乙1発明と乙4発明の解決課題が異なることから,乙1発明に乙4発明を適用する動機付けがないと主張する。

しかし,証拠(乙1)によれば,乙1文献の「問題点を解決するための手段」には,「本発明者は,上記の問題点を解決するために,化粧料を,手作業によって塗布する代りに,工業的に吹き付けることに気が付き,塗料を噴霧して吹き付けるのと同様な方法によって化粧料を噴霧して吹き付けることを考え付いたのである。」との記載があり,この記載はまさに,塗料を噴霧して吹き付ける塗装技術を,化粧料を吹き付ける技術に応用することが可能であることを示唆するものであると認めることができる。

したがって,上記記載に照らせば,化粧料の吹付けに関する乙1発明に塗装技術である乙4発明を適用する動機付けがあるというべきであり,これに反する上記原告の主張は採用することができない。

 

その他,原告は,乙1発明に乙4発明を適用することに対する阻害要因として,①乙1発明は,放出される高圧気体が常に一定であるのに対し,乙4発明は,スプレー本体で気体の流量の調整を行う,②乙1発明は,気体のみの噴出を予定しているのに対し,乙4発明は,ガスと塗料の混合を前提とするなどと主張するが,いずれも上記認定を左右するものであるということはできない。

 

オ したがって,相違点1ないし6に関する被告各製品の構成はいずれも,本件特許の原出願時点で,乙1発明に乙4発明を適用することにより,当業者が容易に推考し得たものというべきであるから,均等のその余の要件について判断するまでもなく,被告各製品が本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属すると認めることはできない。

 

【所感】

乙1発明の「問題点を解決するための手段」は、乙1発明と乙4発明とを組み合わせることが「可能」であることを示したに過ぎない、換言すれば、乙1発明(美顔器)と乙4発明(塗装スプレー装置)との技術分野の垣根を取り払ったに過ぎない、と考えることができる。原告は、乙1発明の「問題点を解決するための手段」の記載だけでは、乙1発明と乙4発明とを組み合わせることが「容易」(動機付けあり)であると認定するには足りない、と主張する余地があったのではないかと考える。