空気浄化用シート事件

  • 日本判例研究レポート
  • 知財判決例-侵害系
判決日 2011.8.9
事件番号 H22(ネ)10086
発明の名称 空気浄化用シートおよびその製造方法
キーワード 技術的範囲の属否
事案の内容 原告が、被告に対し、被告製品の差止請求等を行い、原告(控訴人)の請求が棄却された事案。
被告製品が構成要件Cを充足していることを原告が立証できなかった点がポイント。

事案の内容

【原告の特許】

(1)特許番号:特許第3728331号(登録日:2005年10月7日)

(2)出願番号:特願平7-86343(出願日:1995年3月16日)

(3)特許請求の範囲(構成要件の分説)

A ガラス繊維織物のガラス繊維の周囲に

B ポリテトラフルオロエチレン微粒子が連通した隙間のある多孔質状に付着されているとともに,

C 前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている

D ことを特徴とする空気浄化用シート。

 

【被告製品の構成】

添付A参照

 

【争点】

(1)構成要件Cの充足性

(2)構成要件Dの充足性

(3)均等侵害

 

【原審の概要】

平成20年(ワ)第36307号 特許権侵害差止等請求事件

平成22年10月29日判決言渡日

 

1.原告の主張

《1》SEM観察→別添1~12

《2》化学分析

・DSC分析→別紙2

・TG-DTA分析→別紙3~5

・ラマン分析法

・FT-IR分析→別紙6,7

《3》被告作成の竣工図等の記載

被告製品の最外層は酸化チタン含有のPTFE層である旨の開示あり(判決文25頁)。

 

2.原審の判断(判決文の一部を抜粋)

化学分析から検討。

(1)DSC分析

甲29のDSC測定では,試料の採取方法が明らかではなく,被告製品から採取した試料が,被告製品の最外層とその下のFEP層の2層であることは不明であるといわざるを得ない。かえって,試料を採取した後の被告製品の表面を撮影した甲30の写真50(別添「写真50」)には,中央の断面U字形状の窪みの直下付近にガラスビーズを確認することができるところ,このガラスビーズは,最外層から3層目の「ガラスビーズを含有するPTFE層」のガラスビーズであること(争いがない。)からすると,採取された箇所は「ガラスビーズを含有するPTFE層」まで至り,試料の中にPTFEが混入した可能性もうかがわれる。(中略)

以上のとおり,甲29及び38のDSC測定は,試料の適格性に問題がある。

 ウ小括

 以上によれば,DSC分析から被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在していることが確認されたとの原告の主張は,理由がない。

 

(2)TG-DTA分析

 しかしながら,被告製品のDTA測定結果(甲49)の吸熱ピークは,「250℃」及び「364℃」(別紙3-1では「249.7℃」及び「363.7℃」)であって(前記ア(ア)),甲51の「PTFE(100)+TiO2(15)」の試料にみられるPTFEの吸熱ピーク「323℃」(別紙5では「322.9℃」)(前記ア(ウ))を確認することができない。

(中略)

したがって,原告の上記主張は,上記《1》の前提を欠くものであり,採用することができない。

ウ 以上によれば,TG-DTA分析から被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在していることが確認されたとの原告の主張は,理由がない。

 

(3)ラマン分析法

甲46の結果報告では,「試料断面方向からのライン測定を行った結果,最表層(複合層)ではFEP層(第2層)と一致するピーク波数,バンド半値幅を有するラマンバンドが検出された。」(前記ア(ア)b(a))として,被告製品の最外層にFEPが存在することを確認しているが,被告製品の最外層にPTFEが存在することを確認していない。もっとも,甲46には,「最表層(複合層)からはその検出下限を超える割合のPTFEの存在は認められない。」との記載があるが,この記載は,装置の「検出下限」の検出ができないことを述べたにとどまり,「最表層(複合層)」に検出下限のPTFEが存在することを述べたものではない。(中略)

 

(4)FT-IR分析

甲27の2の他の記載部分を勘案しても,FEP由来のものであるのか,PTFE由来のものであるのか不明であるといわざるを得ない。

ウ小括

以上によれば,FT-IR分析から被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在していることが確認されたとの原告の主張は,理由がない。

 

(5)SEM観察

仮にこのような多数の隙間(孔)の存在をもって被告製品の最外層に多孔質構造が形成されているといえるとしても,前記2で認定したとおり,原告主張の化学分析において被告製品の最外層にPTFEが検出されていないことに照らすならば,このことから直ちに被告製品の最外層にPTFEが相当量含まれているということはできない。

 また,甲20の1の写真6において,別添8,9の符号9で示す部分がTiO粒子であることを判別することは困難である。

 

(5)被告作成の竣工図等の記載

上記《1》ないし《4》の点について被告は,被告製品について,構成材料の主成分のみを指して呼ぶ「呼称」等が並存する「呼称」の不統一が原因となり,原告提出の設計図書(図面),被告販売促進資料には,最外層がPTFEと光触媒酸化チタンのみであるかの如き「誤記載」がされているものもあり,その直接の原因は,被告製品の構成に対する社内における周知不足である旨主張する。

そして,前記2の化学分析の結果及び前記3(1)イ(ア)の被告製品の組成等に照らすならば,被告の上記主張は,格段不自然であるということはできない。

(2) 以上によれば,原告主張の被告作成の竣工図等の記載をもって被告製品の最外層にPTFEが含有することを裏付けることにはならないというべきである。

 

【知財高裁の内容】

1.原告の主張

《1》SEM観察

《2》化学分析

a. TEM-ED分析

→電子線回折パターンか分析対象の面間隔を算出

b. DSC測定

→DSCチャートからピーク検出

c. TMDSC測定

→TMDSCチャートからピーク検出

d. WAXS(広角X線散散乱)分析

→回折ピーク検出

e. 硝酸銀試験

→光触媒反応の有無を測定

 

第3 当裁判所の判断

当裁判所は,本件控訴は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(原判決40頁6行目ないし63頁8行目)記載のとおりであるから,これを引用する。

 

1.争点(1)(構成要件Cの充足性)について

(1) 「前記ポリテトラフルオロエチレン微粒子の隙間間に光触媒粒子が保持されている」(構成要件C)の意義について

(2) 被告製品の構造について

本件全証拠によっても,被告製品が構成要件Cを充足していることを示すものはない。

ア 被告製品の構造に係る原告の主張について(その1)(メモ:SEM写真)

しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。

 すなわち,SEM写真(甲20の1の写真6(原判決別添8,9))において,4がPTFE微粒子であり,9がTiO2粒子であることを確認することはできず,また,高倍率SEM写真(甲82の図1(別紙3))において,A がTiO2粒子,BがPTFE微粒子であることを確認することはできない。

イ 被告製品の構造に係る原告の主張について(その2)

(ア) 省略

(イ) 各種化学分析等の結果について

上記の点を前提にすると,次のとおり,化学分析等によって,被告製品の最外層に相当量のPTFEが存在すると認めることはできない。

a. DSC測定

b. TMDSC測定

c WAXS分析

d. 硝酸銀試験

以上によると,PTFEが存在しない限り光触媒反応は生じないものではないから,被告製品に光触媒反応が認められたことをもって,被告製品の最外層にPTFEが存在すると認めることはできない。

e. ラマン分光分析

f. 熱処理後のSEM観察

g. SEM観察

 

(3) 小括

以上のとおり,被告製品は構成要件Cを充足しない。

 

3 結論

以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件各請求はいずれも理由がない。よって,原告の差止請求を棄却した原判決は正当であって,本件控訴は理由がないから棄却し,当審において追加した損害賠償請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

 

 

【感想】

 被告作成の竣工図等の記載から、原告が被告製品を訴えたくなる気持ちも理解できる。

 特許権侵害訴訟では、被告製品が特許発明の構成要件を充足しているかどうかを原告が立証する必要があるが、特に化学分野では、測定方法等により結果が異なる場合があり、立証が難しいように思われる。過去に紹介した「平成19年(ワ)第22715号(化粧料事件)」も立証ができなかったため請求棄却。

 化学分野の特許出願(特に、物質や物質の成分割合を特定した発明)では、他社製品の侵害立証を容易にするために、最低限、測定方法は記載する必要があると感じた。

 また、例えば、侵害立証の為に、パラメータで物質を特定した発明を請求項として記載するのも一つの方法であると思う。

○平成19年(ワ)第22715号(化粧料事件)判決文抜粋

 これらの実験の結果は,いずれも,燕窩の酵素分解物と燕窩の含水溶剤抽出物が同一の成分を有する同一の物質であることを認めるに足りるものではない。