粒子画像分析装置事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2010.10.25
事件番号 H20(ワ)36814
発明の名称 粒子画像分析装置
キーワード 文言解釈、構成要件充足性
事案の内容 原告が、被告による被告製品の製造販売等の行為は特許権を侵害するものであると主張して差止等を請求し、請求が認容された事件。
被告製品の「3次元ヒストグラム」が構成要件1Gの「スキャッタグラム」に相当すると認められて請求が認容されたことがポイント。

事案の内容

【争点】*本レジュメでは、争点1のみを紹介
(1)争点1:被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(被告製品は構成要件1Gを充足するか)
(2)争点2:本件特許は特許無効審判において無効とされるべきものか
(3)原告の損害(争点3)

 

【原告の特許】
(1)特許番号:第3411112号
(2)出願日:平成6年11月4日
(3)登録日:平成15年3月20日(一発特許)
(4)訂正審判確定日:平成21年6月5日
(5)特許請求の範囲(請求項1の分説、下線は訂正箇所)
1A 粒子懸濁液の流れをシース液で取り囲んだ流れに変換するシースフローセルと,
1B 変換された懸濁液流に対して光を照射する光照射手段と,
1C 照射された粒子を撮像する撮像手段と,
1D 撮像された粒子像を解析する画像解析手段と,
1E 表示手段とを備え,
1F 画像解析手段は,撮像された各粒子像の面積および周囲長についての粒子データを測定し,その粒子データから粒子の粒径と円形度を算出する算出手段と,
1G 粒径による粒度頻度データに基づいてヒストグラムを作成すると共に粒径と円形度とに対応する2つのパラメータによる2次元スキャッタ頻度データに基づいて2次元スキャッタグラムを作成して表示手段にそれぞれ表示する図表作成手段と,
1H 撮像された各粒子像を格納する記憶手段と,
1I 記憶手段に格納された各粒子像を表示手段に一括表示する粒子像呼出手段とからなること
1J を特徴とする粒子画像分析装置。

 

【被告製品の構成】
被告製品の詳細構成は不明であるが、被告は、被告製品における本件発明の構成要件1Gに対応する構成は、「円相当径のヒストグラムを作成するとともに,円相当径をX軸として円形度をY軸とし頻度をZ軸とする3次元ヒストグラムを作成して表示手段にそれぞれ表示する図表作成手段を備えている」と主張。

 

【被告の主張】
「散布図scatter diagram, scattergram, scatterplot」について,「統計科学辞典」(乙2)は,「2次元観測値を平面上に表示したもの。散布図は2つの変数の間にどのような関連性があるかをみるのに重要な助けになる」と説明し,(中略)また,「散布図(scatter diagram)」について,「新編統計的方法改訂版」(乙1)は,「互いに関連する二つの変量の関係を図にプロットしたもの」と定義し(中略)ている。
一方,「ヒストグラム」とは,「JIS 工業用語大辞典【第4版】」(乙3)によれば,「測定値の存在する範囲を幾つかの区間に分けた場合,各区間を底辺とし,その区間に属する測定値の出現度数に比例する面積をもつ柱(長方形)を並べた図。区間の幅が一定ならば,柱の高さは各区間に属する値の出現度数に比例するから,高さに対して度数の目盛を与えることができる。」とされている。
(中略)(被告製品の)3次元ヒストグラムは,少なくとも,2つのパラメータを縦軸と横軸にとりデータを「点」で表したものではない以上,構成要件1Gの「スキャッタグラム」とは明確に異なる。

 

【裁判所の判断】
証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,円相当径(粒径)と円形度の頻度データを,円相当径をX軸とし円形度をY軸として,あらかじめX軸,Y軸を有限の個数(25個)に分割して作った枡目(幅を持った一定の区間)により表示する機能を有していると認められる。本件では,上記機能が,本件発明の構成要件1Gの「粒径と円形度とに対応する2つのパラメータによる2次元スキャッタ頻度データに基づいて2次元スキャッタグラムを作成して表示手段に表示する図表作成手段」に当たるか否かが問題となる。

(中略)そこで検討するに,証拠(甲14,乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,「スキャッタグラム」とは,技術用語であり,「互いに関連する二つの変量の関係を図にプロットしたもの」(乙1),「2次元観測値を平面上に表示したもの。散布図は2つの変数の間にどのような関連性があるかをみるのに重要な助けになる」もの(乙2),「2パラメータヒストグラム(測定された2つの指標(パラメーター)をX,Y軸にとり,2次元座標軸上の1つの点として表示する方法)のこと」(甲14),などと説明され,これらの文献には,スキャッタグラムの例として,2つのパラメータを縦軸と横軸にとり,データを点で表した図(乙1・図9.1.1,乙2・図43)が挙げられていることが認められる。
上記認定の各文献の記載によれば,「スキャッタグラム」とは,広義では,「互いに関連する二つの変量の関係を平面上の図に表示したもの」を意味し,狭義では,「測定された2つの指標をX,Y軸にとり,2次元座標軸上の1つの点として表示する」ものを意味するものと認められる。本件発明における「スキャッタグラム」がどのような意味を有するものであるかについては,特許請求の範囲の記載からは一義的に明確とはいえない。また,「2次元スキャッタ頻度データ」という用語が一般的なものでないことについては,当事者間に争いがない。
本件明細書の発明の詳細な説明中には,次の記載が存在する。

(中略)本件明細書の上記記載によれば,本件発明において,「粒径と円形度とに対応する2つのパラメータによる2次元スキャッタ頻度データに基づいて2次元スキャッタグラムを作成」することの技術的意義は,円相当径(粒径)と円形度による2次元スキャッタグラムと,実際の粒子像(本件発明では,撮像された粒子像を表示手段に一括表示することができる(構成要件1H,1I)。)における粒子の形態や凝集状態を,直接,使用者が評価,確認することによって,粒子の円形度や凝集度合いに関する情報を得ることにあり(段落【0020】),具体的には,円相当径と円形度による2次元スキャッタグラムにおいて,凝集粒子が分布していると考えられる領域を推定したり,ある2次元領域を設定し,その領域内又は領域外の粒子のデータだけに限定して粒度解析や円形度解析をしたり,試料中のごみや凝集粒子の分布領域を推定したり,粒子像一括表示により粒子が球形であることが確認された場合には粒子凝集度合いに関する指標を得たりすること(段落【0054】,【0056】,【0057】,【0060】)にあると認められる。このように,本件発明は,2次元スキャッタグラムの「領域」に着目して各種の推定や設定を行うものである。
また,(中略)「以上のようにして求められた頻度データおよび解析結果から,図7,図8に示すような粒度ヒストグラム,円相当径と円形度の2次元スキャッタグラム,・・・を表示する(ステップS13)。・・・図8に示すスキャッタグラム表示では,横軸をLOG変換した円相当径,縦軸を円形度としており,各分割点(ドット)の色を2次元頻度値に応じて変えるようにしている。」(段落【0050】)と説明されている。
これらの記載に鑑みると,構成要件1Gの「2次元スキャッタ頻度データ」に基づく「2次元スキャッタグラム」とは,粒径と円形度とに対応する2つのパラメータによる平面を長方形格子に分け,各格子に入る度数のデータを平面上の図に表したものを意味すると解するのが相当である。また,データが非常に多くなった場合に,1次元ヒストグラムと同様に平面を長方形格子に分け,各格子に入る度数にまとめる方法や(統計学辞典(東洋経済新報社)。乙18),2変数データのサイズが極めて大きい場合に,2つの変数を階級に分割して度数分布で表示する方法(統計入門(東大出版会)。乙20)は,統計処理の手法として,本件特許の出願当時から広く知られていたものである。

(中略)被告製品は,円相当径(粒径)と円形度の頻度データを,円相当径をX軸とし円形度をY軸として,あらかじめX軸,Y軸を有限の個数(25個)に分割して作った枡目(幅を持った一定の区間)により表示する機能を有するものである。本件発明の構成要件1Gの「2次元スキャッタ頻度データに基づいて2次元スキャッタグラムを作成(する)」の意味は上記イのとおりであるから,被告製品が同構成要件を充足することは明らかである。

 

【所感】
本件特許では、被告が主張するように、用語「ヒストグラム」と「スキャッタグラム」を使い分けているため、裁判所の判断は被告に厳しいようにも感じられる。しかし、本件特許明細書に「各分割点(ドット)の色を2次元頻度値に応じて変えるようにしている」との記載があることや、図8に記載されたスキャッタグラムにおいてもドットの粗密によって頻度が表現されること等を考慮すれば、裁判所の判断は妥当であると考える。
特許請求の範囲に一義的でない用語を使用する場合には、その用語の定義(用語がカバーする範囲)を明細書に記載しておくことの重要性を再確認させる判決である。