経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.03.11
事件番号 H26(行ケ)10204
担当部 第3部
発明の名称 経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具
キーワード 訂正の要件
事案の内容 無効審判における無効不成立審決に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された。
「訂正事項3によって除かれる経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」は,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえない、と判断されたことがポイントである。

事案の内容

【経緯】

出願:2006年1月30日

特許:2012年1月27日(特許4913030号)

無効審判請求:2012年5月2日

訂正請求:2013年1月22日

無効審判審決:2013年4月15日(訂正を認め特許維持)

1次審決取消訴訟:2013年5月8日(平成25年(行ケ)10134)

1次審決取消訴訟判決:2013年11月27日(審決取り消し)

訂正請求:2014年2月28日

無効審判審決:2014年8月12日(訂正を認め特許維持)

2次審決取消訴訟:2014年9月5日(本件)

 

訂正後の請求項

【請求項1】

水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,

前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,

尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤,及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)

 

【争点】

取消事由1:本件訂正を認めた判断の誤り

取消事由2:甲7発明(WO 2005/058162 A1)の認定の誤り及び新規性判断の誤り

取消事由3:実施可能要件の判断の誤り

取消事由4:サポート要件の判断の誤り

本件では、取消事由1のみ判断されています。

 

【裁判所の判断】

 当裁判所は,取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)は理由があり,審決は違法であって,取消しを免れないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

 特許法134条の2第1項ただし書は,特許無効審判における訂正は,特許請求の範囲の減縮(1号),誤記又は誤訳の訂正(2号),明瞭でない記載の釈明(3号),他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること(4号)を目的とする場合に限って許容される旨を定めているところ,訂正が特許請求の範囲の減縮(1号)を目的とするものということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるというべきである。

 これを訂正事項3について見ると,訂正事項3は,訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤」とあるのを,「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,・・・及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)」に訂正するものである。

 そうすると,本件発明は,「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,本件訂正発明も,「経皮吸収製剤」という物の発明として技術的に明確であることが必要であり,そのためには,訂正事項3によって除かれる「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」も,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であること,言い換えれば,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様が,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要というべきである。

 しかし,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様によっても,経皮吸収製剤保持用具の構造が変われば,それに応じて経皮吸収製剤の形状や構造も変わり得るものである。また,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様によるか否かによって,経皮吸収製剤自体の組成や物性が決まるというものでもない。

 したがって,上記の「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様は,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえない

 以上のとおり,訂正事項3によって除かれる「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」は,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえない。

 そうすると,訂正事項3による訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,技術的に明確であるとはいえないから,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められない。

 以上のとおり,訂正事項3が特許請求の範囲の減縮に該当するとの審決の判断には誤りがある。そして,訂正事項3は,特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものであるから,同訂正事項を含む本件訂正は一体として許容されるべきものではない(最高裁判所昭和53年(行ツ)第27号,第28号同55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁参照)。

 そうすると,本件特許に係る無効理由の有無は,本件発明について判断すべきであるところ,本件発明は甲7公報に記載された発明であって特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであることは,確定した第1次審決取消判決の判示するところである。

 したがって,本件訂正を認めた審決の判断の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,原告主張の取消事由1は理由がある。

結論

 以上によれば,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は違法であり取消しを免れない。

 よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

【所感】

 経皮吸収製剤は「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有する」と形状で特定されているので、除く部分も形状で特定すべきところ、使用態様で特定したため、形状が不明と判断されたと思われます。判決は妥当であるが、減縮であっても不明確ということで、特許権者に対しては、かなり厳しい判決であったと考えます。

 裁判所は、訂正事項の前段については、「技術的に明確であるとはいえない。」とは言っていません。従って、除くクレームの部分を「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内(前記基剤内)に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって前記基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)。としておけば良かったと思われます。あるいは、「基剤に保持された目的物質」を、「前記基剤中に超分子化して含有させることにより前記基剤に保持された、または、溶解した前記基剤中に目的物質を加えて懸濁状態とし、その後に硬化させることによって前記基剤に保持された目的物質」とする訂正、あるいは平成25年(行ケ)第10134号のP24の「目的物が基材に混合されて保持された態様」の記載を用いて「前記基剤に混合されて保持された目的物質」とする訂正をすれば良かったかもしれません。