経皮的分析物センサを適用するためのアプリケータ 審決取消請求事件

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  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2024.01.22
事件番号 R5(行ケ)10024
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 経皮的分析物センサを適用するためのアプリケータ
キーワード 新規性
事案の内容 本件は、拒絶審決の取り消しを求める審決取消訴訟において、審決時の本願発明と引用発明との一致点・相違点の認定に誤りがあると判断されて、審決が取り消された事案である。

事案の内容

【手続の経緯】
平成30年 6月18日 原出願(特願2019-570026号)(優先日:平成29年6月18日、優先権主張国:米国)
令和 3年 7月30日 拒絶査定
令和 3年12月10日 拒絶査定不服審判請求(不服2021-17054号)、同時に特許請求の範囲を補正(以下、「本件補正」と呼ぶ)
令和 4年10月24日 補正を却下した上で拒絶審決
令和 4年11月 7日 審決謄本送達
令和 5年 3月 7日 審決取消訴訟提起
 
【特許請求の範囲】
 本件補正後の請求項1の記載は、下記の通りである。以下の説明では、本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明1」、「本願発明1」あるいは「本願補正発明」と呼ぶ。
(筆者注記:下線は本件補正による補正箇所を示している。符号(A)~(G)は筆者が付した)
【請求項1】
(A)皮膚上アセンブリを受容者の皮膚に適用するためのアプリケータであって、前記アプリケータが、
(B)前記皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された挿入アセンブリと、
(C)前記挿入アセンブリを受容するように構成されたハウジングであって、前記皮膚上アセンブリが通過するように構成される開孔を備える、ハウジングと、
(D)作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材と、
(E)前記ハウジングの内部環境と前記ハウジングの外部環境との間に滅菌バリアおよび蒸気バリアを提供するように構成された封止要素と、を備え、
(F)前記開孔を封止する前記封止要素が、前記作動部材も封止するように構成されている、
(G)アプリケータ。
 
【審決の概要】
 引用文献(特表2013-523216号公報)に記載された引用発明における「針キャリア434」が、本願発明の「作動部材」に相当すると認定し、「本願補正発明1と引用発明とに相違点は存在せず、本願補正発明1は、引用発明である。仮に本願補正発明1と引用発明に相違点があるとしても、本願補正発明1は、引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本願補正発明1は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものに該当しない」として本件補正を却下した上で、新規性欠如および進歩性欠如を理由に拒絶審決がなされた。
 
【裁判所の判断】(筆者注記:以下の下線は重要箇所を示している)
第5 当裁判所の判断
(中略)
3 取消事由2(本願発明1に係る本件補正における独立特許要件に関する対比及び判断の誤り)について
(1) 引用発明について
ア 甲1の記載
平成25年6月17日に公表された甲1(特表2013-523216号公報)には、別紙2「甲1の記載(抜粋)」のとおりの記載がある。
イ 引用発明の認定
 前記アの記載によると、甲1に記載されている引用発明の内容は、前記第2の3(2)イのとおりであると認められる。
(2) 本願補正発明1の「作動部材」の意義
本願補正発明1の特許請求の範囲には、「作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材」との記載がある。この記載によると、「作動部材」とは、挿入アセンブリを作動させて、皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を受容者の皮膚に挿入するようにするものである。
イ 次に、本願明細書の記載について検討する。
(ア) 「ハウジング104の側面は、作動部材(図1A~図1Cには図示せず)を受容するように構成された開口120をさらに備えてもよい。・・・ハウジング104の側面上に作動部材を設けることにより、アプリケータ100は、皮膚上アセンブリ102の容易な片手展開を受容者に提供することができる。」(【0049】)及び【図1A】の各記載によると、ハウジングの側面に作動部材を設けることにより、本願補正発明1のアプリケータの受容者(利用者)が、容易に片手でアプリケータを展開することができるのであるから、受容者が、片手でアプリケータを保持し、ハウジングの側面にある「作動部材」を押して挿入アセンブリを作動させて、皮膚上アセンブリを皮膚に挿入させて使用することが想定されている。なお、本願明細書【0074】にも上記同様の記載がある。
(イ) 「アプリケータ200は、作動時に、挿入アセンブリ118(図1Bを参照)に、皮膚上アセンブリ102(図1Bを参照)の少なくとも一部分を、開孔106を通して受容者の皮膚に挿入するように構成された作動部材250(例えば、押しボタン)をさらに備えてもよい。・・・取り外し可能なキャップ212は、作動部材250を包むハウジング204の遠位部分を覆う。このように作動部材250を包むことは、偶発的な作動を防ぐことができる。」(【0070】)、【図1B】及び【図2B】の各記載によると、作動部材は例えば「押しボタン」であり、これをキャップで包むことによって偶発的な作動を防止することが想定されている。
(ウ) 「封止層764は、作動部材750(すなわち、キャップ)とハウジング704との間に配設される。作動部材750は、キャップを遠位方向に移動させることによって作動されるように構成される。」(【0085】)及び【図7B】の各記載によると、作動部材はキャップ自体である場合があり、作動部材であるキャップを押すなどして移動させることにより、挿入アセンブリを作動させることも想定されている。なお、【0090】及び【図8B】によると、「入れ子式キャップ」を作動部材とする例もある。
(エ) 「図11Aに示されるように、可撓性部材1160は、可撓性セクション1162が押されると作動部材1150が作動するように、作動部材1150の上に配設されるように構成された可撓性部材1162を備えてもよい。」(【0096】)及び【図11A】の各記載によると、作動部材の上に可撓性部材が配設されて、可撓性部材を介して作動部材を押す場合も想定されている。
(オ) 「作動部材1550をさらに封止するように構成された剥離可能層1524を含む・・・アプリケータ1500は、剥離可能層1524を除去し、それによって開孔106および作動部材1550の両方を露出させることによって使用の準備ができる。」(【0102】)及び【図15B】の各記載によると、作動部材を封止する剥離可能層を除去して、作動部材を露出させると使用の準備ができるのであるから、露出した作動部材を利用者が押すなどして作動させることが想定されている。なお、作動部材が露出することで準備ができる旨の記載は本願明細書の【0103】、【0104】、【0105】、【0125】にもある。
(カ) 「作動部材3650をユーザが押して、内部挿入アセンブリをトリガすることができる。」(【0107】)及び【図36B】の各記載によると、利用者が作動部材を押して挿入アセンブリを作動させることが想定されている。作動部材を押す旨の記載は本願明細書の【0108】、【0109】、【0117】、【0132】にもある。
(キ) 以上を総合すると、本願明細書においては、「作動部材」は、押しボタンやキャップなど利用者が直接又は可撓性部材を介して押したり移動させたりすることができる部材であって、これを移動させることがトリガとなって、挿入アセンブリが作動することとなる部材を指すものと解するのが相当であり、このような理解は、作動部材が挿入アセンブリを「作動させる」ものであるという特許請求の範囲の記載とも整合する。そして、本願明細書にはこれに反する記載はない。
ウ したがって、本願補正発明1における「作動部材」は、当該部材に対する押すなどの作用がトリガとなって、挿入アセンブリが作動することとなる部材を指すと認めるのが相当である。
(3) 引用発明における「作動部材」
 引用発明(前記(1)イ)においては、ユーザが「ハンドル402」を押下すると、「針キャリア434」が移動し、これによって針ハブ及びこれから延出する鋭利部材424が、センサ14のセンサ挿入部30を、被験者の皮膚Sの皮下部分内に運ぶから、ユーザが、「ハンドル402」を押下することがトリガとなって、挿入アセンブリに相当する「針ハブ及び鋭利部材424」が作動することとなるものと認められる。そうすると、引用発明において、本願補正発明1の「作動部材」に相当するものは「ハンドル402」である。
(4) 本願補正発明1の構成Fについて
 前記(2)及び(3)を前提として検討すると、引用発明における「ハンドル402」は本願補正発明1の「作動部材」に相当するところ、「ハンドル402」はアプリケータの最上面に存在しており、ハンドル402の円筒状の壁の遠位端の開口部を封止する「キャップ404」が、ハンドル402を覆っているものではないから(甲1【図47】参照)、引用発明においては作動部材が、開口部を封止する封止要素により封止されていないことが明らかである。そうすると、本願補正発明1が「前記開孔を封止する前記封止要素が、前記作動部材も封止するように構成されている」のに対し、引用発明はそのような構成を有していない点において両者は相違することになる。確かに引用発明においても、挿入アセンブリの動作が制限されることにより、ハンドル402の押下が制限され、結果的に作動部材の偶発的作動を防ぐという目的が達成されることになると考えられるが、「ハンドル402」そのものが封止されているわけではない以上、その相違する部分が引用発明の本質的部分に係るものかどうかは別として、相違点が認められることに変わりはない。
(5) 小括
 そうすると、本願補正発明1と引用発明が同じであるとはいえないから、本願補正発明1に、独立特許要件としての引用発明に基づく新規性欠如の拒絶理由があるということはできない。
 そうすると、本願補正発明1が引用発明と同じであるとした本件審決の判断には誤りがある。また、本件審決は、仮に本願補正発明1と引用発明に相違点があるとしても容易に発明することができたとしたが、当該判断が前提とした相違点は何ら特定されておらず、本件審決では前記相違点に関する具体的検討がされていない以上、少なくとも、独立特許要件違反に関する本件審決の判断は不十分であったといわざるを得ない。したがって、本願補正発明1について独立特許要件違反を理由に本件補正を却下した本件審決の判断には誤りがあるから、取消しを免れない。
(中略)
第6 結論
 以上の次第で、原告の請求は理由があるから本件審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
 
【所感】
 本事案では、明細書に記載されているように、「作動部材」が、押しボタンであったり、キャップであったり、あるいは、利用者が直接押下する部材であったり、可撓性部材を介して利用者が間接的に押下する部材であったりと様々な形態が考えられるため、発明特定事項である「作動部材」を構造で記載するのは容易でない。このような場合には、本事案のように、発明特定事項を機能的表現で記載するのは有効な手段であるが、引用発明との対比の際に疑義が生じやすくなることを念頭に置く必要がある。
 なお、本事案では、裁判所は、利用者が直接押下する部材だけではなく、可撓性部材を介して利用者が間接的に押下する部材も「作動部材」に該当すると認定されている。そうすると、引用文献に記載されているハンドルを介して利用者が間接的に押下する針キャリアも「作動部材」に該当し得るようにも思われ、「作動部材」に該当するか否かの境界線が判然としないため、今後の動向を注視していきたい。