管体の屈曲部保護カバー事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-審取(当事者係)
判決日 2018.07.11
事件番号 H(行ケ)10195
発明の名称 知的財産高等裁判所第2部
キーワード 明確性、進歩性
事案の内容 無効審判の請求棄却審決の取り消しを求めた訴訟であり、原告の請求が棄却された事案。
クレーム中の用語の解釈および引例との対比における発明の特徴点の捉え方がポイント。

事案の内容

1 手続きの経緯等
 審決では、被告の訂正請求を認めた上で、原告の請求を棄却。
 
2 訂正後の本件発明1
※括弧内の符号、①~③の番号、および、下線は本レジュメにおいて付したものである。なお、①~③、および、下線は本判決文の第46頁最終段落の記載に合わせたものである。訂正請求での訂正箇所を斜体のフォントにて表記した。
 
【請求項1】
 管体(5)の屈曲部の外径周面を覆う外径カバー体(1)と,管体の屈曲部の内径周面を覆う内径カバー体(2a,2b)とを一体に連接して構成した,弾性素材からなる管体の屈曲部保護カバー(10)において,
前記内径カバー体(2a,2b)の内径部分を管体周面と交差する方向に分離離隔して,第1の内径カバー体(2a)と,第2の内径カバー体(2b)とを形成し,それぞれの対向する端部を係合接続自在に構成すると共に,
 前記第1,第2の内径カバー体(2a,2b)のうち一方の内径カバー体は,その端部を内方へ折曲して形成した一次折曲部(7)と,この一次折曲部(7)からの延長部分を中途で外方へ折返して,同一次折曲部(7)と対面させて形成した二次折曲部(8)と,この二次折曲部(8)と前記一次折曲部(7)との間に形成された略V字状溝部(11)と,前記二次折曲部(8)からの延長部分を内方へ折曲して形成した係合受歯(9)とを備え,
 他方の内径カバー体は,その端部において,前記係合受歯(9)と係合自在に形成された係合歯(19)を備え,
 ①一次折曲部(7)の側端縁を,内径カバー体の側端縁と略テーパー状に対向させて幅方向において内方へ位置させると共に,二次折曲部(8)の側端縁を,一次折曲部の側端縁と略テーパー状に対向させて幅方向においてさらに内方に位置させることで,②前記第1の内径カバー体(2a)と前記第2の内径カバー体(2b)とを係合接続したときに形成される係合接続部分(3)の厚みを,その中央部から側端縁部に向かって漸次的に薄くなるように構成することにより,③その側端縁部を前記管体(5)の内径面に密着させた状態で管体(5)を内装するべく構成したことを特徴とする管体(5)の屈曲部保護カバー(10)。
 
3 審決の理由の要点
(1)無効理由1(明確性要件違反について)
<原告の主張>
 本件明細書は,「側端縁」という用語と「側端縁部」という用語の違いについて説明していないから,本件特許の請求項1中の「一次折曲部の側端縁を,・・・その中央部から側端縁部に向かって漸次的に薄くなるように構成した」という事項(以下「事項C」という。)が,明確に理解できない。
<審決>
 「側端縁」とは,上記「一次折曲部」,「内径カバー体」及び「二次折曲部」の各側端縁を意味することが明らかである。
 「その中央部から側端縁部」が,「係合接続部分」の「中央部から側端縁部」であることは文言上明らかであるから,「側端縁部」とは,「係合接続部分」における側端縁部を意味することが明らかである。
 
(2)無効理由3(進歩性欠如について)
 甲1発明、甲2発明、甲3発明のいずれを主引用発明とした場合においても、相違点に係る本件発明1の構成は、甲4~8に記載の技術事項(周知技術)を含めて検討しても、容易想到でない。
 
<主引用発明>
・甲1発明/登録実用新案第3079994号公報(甲1)に記載された発明
・甲2発明/実願平2-107659号のマイクロフィルム(甲2)に記載された発明
・甲3発明/実願59-82532号のマイクロフィルム(甲3)に記載された発明
 
<周知技術>
・実公昭46-21562号公報(甲4)
・実公昭48-19180号公報(甲5)
・特開昭61-36596号公報(甲6)、
・特開昭62-242197号公報(甲7)
・特開2002-372188号公報(甲8)
 
【裁判所の判断】
・・・
2 取消事由1(明確性要件違反について)
(1)原告は、「側端縁」という用語と「側端縁部」という用語の意味の違いを一義的に理解できないなどと主張する。
 しかし、側端縁について、本件特許の請求項1の記載からすると、「一次折曲部の側端縁」及び「二次折曲部の側端縁」が、一次折曲部及び二次折曲部のそれぞれの側端の縁、すなわち各部の幅方向における「縁」を意味するところは明らかである。また、「内径カバーの側端縁」は、同様に内径カバーの側端の縁を意味するところは明らかであるが、本件特許の請求項1の「一次折曲部の側端縁を、内径カバー体の側端縁と略テーパー状に対向させ幅方向において内方へ位置させる」との記載からすると、ここでいう「内径カバー体の側端縁」とは、内径カバー体の幅方向における「縁」すべてを指すのではなく、そのうち、一次折曲部、二次折曲部及び係合歯部の側端縁を含まない範囲の「縁」(特に、一次折曲部の側端縁と対向する箇所における側端縁)を意味するものであると理解できる。
 そして、「側端縁部」について、本件特許の請求項1の・・・記載からすると,第1の内径カバー体と第2の内径カバー体とを係合接続したときに形成される係合接続部分の中央部に対する側端の縁,すなわち,係合接続部分の幅方向における「縁」の意味であると解される。
以上のとおり,本件特許の請求項1には「側端縁」及び「側端縁部」という二つの用語が併存しているものの,その二つの用語の意味ひいては事項Cの内容は上記のように当業者において容易に理解できるものといえ,本件発明が明確性要件に違反するとはいえない。
・・・
3 取消事由2(進歩性欠如について)
(1) 甲1発明を主引用発明とする進歩性の欠如について
・・・原告は,下線部②の構成は,下線部①の構成を採用することで必然的に達成される上,下線部③の構成は,管体の内径面の大きさによっては達成されないこともある不確定な構成であるから,進歩性判断に当たっては,下線部①の構成が容易想到であるかを検討すれば足り,下線部②,③の構成は捨象されるべきであると主張する。
 しかし,以下に示すように,下線部③の構成については,下線部①の構成とは別にこれを進歩性判断の中で検討する必要があるものである。
 すなわち,下線部①の構成を採用したとしても,一次折曲部の側端縁と内径カバー体の側端縁との間で対向する部分の略テーパー状とされる度合い(幅方向に狭まっていく度合い)が十分なものでなければ,内径カバー体の側端縁に対向する一次折曲部の側端縁が十分に内方に位置せず,そのために,係合接続部分の側端縁部の極めて近くまで,内径カバー体と一次折曲部による重なり合いが生じることとなる。
 また,二次折曲部の側端縁と一次折曲部の側端縁との間で対向する部分の略テーパー状とされる度合いが十分なものでなければ,一次折曲部の側端縁に対向する二次折曲部の側端縁が十分に内方に位置せず,そのために,一次折曲部の側端縁の極めて近くまで一次折曲部と二次折曲部による重なり合いが生じることとなる。このような場合には,係合接続部分の中央部から離れた部分が管体へ近接する方向に突出し,管体の内径面の大きさに関係なく,側端縁部が管体の内径面に密着しなくなって,下線部③の構成が達成されなくなることが想定できる。したがって,本件発明1は,下線部①の構成を採用して,一次折曲部の側端縁と内径カバー体の側端縁との対向する部分及び二次折曲部の側端縁と一次折曲部の側端縁との対向する部分が,略テーパー状とされていれば,その略テーパー状とされる度合いがいかなるものであっても許容されるというものではなく,少なくとも下線部③の構成が達成される程度の度合いで内径カバー体と一次折曲部の各側端縁,一次折曲部と二次折曲部の側端縁がそれぞれ略テーパー状となること,換言すれば,内径カバー体のうち二次折曲部の先端となる部分までが,そのような略テーパー状となる程度において漸次幅狭形状であることをも要求しているものであって,それを達成しないものを排除していると解される。
 よって,下線部①の構成についてのみ進歩性を判断すべきであるとの原告の上記主張を採用することはできない。
イ 相違点2の容易想到性について
 (ア) 原告は,甲1の図4に甲1の図2を組み合わせるか,又は甲1の図4と図2を組み合わせた発明に甲4~8のいずれかを組み合わせることで本件発明1の構成に至り,組み合わせる動機付けもあるなどと主張する。
 (イ)a 甲1発明について,甲1の図4を見ても,本件発明の内径カバー体に相当する甲1発明の締付け板32が二次折曲部の先端となる部分にいくに従って漸次幅狭となっているのかについては明らかではなく,締付け板32の一方の先端部を折り返して雌係合部を形成したとしても,そもそも下線部①の構成が得られるとは認められない。
 また,原告が主張するように締付け板32が「漸次幅狭形状」で下線部①の略テーパー状が形成されることが甲1から認められるとしても,下線部③の構成を達成できる程度に略テーパー状が形成される程に締付け板32が二次折曲部の先端となる部分まで幅狭となっているかどうかは甲1からは全く不明であり,甲1の図4に甲1の図2を組み合わせても下線部③の構成が得られるとは認められない。
 b 甲4~8についても,少なくとも甲4,5,8においては,それぞれの図面や記載を見ても,本件発明の内径カバー体に各々相当する部材が,「漸次幅狭形状」となっているとまでは認められないのであり,同部材の先端部を折り返して雌係合部を形成したとしても,そもそも下線部①の構成が得られるとは認められない。
 また,仮に原告が主張するように甲4~8の各々について上記内径カバー体に相当する部材が,「漸次幅狭形状」となっていることが認められるとしても,上記甲1の場合と同様,下線部③の構成を達成できる程度の略テーパー状が形成されるように同部材が二次折曲部の先端となる部分まで漸次幅狭となっていることまでは甲4~8から何ら読み取れないから,甲1の図4と図2を組み合わせた発明に甲4~8を組み合わせても下線部③の構成が得られるものではない。
 c 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1は甲1発明から容易想到なものとはいえない。
・・・
(2) 甲2発明を主引用発明とする進歩性欠如について
・・・
 甲2発明において,本件発明の内径カバー体に相当する部材が「漸次幅狭形状」でないことは,甲2の記載から明らかであるから,下線部①の構成が得られない。また,上記(1)で検討したのと同様に,仮に甲4~8において本件発明の内径カバー体に相当する部材が各々「漸次幅狭形状」となっていることが認められるとしても,下線部③の構成を達成できる程度の略テーパー状が形成されるように同部材が二次折曲部の先端となる部分まで漸次幅狭となっていることまでは読み取れないのであるから,甲2発明に甲4~8を組み合わせたとしても,相違点に係る下線部③の構成が得られるものではない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1は甲2発明から容易想到であるとはいえない。
・・・
(3) 甲3発明を主引用発明とする進歩性欠如について
※甲2発明とほぼ同様の判断であるため省略
・・・
 
【所感】
 裁判所の判断は妥当であると考える。問題となった請求項1における「係合接続部分」の「側端縁部」に関する記載は、明細書の記載(例えば、段落0050)に基づいているものでもあり、特に矛盾や齟齬も生じておらず、原告の主張は無理筋であったと考える。
 また、進歩性欠如についての裁判所の判断も、典型的な判断手法に即した物と言え、やはり、原告の主張は無理筋であったと考える。