紙オムツへの吸水剤の使用事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2017.03.16
事件番号 H27年(行ケ)第10247号
担当部 知財高裁第2部
発明の名称 紙オムツへの吸水剤の使用
キーワード 容易想到性
事案の内容  本件は、特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟であり、相違点1について審決の判断に誤りがあるとして、審決が取消された事案。
 甲1発明における自己架橋型の内部架橋に代えて、内部架橋型の内部架橋とすることは容易であるとされた点がポイント。

事案の内容

【原告の特許権】
特許番号    第5143073号
 
本件は無効審判中に訂正請求され、下記は訂正後の請求項1である。
【請求項1】(下線は、訂正部分)
A 吸水剤として下記の吸水剤を用いることを特徴とする,紙オムツへの吸水剤の使用。
2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤を共重合または反応させたポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物架橋体からなる吸水性樹脂を含み
C 該吸水性樹脂はその表面近傍が前記ポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物架橋体のカルボキシル基と反応し得る表面架橋剤でさらに架橋処理されてなるものであり,かつ,
D 該吸水性樹脂100重量部に対し0.0001~10重量部の配合割合で,ジエチレントリアミンペンタ酢酸,トリエチレンテトラアミンヘキサ酢酸およびこれらの塩の中から選ばれるイオン封鎖剤が配合されてなる,
E 吸水剤。
 
【審決の理由の要点】
(1) 無効事由1及び2(進歩性欠如)について
ア 甲1発明の認定
甲1には,次の甲1発明が記載されている。
「アクリル酸又はアクリル酸アルカリ金属塩等の水溶性ビニルモノマーに対して,重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム,過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合した後に,ポリビニル化合物以外の架橋剤を生成ポリマーに対して0.001~1重量%の範囲で添加反応させることによって得られた中和度が40~90モル%であるポリアクリル酸塩架橋体の重合工程後,キレート化合物をポリアクリル酸塩架橋体100重量部に対し0.001~10重量%の量で添加することによって製造された,
下記要件(1)~(3)を具備する高吸水性樹脂の,
幼児用,大人用若しくは失禁者用使い捨ておむつにおける吸収体への使用。
~略~
イ 一致点の認定
本件訂正発明と甲1発明とを対比すると,次の点で一致する。
「吸水剤として下記の吸水剤を用いることを特徴とする,紙オムツへの吸水剤の使用。
ポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物からなる吸水性樹脂を含み該吸水性樹脂は架橋剤で架橋処理されてなるものであり,かつ,該吸水性樹脂100重量部に対し0.0001〔判決注・「0.001」の誤記と認められる。〕~10重量部の配合割合でイオン封鎖剤が配合されてなる,吸水剤。」
ウ 相違点の認定
本件訂正発明と甲1発明とを対比すると,次の点が相違する。
(ア) 相違点1
架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物について,本件訂正発明は,「架橋体」からなり「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤を共重合または反応させた」ものであると特定するのに対し,甲1発明は,「アクリル酸又はアクリル酸アルカリ金属塩等の水溶性ビニルモノマーに対して,重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム,過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合し」て得られた「生成ポリマー」と特定する点。
~略~
エ 相違点1についての判断
(ア) 使い捨ておむつ等における吸収体において,内部架橋をすること,また,そのための具体的な手段として,①内部架橋剤を使用せず,重合開始剤である過酸化物や過硫酸塩を使用した自己架橋型や,②内部架橋剤を使用した内部架橋剤型があることは,当業者の技術常識である。
(イ) 甲1発明の「重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム,過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合し」て得られた「生成ポリマー」は,甲1に「過酸化物及び過硫酸塩を用いる場合には,架橋反応も伴い」と記載されていることからも,いわゆる自己架橋型の内部架橋を有するものである。
(ウ) 自己架橋により内部架橋して得られた吸収体と,内部架橋剤を使用して内部架橋して得られた吸収体とを比較すると,両者はその分子構造が異なる。
そして,使い捨ておむつ等における吸収体には,体液の高い吸収倍率,優れた吸収速度,吸引力,少ない液戻り量,あるいは通液性,膨潤ゲルのゲル強度,ゲルブロッキングの防止といった,場合によっては相反するような複数の特性を兼ね備えることが必要とされるが,これらの特性は,上記分子構造の相違によって相互に複雑に影響を受けることとなり,その結果,両者の吸収体としての特性が変化するものと認められる。
(エ) そうすると,甲1発明に接した当業者は,甲1発明における自己架橋型の内部架橋に代えて,あるいは更に加えて,内部架橋剤型の内部架橋を適用しようとはしないはずである。
したがって,甲1発明から相違点1に係る構成を想到することは困難である。
 
【当裁判所の判断】
(2) 本件訂正発明と甲1発明の対比について
前記認定によれば,本件訂正発明と甲1発明とは,審決認定のとおり,前記第2の4(1)イの点で一致し,同ウの相違点1~3で相違する。
(3) 紙オムツ等に使用される吸収体に関する技術常識について
ア 審決認定のとおり,本件優先日当時,一般に,使い捨ておむつ等における吸収体において,内部架橋をすること,また,そのための具体的な手段として,内部架橋剤を使用せず,重合開始剤である過酸化物や過硫酸塩を使用した自己架橋型や,内部架橋剤を使用した内部架橋剤型があることは,当業者の技術常識であったことは,当事者間に争いがない。
 
イ(ア) 紙オムツ等に使用される吸収体について,本件優先日前に頒布された
刊行物には,次の記載がある。
a 甲16の1(特開平5-43610号公報)
b 甲16の2(特開平5-112654号公報)
c 甲16の3(特開平5-247225号公報)
d 甲16の4(特開平8-57311号公報)
(イ) 前記(ア)によれば,本件優先日当時,紙オムツ等に使用される吸収体を,内部架橋剤を使用せず,重合開始剤である過硫酸塩を使用した自己架橋型として製造することと,内部架橋剤を使用した内部架橋剤型として製造することとは,当業者が任意に選択可能な技術であったということができる。
 
ウ(ア) 紙オムツ等に使用される吸収体について,本件優先日前に頒布された刊行物には,次の記載がある。
a 甲16の5(特開平9-12613号公報)
b 甲16の6(特開平9-77810号公報)
c 甲18の1(特開平1-318021号公報)
d 甲18の2(特開平2-153907号公報)
e 甲18の3(特開平2-199104号公報)
f 甲18の4(特開平3-20314号公報)
g 甲18の5(特開平2-253845号公報)
h 甲18の6(特開平4-36304号公報)
 
(イ) 前記(ア)によれば,本件優先日当時,前記イ(イ)のとおり,紙オムツ等に使用される吸収体を,自己架橋型として製造することと,内部架橋剤型として製造することとは,当業者が任意に選択可能な技術であったが,当業者には,自己架橋型の内部架橋は一般に吸水剤として使用するには架橋度が不足すること(甲18の1,4,5),他方,内部架橋剤型の内部架橋は,要求される性能(吸水能,吸水速度等)が自己架橋型では不十分な場合に用いることができ(甲16の5,6),吸水諸性能をバランスよく保つために必要であり(甲18の2,6),得られる重合体の架橋密度を自由に制御できること(甲18の3)が,既に知られていたものと認められる。
そうすると,本件優先日当時,自己架橋型の内部架橋と比較して,内部架橋剤型の内部架橋には,例えば,吸収体の架橋密度を制御し,吸水諸性能をバランスよく保つことができる等の利点があることが,当業者の技術常識であったということができる。
 
エ(ア) 紙オムツ等に使用される吸収体について,本件優先日前に頒布された刊行物には,次の記載がある。
a 甲12の5(特開平9-124710号公報)
b 甲12の4(特開平9-67522号公報)
c 甲12の1(特開昭59-62665号公報)
 
(イ) 前記 (ア)によれば,「重合時」に内部架橋剤を添加させると共に,「重合後」に表面架橋剤を添加すること(甲12の5),「架橋剤としてメチレンビスアクリルアミド」を混合した「重合性単量体水溶液」等により得られた「吸水性樹脂粒子」に,「ポリグリセロールポリグリシジルエーテル」を含む「表面架橋剤」を添加すること(甲12の4),周知の架橋剤である「N,N’-メチレンビスアクリルアミド」を加えて「重合後」に,周知の架橋剤である「ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル」を添加すること(甲12の5)が記載されているから,本件優先日当時,紙オムツ等に使用される吸収体を,内部架橋剤と表面架橋剤とを併用して製造することは,当業者の周知技術であったということができる。
 
(4) 相違点1の容易想到性について
ア 前記(2)のとおり,本件訂正発明と甲1発明とは,相違点1(架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物について,本件訂正発明は,「架橋体」からなり「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤を共重合または反応させた」ものであると特定するの対し,甲1発明は,「アクリル酸又はアクリル酸アルカリ金属塩等の水溶性ビニルモノマーに対して,重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム,過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合し」て得られた「生成ポリマー」と特定する点)において相違するが,甲1発明の「アクリル酸又はアクリル酸アルカリ金属塩等の水溶性ビニルモノマーに対して,重合開始剤として0.03~0.4重量%の量の過硫酸カリウム,過硫酸アンモニウムなどの過硫酸塩を使用して重合し」て得られた「生成ポリマー」は,甲1に「過硫酸塩を用いる場合には,架橋反応も伴」うことが記載されている(【0020】)ことからすると,自己架橋型の内部架橋を有するものである。
他方,本件訂正発明は,「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤」を用いた内部架橋剤型の内部架橋を有するものである。
そうすると,相違点1は,「架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物について,本件訂正発明は,『2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤』を用いた内部架橋剤型の内部架橋を有するものであるのに対し,甲1発明は,自己架橋型の内部架橋を有するものである点」(相違点1’)において相違するということができる。
イ そして,本件優先日当時,前記(3)イ(イ)のとおり,紙オムツ等に使用される吸収体を,自己架橋型として製造することと,内部架橋剤型として製造することとは,当業者が任意に選択可能な技術であり,同ウ(イ)のとおり,自己架橋型の内部架橋と比較して,内部架橋剤型の内部架橋には,例えば,吸収体の架橋密度を制御し,吸水諸性能をバランスよく保つことができる等の利点があることが,当業者の技術常識であったものと認められる。
そうすると,本件優先日当時の当業者には,甲1発明において,使い捨ておむつや生理用ナプキン等の吸収性物品に用いられる高吸水性樹脂に一般に求められる,架橋密度を制御して吸水諸性能をバランスよく保つ等の課題を解決するために,自己架橋型の内部架橋に代えて,内部架橋剤型の内部架橋を採用する動機があったものということができる。
また,相違点1’に係る容易想到性の判断は,「架橋剤で架橋処理される前の対象物であるポリアクリル酸ナトリウム塩部分中和物」について,自己架橋型の内部架橋に代えて,内部架橋剤型の内部架橋を採用することが容易想到であるかを検討すべきものであるから,後に「架橋剤で架橋処理される」こと(表面架橋)が予定されていることが内部架橋剤型の内部架橋を採用することの妨げとなるかを検討しても,前記(3)エ(イ)のとおり,本件優先日当時,紙オムツ等に使用される吸収体を,内部架橋剤と表面架橋剤とを併用して製造することは,当業者の周知技術であったと認められるから,後に表面架橋が予定されていることが内部架橋剤型の内部架橋を採用することを阻害するとはいえない。同様に,甲1に内部架橋剤と表面架橋剤とを併用する旨の記載がなかったとしても,当業者が,甲1発明において,「重合後」に架橋剤を添加することに加えて,更に架橋剤を「重合前」又は「重合時」にも添加することを想到することが困難であったとも認められない。
したがって,甲1発明において,自己架橋型の内部架橋とすることに代えて,内部架橋剤型の内部架橋とすることは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。
そして,前記(3)イ(ア)及びウ(ア)のとおり,本件優先日前に頒布された刊行物には,「2個以上の重合性不飽和基」を有する内部架橋剤を用いること(甲16の5,6,甲18の2,4,6),「2個以上の反応性基」を有する内部架橋剤を用いること(甲16の5,6)が記載され,また,「2個以上の重合性不飽和基」を有する内部架橋剤である「N,N’-メチレンビス(メタ)アクリルアミド」及び「ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート」の一方又は双方が具体的に記載されていること(甲16の1~4,甲18の6)からすれば,内部架橋剤として,「2個以上の重合性不飽和基または2個以上の反応性基を有する内部架橋剤」を選択することは,本件優先日当時の当業者が,適宜なし得ることであったということができる。__
 
【所感】
判決は妥当であると感じた。
裁判所の判断では、大量の先行文献から出願時の技術常識を認定し、その上で、容易想到性の判断がなされている。直接的に類似する発明が記載された文献が無い場合、本件のように大量の先行文献から技術常識を積み上げることによって容易想到と判断させる手法は有効であると感じた。