経路広告枠設定装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2013.12.25
事件番号 H25(行ケ)10109
担当部 知財高裁 第1部
発明の名称 経路広告枠設定装置,経路広告枠設定方法及び経路広告枠設定プログラム
キーワード 進歩性
事案の内容 本件は,拒絶審決に対する取消訴訟において、審決が取り消された事案。
引用例1と引用例2とを組み合わせたとしても本願発明の構成に至らないと判断された点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成20年 1月11日 出願(特願2008-4123)

平成23年 6月 7日 拒絶理由通知

平成23年 9月21日 拒絶査定

平成23年12月21日 審判請求+手続補正

平成25年 1月11日 意見書+手続補正(本願発明)

平成25年 3月 4日 請求不成立審決

 

【審決の理由の要点】

審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は,本願発明は,特開2002-156234号公報(甲1。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例1発明」という。),特開2004-30571号公報(甲2。以下「引用例2」という。)の記載事項及び周知事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたというものである。

 

【本願発明】(下線は、引用例1との相違点。筆者が付した。)

[請求項1]

通信ネットワークを介して接続された広告主の端末から、地図上の経路に関する線描写によって前記端末で設定された経路情報を受信する経路情報受信手段と、

前記経路情報受信手段により受信した前記経路情報に広告枠を設定し、記憶部に有する経路データベースに記憶する広告枠設定手段と、

前記経路情報に広告枠が設定された後に、ユーザの端末の位置情報を取得する位置情報取得手段と、

前記位置情報取得手段により取得された前記位置情報を含む前記経路を、前記経路データベースから特定する経路特定手段と、

前記広告枠に対応する広告情報を記憶する広告データベースから、前記経路特定手段により特定された前記経路に関連する広告枠の広告情報を抽出して前記ユーザの端末に送信する広告情報送信手段と、

を備える経路広告枠設定装置。

 

【審決が認定した引用例1発明の内容】

広告主に割り当てられた情報端末装置33は,通信回線を介して基地局31のコンピュータ31bと接続され,広告枠の入札条件を基地局31に送信し,

広告主が供給する広告情報と地図上のエリア情報の対応情報を格納するデータベース31cと,

ナビゲーション装置1から送信された現在位置と,現在位置が含まれる地図上のエリアに対応する広告情報がデータベース31cから読み出されて,ナビゲーション装置1に送信するコンピュータ31bを備える移動体広告システム。

 

【引用例2の段落0060,0061】

位置に基づく広告メッセージの伝達を容易にするための別の方法は,広告メッセージを伝えることができる位置に通行可能な道路沿いの地点を指定することである。この方法により,地理的領域内の道路に沿った「仮想広告掲示板」の位置が設けられる。次に,ナビゲーション・サービス・プロバイダは,広告主と契約を結び,設けられた「仮想広告掲示板」の位置を通過するエンドユーザにメッセージを伝える。この実施形態によると,道路区間沿いの特定位置に仮想広告掲示板の位置を指定することができる。

・・・エンドユーザの位置が仮想広告掲示板の位置を通過すると,広告メッセージがエンドユーザに与えられる。

 

【審決が認定した本願と引用例1との相違点】

本願発明が,広告枠を経路情報に設定し,経路データベースに記憶し,経路データベースによって経路を特定する経路特定手段を有していて,経路特定手段によって特定された経路に関連する広告枠を抽出していて,その経路は線描写で設定されるのに対して,引用例1発明では,広告枠を地図上のエリアに設定して,データベース31cに記憶し,現在位置が含まれる地図上のエリアに対応した広告情報を読み出していて,エリアについてはどの様に設定しているかは明示されていない点。

 

【原告主張の取消事由】

取消事由1:手続違背 (←判断されず)

取消事由2:引用例1発明の認定の誤り (←判断されず)

取消事由3:一致点及び相違点の認定の誤り (←判断されず)

取消事由4:引用例2の記載事項の認定の誤り

取消事由5:容易想到性判断の誤り

 

【裁判所の判断】

・・・

(1) 本願発明の解決課題及び解決手段について

本願発明は,車等の移動体に搭載されたナビゲーション装置を介して,移動体が走行する経路等の周辺の施設等に関する広告情報を提供する移動体広告システムにおける経路広告枠設定装置に関する発明である。従来の移動体広告システムは,移動体の位置や,予めユーザが目的地を登録することにより決定された経路に応じて広告情報を配信するものであったが,配信する広告情報が地図上の各エリアに対応付けられていたため,移動体が所定の経路を外れても,エリア内であれば,エリアに対応付けられた広告情報が配信されてしまうという解決課題があった本願発明は,エリアに代えて地図上の経路に応じて広告情報を配信可能な経路広告枠設定装置を提供することを目的とするものである。

・・・

(2) 容易想到性の有無

引用例1発明は,広告枠を地図上のエリアに設定し,広告主が供給する広告情報と地図上のエリア情報の対応関係をデータベースに記憶し,現在位置が含まれる地図上のエリアに対応した広告情報をデータベースから読み出して,ナビゲーション装置に送信するという,移動体広告システムの発明であり,本願明細書が言及するとおり,移動体が所定の経路を外れても,エリア内であれば,エリアに対応付けられた広告情報が配信されてしまうとの未解決の課題を残した発明である。

他方,引用例2は,車載ナビゲーション・システム等を使用した,位置に基づく広告の提供方法に関する発明を記載したものである。引用例2には,広告メッセージを伝えることができる位置として,通行可能な道路沿いの特定位置を「仮想広告掲示板」の位置として指定し,ナビゲーション・サービス・プロバイダは広告主との契約に基づき,設けられた「仮想広告掲示板」の位置を通過するエンドユーザに広告メッセージを伝えるとの技術事項が記載開示されている引用例2に記載された上記技術は,通行可能な道路沿いの特定位置を通過するユーザに対して,広告メッセージを伝えるものであり,広告メッセージが送信されるのは,ユーザが特定の位置を通過した時点である。

広告枠を地図上のエリアに設定し,広告主が供給する広告情報と地図上のエリア情報の対応関係をデータベースに記憶し,現在位置が含まれる地図上のエリアに対応した広告情報をデータベースから読み出して,ナビゲーション装置に送信するという発明である引用例1発明と,通行可能な道路沿いの特定位置を「仮想広告掲示板」の位置として指定し,位置を通過するエンドユーザに広告メッセージを伝えるとの引用例2に記載された技術事項を組み合わせたとしても,本願発明における地図上の経路に広告枠を設定するとの構成に至ることはない。また,引用例1発明に引用例2の記載事項を組み合わせても本願発明における上記構成に至らない以上,経路を線描写によって設定することが周知事項であったとしても,引用例1発明に引用例2の記載事項及び上記周知事項を組み合わせることにより本願発明の上記構成に至ることはない。

したがって,広告枠を地図上の経路に対して設定することが引用例2の段落【0060】及び【0061】の記載並びに図11から出願前公知であるとして,経路を線描写によって設定することが周知事項であることを考慮し,引用例1発明の地図上のエリアとして引用例2の記載事項にあるような道路区間(経路)を採用し,相違点の構成とすることが当業者において容易になし得ることであるとした審決の判断には誤りがある。

 

(3) 被告の主張に対して

被告は,引用例2における「道路区間」は本願発明における「経路」に相当し,引用例2には「道路(経路)に対して広告を設定すること」が記載されているのであるから,引用例1発明に引用例2に記載の技術事項を採用して,相違点に係る構成に至るのは容易であると主張する。

しかし,引用例2に記載された「道路区間」の語は,仮想広告掲示板を設定する「道路区間」沿いの位置を特定する文脈の中で用いられたものであって,広告枠を設定する対象を意味するものとして用いられた語ではない。したがって,引用例2における「道路区間」と本願発明における「経路」とは,技術的意義において相違する。引用例2においては,移動体が当該道路区間上を移動中であったとしても,当該特定位置に至らない限り,広告メッセージは配信されないのであるから,「広告枠を経路情報に設定」することが記載されているとはいえず,被告の主張は失当である。

 

・・・

以上によると,原告主張の取消事由4及び5には理由があり,その余の点を判断するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼす誤りがある。よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

 

【所感】

 判決では、引用例1と引用例2を組み合わせたとしても本願発明の構成に至らないと判断され、また、引用例2における「道路区間」と本願発明における「経路」とが技術的意義において相違する、と判断されている。しかし、これらの判断の明確な理由が判決文に記載されているとは言い難い。

 また、本願の請求項1の「経路情報に広告枠を設定し」という記載だけでは、経路全体に広告が設定されているのか否かが不明であり、引用例2の態様(道路区間内の特定の位置に広告が設定されている)も包含しているように解釈できなくもない。

 よって、本件は、結論において妥当であると考えるが、その判決に至った理由がもう少し丁寧に説明されていればよかったのではないだろうか。

以上