紙容器用積層包材事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(査定係)
判決日 2011.12.08
事件番号 H23(行ケ)10139
担当部 知財高裁第4部
発明の名称 紙容器用積層包材
キーワード 進歩性、技術分野
事案の内容 拒絶査定不服審判で進歩性なしとして拒絶審決を受けた出願人が取り消しを求め、請求が認容されて拒絶審決が取り消された事案。
樹脂の押出成形に関する技術分野で周知の事項は、紙を含む製造材料からなる容器の技術分野における技術常識又は常套手段ではないと、判断した点がポイント。

事案の内容

・本願(特願2000-595898)

[請求項6(補正発明6)] 外側熱可塑性材料層,紙基材層,内側熱可塑性材料層の各構成層を少なくとも含む包材により形成された紙包装容器であって,

該内側熱可塑性材料層が,押出しラミネーション法により積層され,メタロセン触媒で重合して得られた狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン55~75重量%とマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン45~25重量%とのブレンドポリマーからなり,0.910~0.930の平均密度,示差走査熱量測定法による115℃以上のピーク融点,10~11のメルトフローインデックス,1.4~1.6のスウェリング率及び35μmの層厚の特性パラメータを有することを特徴とする液体食品用紙包装容器。

 

・審決の要旨

本件補正のうち本件補正発明1ないし4に係る部分が,当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないから特許法17条の2第3項に違反し,また,本件補正発明6は下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)から容易に想到し得たから特許法29条2項,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項に違反して独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は却下すべきものであり,さらに,本願発明6は下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

ア 引用例1:特開平9-193323号公報(甲13)

イ 引用例2:特開平7-148895号公報(甲8)

 

・取消事由

取消事由1:新規事項の追加禁止要件による判断の誤り→理由あり

取消事由2:引用発明1に基づく本件補正発明6の容易想到性に係る判断の誤り→理由あり

取消事由3:引用発明2に基づく本願発明6の容易想到性に係る判断の誤り→判断せず

 

【裁判所の判断】

 1 取消事由1(新規事項の追加禁止要件に係る判断の誤り)について

(1) 本件補正について

(前略)本件審決は,スウェリング率等の特性パラメータを持つ上に,更に,15ないし17のメルトフローインデックスの特性パラメータを持つ樹脂層を有する液体食品用紙容器用包材に係る本件補正発明1ないし4が,当初明細書に記載されていたとする理由が見当たらない旨を説示して,本件補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないと判断している。したがって,本件補正の適否は,上記の特定のうち②及び③が,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるか否かにより判断されることになる。

(2) 当初明細書の記載について(略)

(3) 本件補正と当初明細書の記載との関係について

(前略)本件補正は,いずれの点においても,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとはいえない。

(4) 被告の主張について

ア (前略)なお,被告の上記主張は,本件補正により特定された「15~17のメルトフローインデックス」を有する樹脂材料に関する当初明細書の記載部分(前記(2)オないしキ)が,当初明細書の本願発明6に関する記載部分の後に引き続いて記載されていることから,当該樹脂材料に関する記載部分が本願発明6のみに関する記載であるとの解釈に立脚するものであると推察されなくもない。しかしながら,当初明細書の前記(2)オに認定の記載部分は,本願発明6の特許請求の範囲の記載で用いられている「内側熱可塑性材料層」ではなく,本願発明1及び5の発明特定事項である「最内熱可塑性材料層」について記載しているから,本願発明6のみに関する記載ではないことが明らかである。よって,被告の上記主張は,採用できない。

イ また,被告は,当初明細書には本件補正発明1が「15~17のメルトフローインデックス」を有する旨が記載されていない旨を主張する。

しかしながら,当初明細書には,前記(2)エに認定のとおり,本願発明1ないし4及び本件補正発明1ないし4の最内熱可塑性材料層等の樹脂層が「5~20のメルトフローインデックス」を有する旨の記載がある。そして,メルトフローインデックスとは,前記のとおり,樹脂材料の熱溶融時の流動性に関する指標であるところ,本願発明1及び本件補正発明1の特許請求の範囲の記載にある「15~17のメルトフローインデックス」は,当初明細書の上記記載をより限定するものであり,当初明細書の記載を総合しても,この限定によって何らかの新たな技術的事項を導入するものとは認められないから,メルトフローインデックスを上記のように限定する補正は,明細書の範囲内においてされたものであって,当初明細書には,本件補正発明1ないし4の有するメルトフローインデックスについての記載があるとみて差し支えない。よって,被告の上記主張は,採用できない。

 

2 取消事由2(引用発明1に基づく本件補正発明6の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1) 本件補正明細書の記載について

本件補正発明は,前記第2の2(2)に記載のとおりであるが,本件補正明細書には,前記1(2)に認定の当初明細書に記載の事項に加えて,前記スウェリング率に関連して次の記載がある。

ア 「この発明の好ましい態様において,シール性最内層の,メタロセン触媒で重合して得られた狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン55~75重量%とマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン45~25重量%とのブレンドポリマーが,1.4~1.6のスウェリング率(SwellingRatio,SR)を有する。より具体的に上記パラメータを説明すると,この「膨潤・スエル」とは,押出し物がダイ・オリフィスを出た直後に横断面積が増し,押出し物の全体として体積が増大する現象と指し,この発明におけるスウェリング率とは,メルトフローレイト(MFR)測定のためのJIS試験方法における測定条件と同じ条件で,ダイから出た押出し物の横断寸法,すなわち,直径の膨張率を指す。」(【0046】)

イ 通常の包装材料をラミネートする方法には種々の方法があるが,本件補正発明による積層包材においては,押出しラミネーション法を利用すると,本件補正発明のメリットをより多く得ることができる(【0068】【0069】)。「それは,この発明による好ましい態様においては,押し出しラミネートする樹脂が,平均密度,ピーク融点,メルトフローインデックス,スウェリング率及び層厚において最適に調整された特性パラメータを有するからであり,そのために,包材製造における押出積層特性並びにそれによる良好なコンバーティング特性[を]示すからである。」(【0070】)

(2) 引用例1の記載について

(前略)引用例1には,そこに記載の発明の樹脂層が有するスウェリング率については,何ら記載がない

(3) 引用発明1に基づく容易想到性について

ア 前記1(2)及び2(1)に認定のとおり,本件補正発明6の相違点1に係る構成に示された各種の特性パラメータは,いずれも,本件補正発明の有する効果である押出積層特性及び良好なコンバーティング特性を実現するために特定されたものであると認められる。したがって,本件補正発明6の相違点1に係る構成の容易想到性の判断に当たっては,引用例1の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,引用例1に接した当業者が,上記特性パラメータを特定することを容易に想到することができたか否かを検討する必要がある。

イ そこでまず,本件補正発明6の相違点1に係る構成と前記(2)に認定の引用例1の記載とを対比する。(中略)

ウ しかしながら,本件補正発明6は,「1.4~1.6のスウェリング率」との構成を有するところ,引用例1には,スウェリング率について何ら記載がないから,引用発明1は,スウェリング率を要素としていない発明であるというほかなく,引用例1に接した当業者は,引用発明1をスウェリング率という特性パラメータによって特定するという構成について着想を得る前提ないし動機付けがない

エ 次に,引用発明1及び本件補正発明6が属する,紙を含む製造材料からなる容器の技術分野において,スウェリング率を特定することが技術常識又は常套手段であるか否かについてみると,被告は,ある物質のスウェリング率がそれを構成する樹脂やそれ以外の添加物等により影響されるもので,樹脂の製造に当たって適宜のスウェリング率とすることが本件優先権主張日前の常套手段であった(乙4~9)旨を主張する。

そこで検討すると,スウェリング率とは,樹脂の押出成形によって成形品の断面積や径が大きくなる比率を指すものと解され,樹脂の種類,成形品の形状や構造,押出速度及び押出温度などにより異なるものであって(乙1),このような現象の存在及び原因は,樹脂の押出成形に関する技術分野においては周知の事項であると認められる(乙1~3)。

 

<乙4~9の概要>

・乙4:射出成形用プロピレン系樹脂組成物、これを用いてなる自動車のバンパー、1.2以上のダイスウェル比(スウェリング率)

・乙5:ガス保持性に優れており,微細かつ均一な気泡を有し耐衝撃性等も兼ね備えた発泡体を工業的に安定して製造するのに適したポリプロピレン系樹脂組成物、1.7以上のダイスウェル比(スウェリング率)

・乙6:メルトテンション及び径スウェル比(1.35を超える。)が高く,機械強度及び剛性などに優れたエチレン系重合体組成物

・乙7:ブロー成形用ポリエチレン、1.35以下のスウェル比

・乙8:ポリエチレンの製造方法、径スウェル比が1.35を超える

・乙9:カレンダー成型用ポリプロピレン系樹脂、1.9以下のスウェル比

 

しかしながら,乙4ないし9に記載の各発明は,いずれも引用発明1及び本件補正発明6とは技術分野を異にしているから,引用発明1に接した当業者が,これらの文献の記載を参照することで,本件補正発明6の相違点1に係る構成に含まれるスウェリング率を採用することを何ら示唆するものではないばかりか,これらの文献の記載を総合しても,当該技術分野において,スウェリング率を特定することが本件優先権主張日当時の技術常識又は常套手段であると認めるに足りない。(後略)

(4) 被告の主張について

以上に対して,被告は,本件補正発明6の相違点1に係る構成のうち,スウェリング率を特定することによる効果に裏付けがない旨を主張する。

しかしながら,前記(3)ウに認定のとおり,引用例1には,スウェリング率について何ら記載がないから,引用例1に接した当業者は,引用発明1をスウェリング率という特性パラメータによって特定するという構成について着想を得る前提ないし動機付けがなく,また,前記(3)エに認定のとおり,紙を含む製造材料からなる容器の技術分野において,スウェリング率を特定することが技術常識又は常套手段であるとする根拠も見当たらない以上その効果について検討するまでもなく,当業者は,当該構成を容易に想到することができなかったものというほかない。よって,被告の上記主張は,採用できない。

 

【所感】

(1)取消事由1(新規事項の追加)について

本件では、明細書における記載事項の配置に起因する誤解から、新規事項の追加であると判断されてしまったように推察され、明細書の読み易さも重要であると改めて実感した。

(2)取消事由2(容易想到性)について

裁判所による進歩性判断の論理構成については中間対応時の主張に応用できそうであるが、容易相当性の判断結果については、被告(特許庁)の主張の方が妥当であるように考える。

被告(特許庁)によるスウェリング率を特定することによる効果に裏付けがない旨の主張に対して、裁判所は、「その効果について検討するまでもなく,当業者は,当該構成を容易に想到することができなかったものというほかない」と一蹴している。しかしながら、引用発明1と相違する本件発明の唯一の特徴は、「1.4~1.6のスウェリング率」との数値限定であることから、スウェリング率を特定することによる効果の裏付けについても検討する必要があったのではないかと考える。特に、本件明細書に記載された比較例1-1,1-2(スウェリング率1.5)および比較例1-1,1-2,2-4(スウェリング率1.49)との関係で、本件発明の効果には疑問が残る。

 

【参考】

本願明細書に記載されている実験例および比較例のスウェリング率を次に示す。

実験例1-1~1-3,2-5,3-1~3-3:スウェリング率1.5

実験例2-1,2-3:スウェリング率1.49

比較例1-1,1-2:スウェリング率1.5

比較例1-3,2-3:スウェリング率1.3

比較例1-1,1-2,2-4:スウェリング率1.49

比較例3-1:スウェリング率1.8

比較例3-2:スウェリング率1.7