管状格子パターンを有するゴルフボール事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2015.4.13
事件番号 平成26年(行ケ)第10219号
担当部 知財高裁第3部
発明の名称 管状格子パターンを有するゴルフボール
キーワード 一致点および相違点の認定
事案の内容 無効審判の請求不成立審決に対する審決取消訴訟であり、審決が取り消された事案。
審決が,訂正発明1と甲第1号証とは「両者の構造や概念は,全く異なるものである」と判断したのに対し、裁判所は甲第1号証に記載された記載内容に基づいて本件訂正発明1との一致点と相違点とを判断した点がポイント。

事案の内容

【経緯】

平成12年11月16日    国際出願(PCT/US2000/031777号 優先権主張:平成11年11月18日)

平成19年3月2日        設定登録(特許第3924467号)

平成22年11月4日      無効審判請求(無効2010-800200号)

平成23年9月2日        特許無効審決

平成24年1月25日      審決取消訴訟提起(平成24年(行ケ)第10034号)

平成24年4月10日      訂正審判請求(訂正2012-390047号)

平成24年6月25日      181条2項に基づき審決取り消しの決定

平成24年9月14日      訂正を請求(本件訂正)

平成25年5月9日        本件訂正を認めるとともに特許を無効にしない 旨の審決

平成26年1月10日      特許無効審判請求(全請求項)(無効2014-800007号)

平成26年8月12日      審判の請求は成り立たない旨の審決

平成26年9月18日      審決取消訴訟提起

 

【本件訂正後の請求項1】

表面を有し,4.06cm~4.32cm(1.60in~1.70in)の範囲の直径を有する内側球体(21)と,

前記内側球体(21)の表面から延びる格子構造(42)であって,該格子構造(42)は複数の相互に連結した格子部材(40)からなり,各格子部材(40)は,第1の凹部分(54)と第2の凹部分(58)と,前記第1の凹部分(54)と第2の凹部分(58)の間に設けられた凸部分(56)を有する曲線の断面を持ち,前記凸部分(56)は頂部(50)を有し,前記格子部材(40)の底部から前記頂部(50)までの距離(h’)が0.0127cm~0.0254cm(0.005in~0.010in)の範囲であり,

前記第1の凹部分(54)と第2の凹部分(58)は0.38cm~0.51cm(0.150in~0.200in)の範囲の曲率半径(R1)

を持ち,前記凸部分(56)は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径(R1)を持ち,

前記相互に連結された格子部材(40)の頂部(50)はゴルフボールの最外部であり,

前記複数の格子部材(40)は互いに辺を共有して連結された複数の6角形状の領域(44a)と,複数の5角形状の領域(44b)とを形成し,前記複数の5角形状の領域は前記複数の6角形状の領域の一部と互いに辺を共有して連結されている,

ディンプルを伴わないゴルフボール。

 

【審決の理由の要旨】

(1)本件発明は,米国特許第4991852号明細書(甲1)記載の発明(以下「甲第1号証発明」という。)又は特開平7-289662号公報(甲10)記載の発明(以下「甲第10号証発明」という。)に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない,②本件発明1が明確でないとはいえず,よって本件発明1ないし8の記載は明確である,というものである。

(2)審決が認定した本件発明1と甲第1号証発明ないしは甲第10号証発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

(3)本件発明1と甲第1号証発明ないしは甲第10号証発明の一致点

「ゴルフボールである点のみ。」

(以下は、原告主張の取消事由1-1から抜粋)審決は,本件発明1が,内側球体と内側球体表面から延びる格子構造を備えるものであるのに対して,甲第1号証発明は本件訂正明細書の背景技術として示されているような,ボール表面にディンプル,すなわち,窪みを形成したものであり,両者の構造や概念は,全く異なるものである,と判断した上で,前記第2の3(3)及び(4)のとおりの一致点及び相違点を認定している。

 

(4)本件発明1と甲第1号証発明ないし甲第10号証発明の相違点

「本件発明1は,「表面を有し,4.06cm~4.32cm(1.60i6

n~1.70in)の範囲の直径を有する内側球体と,前記内側球体の表面から延びる格子構造であって,該格子構造は複数の相互に連結した格子部材からなり,各格子部材は,第1の凹部分と第2の凹部分と,前記第1の凹部分と第2の凹部分の間に設けられた凸部分を有する曲線の断面を持ち,前記凸部分は頂部を有し,前記格子部材の底部から前記頂部までの距離が0.0127cm~0.0254cm(0.005in~0.010in)の範囲であり,前記第1の凹部分と第2の凹部分は0.38cm~0.51cm(0.150in~0.200in)の範囲の曲率半径を持ち,前記凸部分は0.07cm(0.0275in)~0.0889cm(0.0350in)の曲率半径を持ち,前記相互に連結された格子部材の頂部はゴルフボールの最外部であり,前記複数の格子部材は互いに辺を共有して連結された複数の6角形状の領域と,複数の5角形状の領域とを形成し,前記複数の5角形状の領域は前記複数の6角形状の領域の一部と互いに辺を共有して連結されている,ディンプルを伴わない」ゴルフボールであるのに対し,甲第1号証発明及び甲第10号証発明は,ボール表面にディンプルを形成したものである点」

 

【取消事由】

原告主張の審決取消事由は以下の3つである。(今回は、取消事由1-1についての裁判所の判断を説明する。)

①取消事由1…甲第1号証発明を主引例とする進歩性判断の誤り

・・取消事由1-1(理由あり)…本件発明1と甲第1号証発明の一致点及び相違点の認定の誤り

・・取消事由1-2(判断せず)…甲第1号証発明に基づく本件発明1の容易想到性の判断の誤り

・・取消事由1-3(理由あり)…甲第1号証発明に基づく本件発明2ないし8の容易想到性の判断の誤り

②取消事由2…甲第10号証発明を主引例とする進歩性判断の誤り

・・取消事由2-1(理由あり)…本件発明1と甲第10号証発明の一致点及び相違点の認定の誤り

・・取消事由2-2(判断せず)…甲第10号証発明に基づく本件発明1の容易想到性の判断の誤り

・・取消事由2-3(理由あり)…甲第10号証発明に基づく本件発明2ないし8の容易想到性の判断の誤り

③取消事由3(理由なし)…明確性要件の判断の誤り

 

【裁判所の判断】

当裁判所は,原告主張の各取消事由のうち,取消事由1-1及び1-3並びに2-1及び2-3には理由がある(なお,取消事由3には理由がない。)から,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 

1 取消事由1(甲第1号証発明を主引例とする進歩性判断の誤り)について

(1) 取消事由1-1(本件発明1と甲第1号証発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について

ア 本件発明について

省略

イ 甲第1号証発明について

(ア)甲第1号証発明には以下の記載がある。

省略

(イ)以上によれば,甲第1号証に記載されたゴルフボールは「ボール表面に亘り等間隔で配置された複数の凹状表面窪み,即ち,ディンプル11を有する球体である」から,表面を有する球体と,この球体の表面から窪んだ凹状表面窪みを有する。さらに,この凹状表面窪みは,「ボール表面に亘り等間隔で配置され」るものであり,図1及び図4の記載も踏まえると,ボールの表面には複数の凹状表面窪みが形成され,隣り合う凹状表面窪み同士の間には,窪みの生じていない部分(以下,この部分を「非窪み部分」という。)が形成されることは明らかである。そして,凹状表面窪み部分は図4の記載からみて曲線で形成されることが明らかであるから,非窪み部分の両側の凹状表面窪みの一方の凹状表面窪みを第1の凹状表面窪みとし,他方を第2の凹状表面窪みとすると,甲第1号証記載のゴルフボールは,第1の凹状表面窪みと第2の凹状表面窪みと,上記第1の凹状表面窪みと第2の凹状表面窪みの間に設けられた非窪み部分を有し,かつ,第1及び第2の凹状表面窪みが曲線である断面を持つといえる。

 次に,甲第1号証記載のゴルフボールの「ディンプルはボールの表面に渡り測地学の20面体パターンで配置されており,特に,測地学の9周期20面体パターン(図5)で配置されている。最も正確な多目的ゴルフボールは,ボールの表面全体に渡り規則的な測地学の9周期20面体パターンで配置された812個の六角形表面の窪み又はディンプルが配置され」ていることから,凹状表面窪み,すなわちディンプルは六角形表面の窪みが形成されるように配置されており,これは格子構造であるといえる。そして,複数の非窪み部分は,凹状表面窪みの間に設けられていることから,相互に連結した格子部材を形成するといえる。

 また,甲第1号証記載のゴルフボールの「ディンプルは・・・0.002インチから0.014インチの範囲の深さの組み合わせにより造られる」ことから,凹状表面窪みの底部から非窪み部分の頂部までの距離が0.002インチ~0.014インチの範囲であるといえる。

 さらに,図4の記載から,相互に連結された非窪み部分の頂部はゴルフボールの最外部であることが明らかである。

 

(以下、省略)

ウ 本件発明1と甲1’発明の対比並びに一致点及び相違点

(ア) 対比

 甲1’発明の「第1の凹状表面窪み」と「第2の凹状表面窪み」は,ゴルフボールの表面が内側に窪んだ第1の窪み部分と第2の窪み部分である点で本件発明1の「第1の凹部分」と「第2の凹部分」に相当し,甲1’発明の「非窪み部分」は,ゴルフボールの表面が外側に隆起した隆起部分である点で本件発明1の「凸部分」に相当する。

 また,甲1’発明の「球体の表面から窪んだ格子構造」と本件発明1の「内側球体の表面から延びる格子構造」とは,球体の表面に形成された格子構造である点で一致する。

さらに,甲1’発明の「六角形状の領域」は本件発明1の「6角形状の領域」に相当する。

(イ) 以上を前提とすると本件発明1と甲1’発明の一致点及び相違点は以下のとおりとなる。

a 一致点

「表面を有する球体と,

前記球体の表面に形成された格子構造であって,該格子構造は複数の相互に連結した格子部材からなり,各格子部材は第1の窪み部分と第2の窪み部分と,前記第1の窪み部分と第2の窪み部分との間に設けられた隆起部分を有する第1及び第2の窪み部分が曲線である断面を持ち,前記隆起部分は頂部を有し,

前記相互に連結された格子部材の頂部はゴルフボールの最外部であり,

前記複数の格子部材は互いに辺を共有して連結された複数の六角形状の領域を形成しているゴルフボール。」

b 相違点①~③は省略。

 

(エ)a 被告は,本件発明1のゴルフボールは,「表面を有する内側球体と内側球体表面から延びる格子構造」を備えるものであるから,本件発明1のゴルフボールの具体的構造は,内側球体の表面から延びる格子構造と格子構造の間に現れる内側球体の表面とにより形成されるのであり,この点は,従来のいかなるゴルフボールとも構造上異なるから,本件発明1は,甲第1号証発明とは着想において異なるばかりでなく,その異なる着想が具体的な構造に具現化されており,審決が,「両者の構造や概念は,全く異なるものである」とした点に誤りはない旨主張する(前記第4の1(1)ア)。

しかし,本件発明1における「格子構造」及び「格子部材」についてみると,これらは,「内側球体の表面から延びる格子構造であって,該格子構造は複数の相互に連結した格子部材からなり,・・・」(本件請求項1)として特定されているが,「内側球体の表面から延びる格子構造」とは,ゴルフボールの中心から外側へ向かう方向に内側球体の表面から格子構造が高くなっていることをいうと解され,この格子構造が格子部材からなるものである。

そして,本件訂正明細書【0049】の記載に照らすと,従来のゴルフボールにおいては,ディンプルが飛んでいるゴルフボールの表面の空気の境界層を捕捉し,より大きい浮揚と流体抵抗を抑制するように設計されているのに対し,本件発明1では,管状格子構造が空気の境界層を補足するものであることが理解できる。そうすると,ゴルフボールの表面に設けた凹凸であり,空気の境界層を補足するという観点でみれば,従来のゴルフボールのディンプルも本件発明1の格子構造も同じ作用効果を奏するものであるということができる。

(以下省略)

(オ) 以上によれば,審決の本件発明1と甲第1号証発明の一致点及び相違点の認定には誤りがある。そして,この誤りは,本件発明1につき,甲第1号証発明記載の発明に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえないとした審決の判断の結論に影響を及ぼす可能性があるものである。

そうすると,本件においては,両当事者による前記の相違点①ないし③の存在を前提とした主張立証が尽くされているとはいえない以上,審決を取り消した上で,審判において上記の点の審理を行うべきである。

 

第6 結論

よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

 

【感想】

 裁判所の本件訂正発明1と甲1号証発明との一致点及び相違点の判断は妥当であると考える。

 審決が,本件訂正発明1が内側球体表面から延びる格子構造を備えるのに対して、甲1号証発明はボールの表面にディンプル、すなわち、窪みを形成したものであり、両者の構造や概念は,全く異なるものであるとして、ゴルフボールである点のみを両者の一致点として認定しているのに対し、裁判所は、甲1号証発明の記載内容を検討し、甲1号証発明の構成を認定している。

 ボール表面のディンプルと、内側球体表面から延びる格子構造とは、表現は異なるものの、裁判所の認定通り、構成としては一致する点はあると考える。