端面加工装置事件

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  • 知財判決例-侵害系
判決日 2013.10.31
事件番号 H24(ワ)3817
担当部 東京地裁 民事第46部
発明の名称 端面加工装置
キーワード 機能的クレーム,認識限度論,技術的範囲,進歩性
事案の内容 特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造,貸渡し等の差止め及び廃棄を求めた事案。被告製品が原告保有の特許権に係る発明の技術的範囲に属し,その製造等が上記特許権の侵害に当たると認められた。
機能的クレームの技術的範囲の解釈例が示された点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】
(1)特許番号:特許第4354006号
(2)登録日  :平成21年8月7日
(3)原出願日:平成19年3月14日

【本件発明】
A 母材(Mf)のボルト取付孔(Mh)を貫通し,そしてナット(2)で固定されたトルシアボルト(1)の破断面(1c)に生じたバリ(1d)を除去するための端面加工装置において,
B バリ除去用工具(10,10CA~10CK)と,
C そのバリ除去用工具(10,10CA~10CK)を回転する回転機構(R,14,70)と,
D 円筒状のフード部(12,12A,12B)とを備え,
E その円筒状のフード部(12,12A,12B)は金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)を有しており,
F バリ除去用工具(10,10CA~10CK)は破断面(1c)のコーナー部(E)にエッジを形成しないように,破断面(1c)のコーナー部(E)を加工する部分(102C,103C,104C,41a,42a,43)は,コーナー部(E)以外の破断面(1c)を加工する部分(101C,104C,41b,42b,43)よりも,母材(Mf)に近い側に位置している
G ことを特徴とする端面加工装置。

【争点】
(1) 被告製品が構成要件Eを充足するか(争点1)
(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)
(3) 差止めの可否(争点3)

【当事者の主張】
(1)構成要件Eの充足性
[原告の主張]
被告製品により切削加工されたトルシア形高力ボルト(1’)の切削屑は,フード部(12’)を構成する蛇腹状のカバー(24)の内面の凹部(12H’)に収容される。被告製品の凹部(12H’)は構成要件Eの「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」に当たり,被告製品は構成要件Eを充足する。
[被告の主張]
・本件出願人には,ベローズ120の内面の凹部が金属粉収集機構に当たるとの認識がなかったことは明らかであり、認識限度論によれば、本件明細書の図11記載のベローズ120すなわち蛇腹状のカバー内面の凹部は本件発明の技術的範囲に含まれない。
・被告製品は,使用中や使用後の装置の向きによっては凹部(12H’)に切削屑がたまらないこともあるし,凹部(12H’)にたまった切削屑も装置の動きによって移動することもあるから,凹部(12H’)は金属粉を収集する機能はない。
被告の凹部(12H’)は蛇腹の谷部であるから,第1実施形態におけるフード部に設けられた凹部とは大きさが異なり,両者を同列に論じることはできない。
・被告製品の凹部(12H’)に金属粉の収集機能があるとしても,本件明細書には,ベローズ120の凹部が金属粉収集機構に当たるとの記載はなく,ベローズ120と同じく蛇腹状の構成を有する被告製品のカバー内面の凹部が構成要件Eの金属粉収集機構の技術的範囲に含まれると解することは,本件出願人の出願時の認識を超えるものであり,許されない。
(2)本件特許の無効理由
[被告の主張]
(2.1)進歩性の欠如(無効理由1)
本件発明は,乙5発明(特許第3017984号)と,乙6文献(特開2001-38622号公報)又は乙11文献(日立電動工具カタログ2000)若しくは乙12文献(同2002-9)及び周知技術並びに乙7文献(実願昭62-187003号(実開平1-92311号)のマイクロフィルム)を組み合わせることにより,当業者が容易に発明することができたものである。
(2.2)サポート要件違反(無効理由2)
~省略~
[原告の主張]
~省略~
【裁判所の判断】
1 構成要件Eの充足性(争点1)について
…被告製品のフード部(12’)を構成する蛇腹状のカバー(24)の内面には,蛇腹の谷部として,円周方向全周にわたって半径外方に膨らんだ凹部(12H’)が複数存在している。
本件特許の特許請求の範囲には,構成要件Eとして単に「金属粉収集機構」と記載されており…,その文言上は,バリ除去用工具がトルシアボルトの破断面に生じたバリを除去する際に発生する金属粉を収集する機能を有する構造であれば足り,その構成に格別の限定はないということができる。また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると,本件発明は,フード部により金属粉が装置の外部に漏れ出して周囲に拡散することがなく,金属粉収集機構により装置の外部に金属粉が拡散する以前に金属粉が収集され,金属粉が装置外部に拡散してしまうことが確実に防止されるとの効果を有するものであるから(【0020】,【0022】),このような効果を奏するものであれば,「金属粉収集機構」に当たるとみることが可能である。
 しかし,特許請求の範囲の「金属粉収集機構」という上記文言は,発明の構成をそれが果たすべき機能によって特定したものであり,いわゆる機能的クレームに当たるから,上記の機能を有するものであればすべて技術的範囲に属するとみるのは必ずしも相当でなく,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された具体的構成を参酌しながらその技術的範囲を解釈すべきものである。
そこで,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,金属粉収集機構としては,
①空気侵入系統及び空気排出系統を設け,空気流を発生させて金属粉を連行するようにした構成(第7及び第8実施形態)や,永久磁石又は電磁石を設け,磁力を発生させて金属粉を収集するようにした構成(第9及び第10実施形態)が開示され,これらの構成が好ましいと記載されているものの(【0014】,【0053】~【0066】,図13~16),これらに加え,
②フード部の半径外方に膨らむようにフード部の円周方向全周にわたって凹部を設けた構成も記載されている(第1実施形態。【0025】,図1及び2)。
そして,上記②の構成については,例えば垂直に延在するトルシアボルトの破断面1cのバリを除去する際に発生する金属粉の収集には不充分であるとも記載されているが(【0053】),これは上記①の構成と比較した場合に効果が劣る旨を記載しているにとどまり,②の構成であっても金属粉を収集してその拡散を防止するという本件発明の効果を奏しないとはいえないから,上記記載をもって本件発明の構成要件Eにいう「金属粉収集機構」を上記①の構成に限定したとみることは困難である。
以上によれば,構成要件Eにいう「金属粉収集機構」は,上記①及び②の各構成を含むものと解することができる。
…被告製品の凹部(12H’)は,円筒状のフード部の半径外方に膨らむようにフード部の円周方向全周にわたって存在するものである。また,この凹部は,フード部のうち,被告製品においてトルシアボルトの破断面のバリを切削加工する際に切削屑が発生し,これが飛散する箇所…に対応する部分に位置していると認められる。そうすると,被告製品の凹部(12H’)は,本件明細書に記載された上記②の構成と同様に,金属粉を収容することによって金属粉を収集する機構であるということができるから,構成要件Eにいう「金属粉収集機構」に当たると解するのが相当である。
…本件発明の実施形態のうち上記②のフード部に凹部を設けた構成は,トルシアボルト1が垂直に延在する場合等において,上記①の空気流又は磁力を利用する構成に比し,金属粉を回収する機能が劣るものではあるが,構成要件Eにいう「金属粉収集機構」に当たると解し得ることは上記アに判示したとおりである。そうすると,構成要件Eにいう金属粉の「収集」は,装置の向きを問わず常に金属粉を収集できることを必須とするものではなく,また,装置の向きを変えた場合に,一旦収集した金属粉が移動しないことを要件とするものでもないから…被告製品の凹部(12H’)が金属粉収集機構に該当すると解することの妨げにならないと考えられる。
…そして,本件明細書の第5実施形態は,本件発明の一実施例であるにとどまるから,ベローズ120が金属粉収集機構であり,本件出願人がその旨を認識していたかどうかは,上記の判断に何ら影響するものではない。すなわち,特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められ,その用語の意義は明細書の記載及び図面を考慮して解釈すべきものであるから(特許法70条1項,2項),技術的範囲を判断するに際しては,出願人の主観的認識ではなく,特許請求の範囲及び明細書の記載によって定めるべきである。本件明細書においては,蛇腹状の部材であるベローズ120を含む第5実施形態について,…,ベローズ120の凹部が金属粉収集機構であることを明示する記載は見当たらないが,フード部の円周方向全周にわたって設けた凹部が金属粉収集機構に当たるとの記載があること(【0025】),蛇腹状の円筒の内面には当然に円周方向全周にわたって凹部が形成されることに照らせば,本件明細書の記載から,蛇腹状の部材が構成要件Eにいう「金属粉収集機構」から除外されていると読み取ることはできない。
…以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件Eを充足するものと解するのが相当である。そして,被告製品が本件発明のその余の構成要件を充足することは,前記争いのない事実等(5)に記載のとおりであるから,被告製品は,本件発明の構成要件AないしGをいずれも充足し,本件発明の技術的範囲に属するということができる。
2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)について
…本件発明と乙5発明には,
① 加工装置が,本件発明は「母材のボルト取付孔を貫通し,そしてナットで固定されたトルシアボルトの破断面に生じたバリを除去するための端面加工装置」であるのに対し,乙5発明は「眼鏡フレーム及び眼鏡レンズの挿入孔を貫通し,そしてねじ部装着具の先端部で固定されたボルトの切断部となる先端の鋭利な縁部を面取りするためのねじ部面取り装置」である点,
② 本件発明は「円筒状のフード部」と「金属粉収集機構」を備えているのに対し,乙5発明はそのような構成を備えていない点,
③ 加工工具について,本件発明は,「破断面のコーナー部を加工する部分は,コーナー部以外の破断面を加工する部分よりも母材に近い側に位置している」「バリ除去用工具」であるのに対し,乙5発明は「先端部の球面状の凹部の内側に複数の刃が放射状に形成され,ねじ部の先端の縁部を削るようにされている」「面取り加工具」である点
で相違し,本件発明のその余の構成を備えている点では一致しているものと認められる。
本件発明は,トルシアボルトの破断面に形成されたバリが,作業者にとって危険であり,錆の原因にもなることから,破断面に生じたバリを確実に除去するという課題(本件明細書の段落【0008】,【0012】)に対し,破断面のコーナー部を加工する部分とそれ以外の部分を加工する部分を備え,破断面全体を加工するバリ除去を行う発明であるのに対し,乙5発明は,ボルトのねじ部の長さ調整のために切断したねじ部先端部の…鋭利な状態となる縁部(コーナー部)の面取りを均一かつ適切な面取り量で行うことを目的としており(乙5文献の段落【0003】~【0006】,【0088】),縁部以外の部分の加工を行うことが開示されていると認めることはできない。
…乙7文献には,「プレス成形品の端面周縁に形成されているバリを取るために,略すり鉢形状のチップホルダに複数のチップ19を放射状に取り付けること,又はプレス成形品の端面周縁に形成されているバリを取るためのグラインダ」が記載されている。しかし,コーナー部以外の部分を加工する加工装置が開示されているとは認められず,…当業者が,相違点①及び③に係る本件発明の構成を容易に想到することができたとは認められない。
…乙5発明は,面取りするボルトのねじ部をねじ部装着具6のねじ孔64に螺合して挿入穴部62内に突出させ,挿入穴部に挿入した面取り加工具7の先端部72に形成された面取り部73で面取りを行うものであるから(【0039】~【0041】,図10,図16),面取りにより生じた金属粉はねじ部装着具6の外には飛散しない。そうすると,乙5発明においては切削等により生じる金属粉が周囲に飛散することを防止するという課題が見いだせないから,乙6文献に記載された円筒状のカバーや乙11文献及び乙12文献に記載された集じんカップを組み合わせる動機付けが存在するとみることはできない。
~省略~
3 差止めの可否(争点3)について
前記1のとおり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属するものであるから,被告製品を業として製造及び貸渡しする被告の行為は,原告の有する本件特許権の侵害に当たる。
したがって,原告は,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造,貸渡し,製造及び貸渡しの申出の差止め並びに被告製品の廃棄を求めることができる。
~省略~

【所感】
(1)争点1の判断について
本件特許発明の技術的範囲への被告製品の属否の判断については、凹部が金属粉収集機構にあたるとの解釈が原告よりの判断であるとの印象は否めないものの、概ね妥当であると考える。明細書中に種々の構成例が開示されている場合には、機能的クレームでクレームすることが実務上ままあると考えられる。本件判決文において説示されているように、機能的クレームが用いられている場合には発明の技術的範囲の解釈にあたり明細書中における課題や効果の記載が重要視される可能性が高い。そのため、自ら権利範囲から除外していると解釈される可能性が生じるような記載はしないように留意すべきである。
ところで、本件では、被告は、いわゆる「認識限度論」によって本件明細書に開示されている第5実施例のベローズの構成が本件発明の技術的範囲が除外されるべきであるとの主張をしている。これに対して、本件判決では、「技術的範囲を判断するに際しては,出願人の主観的認識ではなく,特許請求の範囲及び明細書の記載によって定めるべきである。」と判示しており、「認識限度論」を否定しているようにも読める。この見解が本件判決の結論の根拠になっているとは言い切れず、また、知財高裁ではなく東京地裁での判断でもあるため、この認識限度論に対する見解が今後の判例に影響を与えることになるか否かはある。いずれにしても、認識限度論についての今後の判例の動向については注視しておく必要があると思われる。
(2)争点2の判断について
無効理由の有無についての判断についても、裁判所の判断は妥当であると考える。進歩性の判断では、本件発明が破断面における縁部とそれ以外の部分の加工を課題としているのに対して、主引例では破断面における縁部のみの加工を課題としていると認定された。実務においても、このような課題の相違を指摘するこができるか否かが重要であると考える。
以上